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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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47:風索敵ネットワーク

朝の空気は、磨き抜かれた水晶のように澄んでいた。

村の上空を、微かな、しかし規則的なリズムを刻む風がさらさらと流れていく。それは季節が運ぶ自然の悪戯ではない。カイゼルが設計し、村のあちこちに配置された「見えない神経」が脈動している証だった。


「よおし、野郎ども! 今日の風は最高に機嫌がいいぜ。俺の洗濯物が三秒で乾くくらいにはな! だが、こいつはただの乾燥機じゃねえ。村の隅々まで行き渡る、最高に過保護な『お節介焼きの目』なんだ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。

広場の中心、簡易管制所の隣には、透明な魔石を幾重にも積み上げた奇妙な柱が立っている。そこから絶え間なく吹き出す微風が、村全体を優しく、しかし執拗に撫で回していた。


「……風で索敵? 発想が相変わらず雑というか、力技よね。でも、この魔力の密度……嫌いじゃないわ」

マリナが扇子をパチンと閉じ、感心したように、それでいて呆れたように肩をすくめた。


「ははっ、マリナ! 雑とは失礼な。これは『自然との対話』ってやつだぜ。エルダ、軍曹殿! お前の鋭い勘を、この風に乗せて世界中に広げてやろうって魂胆なんだ。どうだ、見えるか?」


エルダは腕を組み、彫像のように動かず森を見据えていた。

「……見える、とは違うな。だが、肌に触れる空気が『違和感』を運んでくる。……面白い仕組みだ、カイゼル。森の木の葉一枚が揺れた意味を、ここにいながらにして理解できる」


「だろ? 風は全部に触れてる。草も、木も、泥棒の足音も、獲物の鼻息もな。こいつはそれら全部を拾って、俺たちの耳元に届けてくれる『最高に口の軽いスパイ』なのさ!」


午前、その「風索敵ネットワーク」の試験が開始された。

エルダの指示で、数人の村人があえて足音を消し、森の深部へと潜り込む。


「さて、鬼ごっこの時間だ! 管制所の野郎ども、サボってねえで風の囁きを読み取れよ!」


カイゼルが管制所の装置に手をかざす。魔力が流れ、透明な柱が淡く青白く発光した。

「……来たぜ。北東、距離百五十。三つの『塊』が動いてる。足取りは慎重だが、風を遮る肩幅が広すぎる。……お前ら、もっとダイエットしなきゃ見つかっちまうぞ!」


見張り台へ即座に通信が飛ぶ。

『……確認! 指定地点に三名、潜伏中!』

一致。広場にどよめきが走る。


「精度は上々だな。じゃあ、次はちょっとしたアトラクションだ! エルダ、例の『暴れん坊』を放してくれ!」


森の奥で、罠にかかっていた小型の魔物が解き放たれる。

獲物は飢えと混乱で不規則に走り回る。その乱雑な動きが、風の層をズタズタに切り裂いていく。


「おっと、機嫌の悪いお客様だ。北から二体、東から一体! スピードは、俺が朝寝坊した時の全力疾走より速いぜ! 戦闘班、おもてなしの準備はいいか?」


エルダの号令が飛ぶ。

「戦闘班、配置につけ! 敵は視認する前に『位置』を特定されている。焦るな、風の流れを信じろ!」


村人たちが魔導式バレット銃を構える。

「ウィンドバレット、前方制圧!」「ソイルバレット、足止めだ!」


風が裂け、地面が隆起する。魔物は姿を見せる前に進路を削られ、袋の小路へと追い詰められていく。そこへ、正確無比なウォーターバレットが突き刺さった。


「完全制圧だ! 見たか、野郎ども。敵が『こんにちは』って言う前に、こっちは『さよなら』の準備ができてる。これが情報の暴力ってやつだぜ!」


戦闘を終えた村人たちが、興奮と安堵の混じった顔で戻ってくる。

「……すげぇよ、カイゼルさん。来るのが分かってると、銃を持つ手が震えねぇんだ」

「怖いのが、半分くらい消えた気分だ」


エルダは厳しく彼らを律する。

「浮かれるな。分かっていても動けなければ死ぬ。仕組みに寄りかかるな、仕組みを『使いこなす』自分を磨け」


「ははっ、相変わらず厳しいねえ! だが、その通りだ。道具は最高だが、最後の一撃を決めるのはお前らの覚悟なんだよ!」


昼下がり、カイゼルは装置の微調整を村人たちに任せた。

「ここ、魔力の循環が渋滞してるぜ。もっとさらっと流してやれ。そうそう、いい子だ。風は自由を愛するもんだからな、無理に閉じ込めるなよ」


自分では手を下さず、判断の流れを人に教え込む。カイゼルの「振り分け」は、技術の継承という名の、最も強固な村作りだった。


夕方、村の外周へとネットワークが拡張される。

カイゼルの魔力が無限に溢れ出し、目に見えない巨大なドームが村を包み込んでいく。


「範囲、二倍に拡大。……おっと、マリナ。お前、さっきから帳簿をつけながら『これで近隣の物流を監視できる』とか、あくどいこと考えてるだろ?」


「あら、心外ね。私はただ、この風が運ぶ情報の『市場価値』を検討しているだけよ。……カイゼル、これ、外に売ったら国が一つ買えるわよ?」


「ははっ! そいつは魅力的な提案だが、お預けだ。この風はな、俺たちの平和を歌うためのもんだ。誰かを奪うための道具にはさせねえよ」


夜。風は止まらない。

静かに、しかし確実に村を包み込み、侵入を許さない。

交代で見張りに立つ村人たちの表情は、以前よりずっと穏やかだった。


広場。小さな焚き火を囲む三人。

「……止まらないわね、あなた」

マリナが、揺れる炎を見つめて呟く。

「見張り網、通信、そして風の索敵。穴を埋めるたびに、新しい穴を見つけては塞いでいく」


「ははっ、設計図に『完成』なんて文字はねえんだよ! 止まった瞬間、仕組みは錆び始める。常に回し続け、新しくし続ける。それが俺の生き方だからな」


エルダが静かに立ち上がる。

「……風が、異常なしと伝えている。今夜はゆっくり休め、カイゼル。明日はもっと酷いシゴキを思いついたからな」


「げっ、勘弁してくれよ軍曹殿! 俺の筋肉まで風索敵で監視する気か?」


笑い声が夜空に溶けていく。

見て、感じて、選ぶ。

一人の力ではなく、環境そのものを味方につけた村。

その仕組みは、もはや誰も壊せないほど、強固で、そして陽気な完成へと近づいていた。


「さて、明日はどの風に乗って遊ぼうかな!」


カイゼルの声が、心地よい夜風に乗って村中に響き渡る。

止まらない物語は、新しい「知覚」を手に入れ、さらなる未来へと加速し続けていた。

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