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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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44:保存食で冬対策 戦えない現実

朝の空気が、刃物のように冷たく研ぎ澄まされていた。

つい先日までの、ねっとりとした夏の残滓はどこかへ消え、乾いた風が村の境界線を撫でていく。


「おーい、野郎ども! ぼーっと空を眺めて、冬の情緒に浸ってる暇はないぜ! 空気が冷たくなったってことは、俺たちの『設計』が試される時が来たってことだ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。

その声に呼応するように、農業班の老人が重い腰を上げ、空を見上げる。

「……来るな。冬だ」

その一言が波紋のように広がり、村全体の空気が一瞬で引き締まる。


だが、そこにはかつてのような「絶望」の影は微塵もなかった。

慌てて家財をまとめ、震えながら神に祈る者は一人もいない。


カイゼルの視線の先には、整然と積み上げられた「勝利の結晶」があった。

燻製肉、ソーセージ、乾燥野菜、そして石のように固く、それでいて栄養の詰まった加工パン。倉庫には魔力によって温度を固定された「時間」が眠っている。


「ははっ! 見ろよ、あの山を! マリナ、お前さんの大好きな『数字』が、あんなに美味そうな形をして積み上がってるぜ!」


「ええ。計算上、冬を三回越してもお釣りがくるわ」

マリナが扇子をパチンと閉じ、不敵に微笑む。

「消費速度、保存期間、人口比……すべて私の頭の中に収まっているわ。この村に『飢え』という言葉はもう必要ない。無駄は出さない、余剰は次への投資に回す。完璧な管理マネジメントよ」


「だろ? リナ先生の『健康診断』もバッチリだ。冬の間も栄養失調で寝込む奴は一人も出さねえよ。冷蔵も冷凍も、俺の魔力が尽きない限り……つまり、永久に稼働し続けるからな!」


カイゼルは軽快な動作で、集まった村人たちの肩を次々と叩いて回る。

「いいか、お前ら! 腹一杯食って、暖かくして寝る。それがこの冬の『第一任務』だ! だけどな……」


そこでカイゼルは言葉を切り、少しだけ声を落とした。

視線は、広場の端に。そこには、銀髪を冷たくなびかせた「現実」が立っていた。


「……構えろ」


エルダ・ヴァルグレイの低い声。

その一瞬で、安堵に包まれていた広場の温度がさらに数度下がった。

村人たちが、ぎこちない動作で剣や槍、そして魔導式バレット銃を構える。


だが――。


「遅い」


エルダが地を蹴る。

次の瞬間、最前列にいた農夫が、何が起きたかも分からぬまま地面に弾き飛ばされていた。

「がっ……あがっ……」


「次」


弓を引こうとした若者の懐に、エルダはすでに潜り込んでいる。

弦を引き絞る前に、彼女の指先が若者の喉元を突いていた。

「距離を詰められたら終わりだ。お前の武器は、ただの重い薪か?」


「く、くそっ……! 狙え、撃て!」


魔導式バレット銃が火を噴く。

だが、エルダの体はすでにそこにない。

水が流れるような、しかし雷のような冷徹な動き。

弾丸は虚空を裂き、逆に背後を取られた射手が無造作に転がされる。


「……」


沈黙。

広場には、荒い息遣いと、地面に倒れた村人たちの呻き声だけが残った。

カイゼルはそれを見て、茶化すことも笑い飛ばすこともせず、ただ静かに腕を組んだ。


エルダが、転がっている村人たちを見下ろし、吐き捨てるように言った。

「これが現実だ。お前たちは、自分たちが『強くなった』と勘違いしている」


「……でも、エルダさん。俺たちはもう飢えてない。冬だって越せる。カイゼルさんのおかげで、こんなに立派な武器だって……」


「それがどうした」

エルダの声が、氷の楔となって刺さる。

「奪う側から見れば、お前たちは『よく太った、逃げ足の遅い獲物』に過ぎない。食える村、貯蓄のある村、価値のある仕組み……。それは、外の獣どもを呼び寄せる最高級の餌だ」


誰も、何も言い返せなかった。

マリナが横から、残酷なまでに鮮やかな事実を突きつける。

「外の世界は弱肉強食よ。価値があるものほど、奪うコストが上がる。……でも、守る力がなければ、その価値はただの死に場所への招待状になるわ」


カイゼルが一歩前に出る。

いつもの明るさはある。だが、その瞳は鏡のように村人たちの「無力」を写し出していた。


「ははっ、いいか野郎ども。俺の作った保存食は、お前らを太らせるためだけにあるんじゃねえ。……死なない体を作って、さらに『強く』なるためのガソリンなんだよ!」


カイゼルは倒れた男の腕を掴み、強引に引き起こした。

「立て! 腹は減ってないだろ? だったら、動けるはずだ! 戦えない現実に絶望してる暇があったら、その絶望をエネルギーにして一歩前に踏み出せ!」


エルダが再び、槍を構える。

「もう一度だ。次は、殺すつもりで来い。……来なければ、私が殺す」


誰も逃げなかった。

ボロボロの体。震える指先。

だが、彼らは再び武器を握った。

「食って、生きて、守る」。

その単純で、しかし最も難しい真理を、彼らは今、骨の髄まで叩き込まれていた。


夕方。

広場には、文字通り一人残らず泥にまみれ、疲れ果てた村人たちの姿があった。

だが、その目は朝のそれとは違っていた。

ただ「飢えないこと」に満足していた甘い輝きは消え、土にまみれた鈍い、しかし消えない「闘志」が宿っている。


「よおし、お疲れさん! 今日は特別だ、開発したばかりの特製ソーセージを倍増で配ってやる! 食え! 食って、寝て、明日またエルダに叩きのめされる準備をしろ!」


カイゼルの陽気な声に、村人たちが「うおぉ……」と地這うような、しかし力強い返事をする。


「……うめぇ……。これ食って、次は絶対にかすめてやる……」

「……守るんだ。この村を、この飯を、絶対に……」


マリナがその様子を見て、小さく笑った。

「いい投資になったわね。……意識の変革は、どんな施設建設よりも安上がりで、効果的だわ」


「ははっ、俺の設計図に『無駄』はねえよ。……なあ、エルダ。あいつら、意外としぶといだろ?」


エルダは少しだけ視線を逸らし、短く答えた。

「……死なない程度には、な」


夜。

倉庫の中では、魔力の冷気に包まれた食料が、静かにその価値を保存し続けていた。

そして広場では、満たされた腹を抱え、それでも戦うことを選んだ村人たちが、明日への眠りについていた。


「冬が来る」

カイゼルは空を見上げ、独り言のように呟いた。

「だが、俺たちはただ越えるだけじゃない。春が来る頃には、この世界で一番『噛み切れない』村になってやるぜ!」


仕組みは完成し、食料は満ちた。

そして今、村人たちの魂に「守るための牙」が植え付けられた。

止まらない物語は、冬の寒風を切り裂くような熱量を孕み、さらなる過酷な、しかし光り輝く未来へと加速し続けていた。


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