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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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45:飢餓リスク消滅 基礎からやり直し

朝一番、重厚な石造りの倉庫の扉が開かれた。

冷たく、しかし清浄な空気が外へと溢れ出す。その中には、村の「命」が整然と、かつ圧倒的な密度で詰め込まれていた。


干し肉、燻製肉、肉厚のソーセージ、栄養の塊である加工パン。さらに奥の魔力冷却区画には、採れたての鮮度を保ったままの野菜や魚が眠っている。


「よおし、チェック完了だ! 全員、耳の穴かっぽじって聴けよ! 俺の鑑定とマリナの計算によれば、今日この瞬間……この村から『飢え』という言葉を完全に追放することに成功したぜ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように底抜けに明るい声を響かせた。

その手にある管理表には、数量、保存期間、消費速度……村の生存を担保するすべての数字が、完璧な調和ハーモニーをもって刻まれている。


「飢餓リスクはゼロ。……ははっ、聞こえたか? 俺たちは勝ったんだよ! 運命とかいう、気まぐれな死神にな!」


広場に一瞬の静寂が訪れ、直後、爆発するような歓声が上がった。

「本当に……本当に足りるのか!?」

「ああ、お釣りが来るくらいだ! 余った分はマリナが外の商人に売り捌いて、さらに村を豪華にするための金貨に変えてくれるからな!」


料理人が拳を握り、農家が抱き合う。

だが――その歓喜の絶頂を、氷の刃のような声が切り裂いた。


「浮かれるな」


エルダ・ヴァルグレイ。

銀髪を冷たくなびかせ、彼女が歩み出るだけで、沸き立っていた空気が一瞬で凍りつく。

「飢えないだけだ。……それがどうした? 腹が満たされれば、矢を避ける速度が上がるのか? 腹が膨れれば、盗賊が引き下がるのか?」


エルダの冷徹な問いに、村人たちが言葉を詰まらせる。


「むしろ、危険は増した。……食える村、貯蓄のある村。それは外の獣どもにとって、命を懸けて奪うに値する『宝箱』になったということだ。マリナ、お前の見解はどうだ?」


「ええ、その通りよ」

マリナが扇子をパチンと閉じ、不敵に微笑む。

「価値があるものは奪われる。それが世界のルール。……お前たちが『よく肥えた豚』のままでいるなら、私はこの富を守りきれないわ」


カイゼルがニカッと笑い、一歩前に出た。

「ははっ! さすがは俺の相棒たち、言うことが厳しいねえ! だけどな、その通りだ。腹がいっぱいになった今こそが、一番危ねえ。だから今日から、新しい役割を全員にぶち込むぜ!」


「……新しい役割?」


「ああ。『基礎からやり直し』だ!」


広場がざわつく。せっかく冬の心配がなくなったのに、また厳しい生活に戻るのか、と。

だが、エルダは容赦なく地面に一本の線を引いた。


「立つ。歩く。構える。……お前たちは、まだそれすらできていない」


「なっ……立ち方くらいわかってるよ!」

一人の若者が反発して前に出る。だが、エルダがその足を軽く払っただけで、男は無様に地面に転がった。


「重心が浮いている。……構えも、意識も、すべてが甘い。少しメシが食えるようになったくらいで、自分が『強くなった』と勘違いしたか?」


沈黙。

誰もが、自分の足元がどれほど不安定だったかを、その一撃で理解させられた。


「やり直すぞ。例外はない。……カイゼル、時間の管理を頼む」


「任せとけ! 全員、軍曹殿のシゴキに集中しろよ! 俺が後で、筋肉の修復に最高な栄養満点スープを用意してやるからな!」


午後。訓練は、ある意味でこれまでのどれよりも過酷だった。

ただ「立つ」だけ。ただ「槍を真っ直ぐ突き出す」だけ。

魔導式バレット銃も、構えが完璧に定まるまでは一発も撃たせてもらえない。


「違う。一歩で終われ。無駄な動きは、死を招く贅沢だ」


エルダの檄が飛び、村人たちが泥にまみれる。

カイゼルはその様子を少し離れた場所から、鑑定眼をフル稼働させて見守っていた。

「いいぞ、無駄が削がれていくな。マリナ、こいつらが『基礎』をモノにした時、この村の価値は今の十倍に跳ね上がるぜ」


「ええ。……無駄のない組織。それは、どんな宝石よりも美しいわね」


夕方。

訓練を終えた村人たちは、文字通りボロボロだった。

だが、昨日までとは決定的に違う点がある。

誰も、倒れていない。

荒い息を吐きながら、泥だらけの手でしっかりと、自分の足で大地を踏み締めて立っている。


「……やれる。次は、絶対に崩されない」

小さな、しかし確かな自信。


エルダはそれを見て、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、満足げに目を細めた。

「……明日もやる。立てるようにしておけ」


「はぁ!?」「死んじゃうよ!」

悲鳴が上がるが、その中には明るい笑いも混じっていた。


夜。

広場には、完成したばかりの保存食が惜しみなく振る舞われた。

「うめぇ……!」「これだよ、このために生きてるんだ!」


温かいスープ。香ばしいパン。

カイゼルは皆の間を回り、陽気にジョッキを掲げる。


「いいか、野郎ども! 飢えないのは当たり前だ。これからは『守り抜く』のが当たり前になるんだ。食って、鍛えて、また食う! この最強のサイクルを回し続けようぜ!」


「飢餓リスク消滅」という、かつての夢。

それは今日、この村にとっての「最低限の土台」へと書き換えられた。


夜風が吹く。

灯りの下で、村人たちは自分たちの手を見つめていた。

奪われないための力。その基礎を、彼らは今、確かに掴もうとしている。


「いい流れだ」

エルダが呟く。

「ああ。止まらないぜ、俺たちは」

カイゼルが笑う。


村は、かつて誰も到達したことのない「次なる地平」へと、力強く歩みを進めていた。

仕組みは回る。想いは重なる。

未来という名の設計図は、今、より強固に、より美しく、再定義されようとしていた。

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