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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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36:魔力通信試作

朝の空気は、磨き抜かれたレンズのように透き通っていた。

黄金色の光が畑の露に反射し、村全体がキラキラと生命の輝きを放っている。

畝の間を流れる水の音、リズムを刻む鍬の音、そして昨日覚えたばかりの計算を口ずさむ子どもたちの声。


「いい流れだぜ。澱みがねえ。歯車が歌ってるみたいじゃないか!」


カイゼルは村の中央で大きく伸びをし、陽気な声を響かせた。

隣で腕を組むエルダが、鋭い視線で周囲の防衛配置を最終確認しながら、短く応える。

「……止まってはいない。だが、平和に慣れすぎるのは毒だ」


「ははっ、相変わらず手厳しいねえ、軍曹殿! だがな、マリナの顔を見てみろ。あの目が獲物を狙う鷹みたいになってる時は、決まって『もっと良くしろ』って合図なんだよ」


少し離れた市場の集荷所で、帳簿を閉じたマリナがこちらを振り返る。

「ええ、その通りよカイゼル。物は揃った、人も役割を覚えた。でもね……まだ“遅い”わ。致命的にね」


カイゼルは不敵に笑い、自分のこめかみを指先で叩いた。

「わかってるさ。情報だろ? 物が動く前に声が届く。それができなきゃ、俺の設計図は完成しねえ」


昼前。カイゼルの作業場は、異様な魔力の揺らぎに包まれていた。

机の上には、高純度の魔石と、精緻な刻印が刻まれた小さな板。

エルダがその「得体の知れない板」を覗き込む。


「……それが、新しい武器か?」


「武器っちゃあ武器だな。ただし、血を流すためじゃない。遠く離れた奴の耳元で『愛してるぜ』って囁くための魔法の板だ。名付けて――魔力通信機ボイス・リンク・試作一号!」


カイゼルは鼻歌まじりに魔石を選別し、刻印に魔力を流し込む。

そこへマリナが、期待と計算が混ざり合った瞳で入ってきた。


「どれくらい早くなるの? 伝令を走らせるよりはマシなんでしょうね?」


「ははっ、マリナ! 伝令と比べるなんて、カメと光を比べるようなもんだぜ。こいつを使えば、情報の速度は『ゼロ秒』だ。お前が『金が欲しい』って呟いた瞬間に、俺の耳に届くのさ!」


「……それ、本気?」

マリナの目が、商売人特有の鋭利な光を放つ。


「やってみりゃわかる。マリナ、こいつを持って外へ出ろ。五十歩ほど離れて、俺の悪口でもなんでも言ってみな。エルダ、お前はここで証人ギャラリーを頼むぜ!」


マリナが装置を手に外へ出る。カイゼルは落ち着いた手つきで、自分の手元の装置に魔力を同期させた。

風属性で情報の通り道を整え、光属性で声を信号に変換する。

「……聞こえるか、マリナ? 今日のランチは何がいい?」


一拍。

装置に埋め込まれた小さな魔石が淡く光り、マリナの声が鮮明に響いた。

『……はっきり聞こえるわ。ランチの前に、この技術の独占権について話しましょうか?』


「なっ……!?」

隣で見ていたエルダが、珍しく目を見開いた。

「声が……板から出ているのか? 魔法の残響ではない、生の声だ」


「成功だ! ――おっと、あぶねえ!」

突然、魔石が不規則に点滅し、ひどいノイズと共に通信が途切れた。


戻ってきたマリナが、少し残念そうに眉をひそめる。

「不安定ね。最後の方は、嵐の中にいるみたいだったわ」


「ははっ、初っ端から完璧じゃ面白くねえだろ! 原因はわかってる。魔力の揺れだ。この村に流れる『活気』が強すぎて、通信の通り道が少し酔っ払っちまったみたいだな」


カイゼルは即座に鑑定眼をフル稼働させ、刻印の修正に入る。

「土属性で通り道を固定して、闇属性で外のノイズをシャットアウトする。……よし、これで『村のプライバシー』もバッチリ守れるぜ!」


午後、改良は一気に進んだ。

カイゼルは自分では鍬を持たない。だが、この「目に見えない道」を作るためなら、無限の魔力を惜しみなく注ぎ込む。

エルダがその集中した背中を見守り、問いかける。


「戦いも、変わるな」


「ああ。指揮官の声が戦場全体に響く。右で起きた異変が、左に瞬時に伝わる。……エルダ、お前の部隊はこれで『一つの巨大な生き物』になれるんだぜ」


「……悪くない。いや、最強の盾になる」


夕方。市場の端、百歩以上離れた場所での再試験。

マリナの声は、まるで耳元で囁かれているかのようにクリアに届いた。

『カイゼル、聞こえる? ――あなたの設計、やっぱり最高にイカしてるわ』


「ははっ! 聞こえたぜ! 最高の褒め言葉だな!」


カイゼルは広場に集まった数人の村人に、試作機を手渡した。

「いいか、お前ら! 今日からこいつが村の『神経』だ。サボってる奴がいたら、俺が寝室からでも説教してやるから覚悟しとけよ!」


「えっ、これで遠くの人と話せるのか!?」

「すげえ……! 伝令がいらなくなるぞ!」


村人たちが興奮して装置を操る。

「北の畑、害虫なし!」

「集荷所、荷受け完了だ!」

声が飛び、情報が駆け巡り、村の動きが目に見えて洗練されていく。


エルダが即座に割り込み、現場の規律を正す。

「私語は慎め! 報告は短く、要点だけを伝えろ。情報は命だ、無駄遣いするな!」


マリナはそれを見て、満足げに扇子を広げた。

「これ、外に出したら国がひっくり返るわね。奪いに来る奴らが列を成すわ」


「ははっ、そう簡単に真似はさせねえよ! 刻印の構造、魔力のパス、そしてリナの薬草で精製した絶縁体。全部が噛み合って初めて動く『芸術品』だからな」


カイゼルは広場を見渡し、満足げに指を鳴らした。

「それでも狙ってくるバカがいたら、エルダに遊んでもらうだけだ! なあ、軍曹?」


「ああ。この『声』が届く範囲は、誰にも汚させない」


夜。灯りの下で、村の各所に配置された通信機から、穏やかな報告が届く。

「異常なし。おやすみなさい」


それは、ただの報告ではない。

村全体が、一つの意思で繋がり、同期している証明だ。


「これで」

マリナがカイゼルの隣に座り、夜空を見上げた。

「この村は、本当の意味で一つになったわね」


「ははっ、元から一つだぜ。ただ、みんながそれを『実感』できるようになっただけさ。……さあ、次は距離を伸ばすぞ! 隣の町、いや、この世界の果てまで俺たちの声を届けてやろうじゃないか!」


カイゼルの陽気な笑い声が、夜の静寂を明るく照らす。

情報は光になり、仕組みは血流になり、防衛は鋼の意思になる。

小さな村が、魔力通信という「知性」を手に入れ、さらなる高みへと加速していく。


止まらない物語は、今夜も通信機から漏れる小さな声と共に、新しい未来を紡ぎ出していた。

「次はもっと驚かせてやるぜ! 楽しみにしてろよ!」

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