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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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37:遠隔連絡成功

朝霧が乳白色のカーテンのように村を包み込み、ゆっくりと太陽の熱に溶けていく。

村の外れ、新設された見張り台の上には、銀髪を朝風に遊ばせたエルダが凛と立っていた。その鋭い視線は、霧の向こう側――深い森の巡回路へと向けられている。


台の下では、数人の村人たちが緊張で肩を固くしていた。彼らの手には、木製のグリップに鈍く光る魔石を組み込んだ、カイゼル特製の「魔力通信機」が握られている。


「よおし、野郎ども! そんなにガチガチに固まってると、魔石がビビって声を弾いちまうぜ。今日は戦いじゃない、ただの『お喋り』の実験だ。もっと肩の力を抜いて、鼻歌でも歌うくらいの余裕を見せてくれよ!」


カイゼルが陽気な声を響かせ、一人一人の背中を景気よく叩いて回る。その軽やかな足取りは、場の緊張を確実に解きほぐしていく。


「カイゼルさん……でも、本当にこんな板切れで、森の向こうの声が聞こえるのかい?」


「ははっ、板切れとは失礼な! こいつは俺とリナ先生が徹夜で磨き上げた、愛と理屈の結晶だぜ。……さて、マリナ商会長。投資に見合う『成果』を見せる準備は万端だ。高みの見物といこうじゃねえか!」


マリナが扇子を優雅に揺らし、少しだけ期待を込めた瞳で頷いた。

「ええ。もしこれが成功すれば、あなたの言った通り、物流のコストは半分に、情報の価値は百倍になるわ。……期待しているわよ?」


今回の試験は、村の中でのテストとは次元が違う。

距離は三百歩。森の入り口という「視界の外」との通信だ。


「失敗すれば?」

エルダが、実戦者としての冷徹な問いを投げる。


「ははっ、その時は俺が全力で森まで走って伝令になるだけさ! 足腰が鍛えられて丁度いいだろ?」

カイゼルは冗談めかして笑い飛ばすが、その瞳は装置の刻印を微塵の狂いもなく「鑑定」し続けていた。


「開始するぜ。――森の入り口、聞こえるか? こちら中央、今日の朝飯のメニューを報告せよ!」


一瞬の沈黙。

風の音だけが広場を通り抜ける。村人の一人がゴクリと唾を呑み込んだ。

そして――。


『……こちら森の入り口! 今日の朝飯は、干し肉入りのスープと黒パンです! はっきり聞こえます、カイゼルさん!』


装置に埋め込まれた魔石が淡く光り、森の向こうからの声が、まるで隣にいるかのように鮮明に響き渡った。


「成功だ!」

マリナが小さく、しかし確信に満ちた声を漏らす。

村人たちからは「うわぁっ!」と驚嘆の叫びが上がった。


「よし、野郎ども! 驚くのは後だ、今はこいつを使い倒せ! エルダ軍曹、指揮をお願いするぜ!」


「……承知した。各員、通信を開始しろ。ただし、無駄口は叩くな。戦場では一秒の遅れが死を招く。要点だけを、短く、正確に伝えろ!」


エルダの鋭い指示が飛び、村人たちが次々とマイク代わりの魔石に向かって声を吹き込む。

「北側、異常なし!」「南の畑、水門の調整完了!」「了解、こちら中央。そのまま待機せよ!」

情報が流れ、状況がリアルタイムで同期されていく。


午後。カイゼルはさらに「無茶」を仕掛けた。

距離をさらに伸ばし、丘の向こう側――視界完全遮断、かつ地形の干渉が激しい場所での通信実験だ。


「ここからが俺の設計の真骨頂だ。風で運び、土で守り、光で刻む。……ちょっと魔力の消費は激しいが、お祭りの花火だと思えば安いもんだぜ!」


カイゼルが魔力出力を調整し、装置に強力な同期をかける。

「こちら中央。丘の向こうの迷子たち、聞こえるか?」


数秒のラグ。装置が微かに震える。

『……聞こえます! 丘の向こう、異常なし! 羊が三匹、逃げ出そうとしたのを捕まえましたが、それ以外は平和そのものです!』


ノイズ混じりではあったが、言葉ははっきりと届いた。

丘の向こう。本来なら往復で刻を要する距離が、今、ゼロ秒になった。


マリナが感嘆の溜息を吐いた。

「……恐ろしいわね。これで『距離』という概念が半分死んだわ。商売のチャンスは、もう一瞬も逃さない」


「ははっ、マリナ! 欲張りだねえ。だが、その欲が村を動かすエンジンなんだ。……エルダ、防衛の方はどうだ?」


「……革命的だな。見張り台を繋げば、敵が森の一歩を踏み出した瞬間に、村の全員が剣を握れる。防衛の密度が、これまでの比ではない」


夕方。村に戻った通信班の面々は、英雄でも迎えるかのような大喝采で迎えられた。

「離れてても話せるのか!」「これで旦那を呼び戻すのも楽になるね!」

生活と防衛。その両方に「光」が差し込んだことを、誰もが理解していた。


カイゼルは広場の中央で、人々に囲まれながらいつものように笑っていた。

「いいか、こいつは魔法じゃない。お前らの『繋がり』を形にしただけだ! 独占はしないが、悪用もさせねえ。これはこの村を、世界一賢くて安全な場所にするための大事なパーツなんだぜ!」


マリナが隣に並び、小声で囁く。

「これ、他の街に売れば金貨の山ができるわよ? 独占権、私が管理してもいいかしら」


「おっと、マリナ商会長。そいつはまだ早い。まずはこの村の『牙』を完璧にするのが先だ。守りきれない富は、ただの餌だからな」


エルダが背後から頷く。

「正しい判断だ。この装置を、まずは防衛班の連携に組み込む。訓練の精度を三段階は引き上げられるぞ」


夜。村には灯りが点り、通信訓練の柔らかな声が各所から響いていた。

「こちら北門、異常なし」

「南の倉庫、戸締まりよし。おやすみなさい」


カイゼルは一人、夜空の星を見上げながら、手元の通信機を弄んでいた。

一人の力ではなく、情報の力。

仕組みが人を繋ぎ、繋がった人がさらに強くなる。


「……いいリズムだ。さあ、次は拠点同士を繋ぐ『大回廊』の設計に入るか!」


カイゼルの陽気な独り言が、夜の静寂に溶けていく。

遠隔連絡の成功。それは、この村が閉ざされた「点」から、世界へ広がる「線」へと進化した証だった。


仕組みは止まらない。

声を光に変え、意志を速度に変えて。

村は、かつて誰も到達し得なかった「次なる段階」へと、力強く回りはじめていた。

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