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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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35:悪徳商人排除

朝の市場は、もはや一つの巨大な生き物のように淀みなく拍動していた。

農夫たちが秤を使いこなし、帳簿に数字を書き込む姿は、数週間前までの「奪われるのを待つだけ」だった住人たちの面影を完全に払拭している。


だが、この世には「蜜の匂い」に誘われる善良な羽虫ばかりがいるわけではない。


「おーっと。お出ましだぜ。……おいおい、あれは見栄を張りすぎて馬車の車軸が悲鳴を上げてるな。金は持ってそうだが、センスは絶望的だぜ!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように陽気な声を響かせ、村の入り口を指差した。

そこには、過剰な金細工を施した二台の馬車と、やけに目つきの鋭い武装護衛たちの姿があった。


「……ありゃあダメだな」

エルダが音もなくカイゼルの隣に並び、低く吐き捨てる。

「無駄な虚飾に、周囲を威圧することしか考えていない歩き方。……あいつらの獲物は『商品』じゃない、この村の『無知』だ」


「ははっ、エルダ! 相変わらず人を見る目が厳しいねえ。だが大正解だ。……さて、マリナ! この悪趣味な舞台に、俺たちの『最高にクールな常識』をぶち当ててやってくれよ!」


マリナが優雅に、しかし氷のような鋭さを瞳に宿して前へ出る。

馬車から降りてきたのは、指にいくつも宝石を嵌めた、脂ぎった笑顔の男だった。


「ほうほう……噂には聞いていたが、辺境の小村がずいぶんと思い切ったお遊びをしているな」

男は市場を眺め、値踏みするように声を張り上げた。

「俺は王都でも名の通った商人でね。不憫な君たちのために、ここにあるものをまとめて『買ってやる』と言いに来たんだ。感謝していいぞ?」


“やってやる”。

その傲慢な一言が広場に落ちた瞬間、村人たちの動きが止まる。

だが、マリナは微塵も動じず、扇子で口元を隠して優雅に微笑んだ。


「あら、ご苦労様。でも残念ね。うちは現在、新規の、それも『素性の知れない』お相手との一括取引は受け付けていないの」


男の笑みが一瞬で凍りついた。

「……何だと? 私が誰だか分かって言っているのか?」


「知らないわ。知る必要もない。だって、あなたの提案には『合理うまみ』がないもの」

マリナは淡々と、しかし突き放すように続ける。

「安く買い叩こうという下心が馬車の装飾より透けて見えるわ。悪いけれど、お引き取り願えるかしら?」


「ふん……。田舎者が調子に乗りおって。いいか、私に盾突けば、この村に二度と商人の馬車が来ないようにしてやることなど容易いのだぞ? ――売れなくしてやろうか?」


あからさまな脅し。護衛たちが一歩前に出、剣の柄に手をかける。

だがその瞬間、カイゼルがパチンと指を鳴らした。


「おっと! 脅し文句の『型』が古いぜ、おじさん! 今のセリフ、俺の耳にバッチリ記録させてもらったからな。不当な圧力による自由貿易の阻害……これ、商売敵に流したらお前の信用、一瞬で消し飛ぶぜ?」


カイゼルが笑いながら一歩前に出る。同時に、エルダが地を這うような威圧感を放ち、男の護衛たちの視線を殺気だけで釘付けにした。


「……やってみろ。お前の首が飛ぶのと、この村の流通が止まるの、どっちが早いか賭けてみるか?」


エルダの低い声。護衛たちの足が止まる。

この女は“やる”。理屈抜きに、命のやり取りを理解している者だけが持つ、本物の殺気だ。


「っ……、狂人の村か! 後悔するぞ!」

男は顔を真っ赤にして吐き捨てると、ほうほうの体で馬車に逃げ込んだ。


砂埃を上げて去っていく馬車を見送りながら、カイゼルは豪快に笑った。

「ははっ! 逃げ足だけは王都級だったな! さて、野郎ども。今の『悪い見本』を忘れるなよ! だけどな、追い払うだけじゃ能がない。次は『入れない仕組み』を作ろうじゃねえか!」


午後。村の入り口に、カイゼルが設計した新しい「仕組み」が設置された。

それは、魔法陣が刻まれた簡素なゲート。だが、そこにはマリナが管理する「商人の信用情報」が組み込まれている。


「いいか、これからは『信用』が通行証だ。真っ当な商人は歓迎するが、さっきみたいなハイエナどもは、このゲートを通ることすらできねえ。物理的に止めるんじゃない、情報で止めるんだよ!」


カイゼルは軽快な動作でゲートの刻印を調整していく。

「エルダ、お前の班はここで身分証を確認しろ。マリナの帳簿にある『ブラックリスト』と照らし合わせる。無駄な戦いは最小限に、しかし拒絶は最大限にだ!」


「……情報で戦う関所か。お前の発想は、相変わらず剣より鋭いな」


夕方。再び一台の馬車がやってきた。

今度は地味だが手入れの行き届いた馬車だ。

降りてきた商人は、ゲートの仕組みに驚きながらも、丁寧な物腰で身分を明かした。


魔道具が青く光る。信用、問題なし。

「……失礼。ずいぶん厳格な管理をしているのですね。ですが、これなら安心して取引ができる」


マリナがその商人を出迎える。

「ええ。私たちは『信用』を何よりも重んじているの。真っ当なあなたとなら、良い契約が結べそうだわ」


流れは止まらない。

悪徳を排除し、健全なものだけを通す「選別」の仕組み。

それこそが、この村をさらなる高みへと押し上げるエンジンだった。


夜。

灯りの下で、いつものように三人が集まった。

「今日のでハッキリしたわね。この村の価値が高まれば、それを力尽くで奪おうとする奴は必ず現れる。でも……」


「でも、俺たちの『仕組み』の方が一枚上手だったな、マリナ!」

カイゼルが陽気に杯を掲げる。


「ああ。力でねじ伏せるだけではない。相手を『不利益』という名の檻に閉じ込める。……これほど完璧な守りはないだろう」

エルダも、珍しく微かな微笑を浮かべて頷いた。


「ははっ! 守って、稼いで、また守る! 澱みをなくして、きれいな水だけを流し続けるんだ。この村は、もう誰にも止められない巨大な奔流システムになったんだぜ!」


カイゼルの陽気な笑い声が、夜の静寂を力強く突き抜ける。

悪徳は排除され、信用が積み上がり、村は世界に通用する確固たる「個」へと成長した。

止まらない物語は、新しい「秩序」という武器を携えて、さらなる広大な地平へと加速し続けていた。

仕組みは、今日も正しく、そして陽気に回り続けている。

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