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戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


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34:外商人との初交渉

朝の空気は、キンと冷えていながらもどこか心地よい期待感に満ちていた。

村の市場は、もはやカイゼルが手を取り足を取り教えなくとも、巨大な生き物のように自律して拍動している。

価格は一点の曇りもなく統一され、量は寸分の狂いもなく計量され、人々の動きには無駄な迷いがない。


「……おっと。お出ましだぜ。招かれざる客か、それとも福の神か。どっちに転んでも、俺たちの『おもてなし』を見せてやろうじゃないか!」


カイゼルが広場の中央で、いつものように陽気な声を響かせ、村の入り口を指差した。

そこには、砂埃を上げて近づいてくる一台の馬車と、二人の手慣れた護衛の姿があった。

エルダが音もなくカイゼルの隣に並ぶ。その瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭く、相手の武装と戦意を瞬時に査定していた。


「……外の商人のようだな。カイゼル、防衛班はすでに配置についている。いつでも『掃除』は可能だ」


「ははっ、エルダ! 相変わらず物騒だねえ。今日は剣じゃなくて、マリナの『算盤そろばん』で戦う日だぜ。ほら、主役のお出ましだ!」


マリナが優雅な足取りで、しかし一歩ごとに場の空気を支配しながら前へ出る。カイゼルはそれを見て満足げに頷くと、自分は一歩下がって「観客席」を決め込んだ。

「判断」はマリナに任せる。それがこの村の、そしてカイゼルの決めた「役割」だ。


馬車が止まり、中から細身で仕立ての良い服を着た男が降りてきた。

男は広場に足を踏み入れた瞬間、その足を止めた。

「……ほう」

第一声。それは驚きというよりは、あまりの「異質さ」への困惑に近かった。


整然と並ぶ野菜。部位ごとに分けられた肉。そして何より、すべての商品に添えられた、統一された値札。

「……揃っているな。辺境の小村と聞いていたが、ここは王都の直轄地か何かか?」


「あら、ご挨拶ね。ここはただの、少しだけ『頭の良い』村よ」

マリナが扇子を広げ、不敵な笑みを浮かべる。

「で? 砂埃を立ててまでやってきた目的は、ただの観光かしら?」


男は鋭い目をさらに細め、マリナを見据えた。

「買い付けだ。私はこの先の都市で商いをしている。……ここにあるものを、全部買い取りたい」


広場にいた農夫たちが思わず息を呑む。

「全部……!?」

「そんな、一度に……」


ざわめく周囲を、カイゼルがパチンと指を鳴らして制した。

「おいおい、お前ら! 驚くのは後だ。今はマリナ商会長の華麗な交渉術を目に焼き付けとけよ!」


マリナは一切動じず、男に問いかけた。

「全部、ね。支払いは? 輸送は? ……そして何より、価格については納得しているのかしら?」


「価格だと? まとめて買うのだ、当然二割は引いてもらう」

商人の当然の要求。だが、マリナの答えは氷のように冷たく、そして美しかった。


「お断りよ。うちは値引き(無駄)はしないわ。この価格は、私たちの『誇り』の値段。嫌なら、その馬車を回して帰ってちょうだい」


「……なに?」

男の顔から余裕が消える。

「貴女、商売を知らないのか? 大量取引は値引きが常識だ」


「その常識、この村じゃ通用しないの」

マリナが一歩詰め寄る。

「うちは質を保証し、量を揃え、手間を省いてあげている。あなたが他でこれだけのものを揃えるのにかかる時間とコストを考えれば、この値段は格安のはずよ。……違うかしら?」


沈黙が流れる。

商人の男は、マリナの背後にいる村人たちを見た。

彼らの瞳に迷いはない。自分たちが作った物の価値を信じ、この美しい商会長を信じている。

そして、その奥でニカッと笑っている、得体の知れない「設計者」の存在。


「……面白い。合理的だ」

男が折れた。

「いいだろう。その価格で飲もう。ただし、品質に一点でも曇りがあれば、即座に契約は破棄だ」


「当然よ。じゃあ、取引成立ね」


マリナが手を差し出す。男がそれを握った瞬間、カイゼルが大きく手を叩いた!


「よおし、野郎ども! 商談成立だ! 『仕組み』の力、見せてやれ! 荷積み開始だ!」


その号令と共に、村が爆発したような活気で動き出した。

農夫たちが手際よく収穫物を集荷所へ運び、計量班が天秤で次々と重さを確認し、記録係の子どもたちが帳簿を更新していく。

バラバラな動きではない。一つの巨大なベルトコンベアのように、荷物が馬車へと吸い込まれていく。


「……速いな」

男が、唖然としながらその光景を見つめていた。

「訓練されているのか? 兵士のようだ」


「いいえ、ただ役割を全うしているだけよ。無駄を嫌い、流れを愛しているの」

マリナが誇らしげに、しかし淡々と答える。


エルダは馬車の護衛たちの横に立ち、微動だにせず周囲を威圧していた。

「……余計な動きはするな。この村の法は、外の者にも適用される」

「……ああ、わかっている。こんな恐ろしい村で暴れるほど、俺たちは馬鹿じゃない」

護衛たちが冷や汗を流しながら頷く。


夕方。

馬車の荷台は村の成果で満たされ、マリナの手には確かな金貨が支払われた。

「……また来る」

男は最後にそう言い残し、どこか晴れやかな顔で村を去っていった。


砂埃が消えた後、広場には一瞬の静寂。そして――。

「やった……! 本当に売れたぞ!」

「金貨だ! 本物の金貨だ!」

爆発するような歓声。


カイゼルは広場の真ん中で、大きく伸びをした。


「ははっ、見たか! お前らが毎日磨いてきた『仕組み』が、外の世界の金貨に化けた瞬間だ! これが、俺たちが目指してきた景色の第一歩だぜ!」


マリナが金貨の入った袋をカイゼルに見せる。

「いいスタートね、カイゼル。でも、これで終わらせる気はないわよ」


「当たり前だろ! むしろこれからが本番だ。エルダ、外との道が開けたってことは、それだけ『悪い虫』も寄り付きやすくなる。防衛ラインの再設計、頼むぜ!」


「……承知した。次は、村の富を守るための『牙』をさらに研ぎ澄まそう」


カイゼルの陽気な笑い声が、夜の帳を押し返すように響き渡る。

役割が人を繋ぎ、仕組みが富を生み、防衛が安らぎを担保する。

小さな村は、今や一つの「商域」として世界へ産声を上げた。


「さあ、明日はお祝いだ! 今日稼いだ金で、もっと美味いメシを食おうぜ!」


村の灯りは、今夜もどこまでも明るい。

止まらない物語は、新しい「流れ」を掴み、さらなる広大な海へと向かって、力強く加速し始めていた。

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