表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに全部潰したら、誰も戦わなくていい村になった  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/150

106:徴発失敗 正当性崩壊

朝は、いつも通り穏やかに始まった。


畑では収穫の手が止まらない。熟した野菜が次々と籠に入れられ、子どもたちが笑いながら運ぶ。遠くでは狩猟帰りの若者たちが獲物を担いで戻ってくる。煙突からは料理人たちの準備する朝の香りが漂い、村は確かに“生きている”と感じさせた。


だが、その流れを止めようとするものが、土煙を上げて現れた。


「止まれ!!」


村の入り口に、騎馬の一団が踏み込む。


鎧に身を包んだ兵たち。その中心には、紋章付きの外套を纏った男――バルディウス伯の徴発官がいた。


「本日付けで、当該村に対する徴発を執行する!」


高らかに宣言する。


だが――


誰も、動かなかった。


畑の手は止まらない。


子どもは走り続ける。


料理人は火を止めない。


徴発官の眉が歪む。


「……聞こえなかったか?」


一歩、前に出る。


「これは命令だ。貴様らの収穫物、加工品、人員を徴収する」


沈黙。


いや、違う。


“無視”だ。


その時。


一人の男が歩いてくる。


カイゼルだ。


だが、前に立つわけではない。


一歩後ろ。


代わりに前に出たのは――


エルダだった。


銀髪が風に揺れる。


「ここは村だ」


短く言う。


「戦場じゃない」


徴発官が笑う。


「だから何だ」


「命令に従え」


エルダは動かない。


ただ、視線を向ける。


背後に。


そこには――


並んだ村人たち。


バレット銃を構えた者。


農具を持った者。


弓を引く者。


全員が、同じ方向を見ている。


徴発官の顔が一瞬だけ引きつる。


「……脅す気か?」


「違う」


エルダが言う。


「見せてるだけだ」


「何を」


「今の“現実”を」


静かな言葉だった。


だが、重い。


その時。


マリナが前に出る。


優雅な仕草で。


「交渉は公開でやるって言ったわよね?」


微笑む。


だが目は冷たい。


「条件を読み上げる?」


徴発官が苛立つ。


「そんなものは不要だ」


「命令だと言っている」


マリナは肩をすくめる。


「じゃあ――」


「みんなに聞いてもらいましょうか」


村の中央。


すでに人が集まっている。


自然に。


誰かに言われたわけでもない。


ただ“流れ”で。


レイナが横で呟く。


「ほんと、止まらないわね」


軽く笑う。


だが目は全体を見ている。


逃げ道も、動線も、全部。


徴発官は囲まれていることに気づく。


だが遅い。


マリナが紙を広げる。


「じゃあ読むわね」


声はよく通る。


「徴発対象:全収穫物の六割」


ざわめき。


「加工品の八割」


さらにざわめく。


「労働力として成人男女三割」


空気が変わる。


怒りではない。


冷静な理解。


マリナが続ける。


「なお、補償はなし」


「違反時は罰則」


静かに紙を閉じる。


「……以上」


沈黙。


その後。


誰かが言った。


「これ、無理だろ」


それが全てだった。


理屈でも、感情でもない。


ただの“現実”。


レイナが一歩出る。


「これ実行したらどうなるか、説明する?」


徴発官を見て言う。


「流通止まる」


「来月には何も届かない」


「再来月には誰も残らない」


軽い口調。


だが内容は重い。


「つまり――」


「アンタも困る」


徴発官の顔が歪む。


「関係ない」


言い切る。


だが声が揺れる。


その瞬間。


カイゼルが一歩前に出る。


静かに。


そして、紙を見る。


「鑑定」


一言。


その場の空気が変わる。


「この文書、正式じゃないな」


ざわめき。


徴発官が叫ぶ。


「何を言う!」


カイゼルは淡々と続ける。


「印章が違う」


「権限の範囲外」


「命令の発行者が無効」


一つずつ。


事実を並べる。


逃げ場はない。


「つまり――」


一拍。


「これは“命令じゃない”」


完全な沈黙。


徴発官の顔から血の気が引く。


「ば、馬鹿な……」


マリナが笑う。


「だから公開がいいのよ」


「嘘が混ざらないから」


エルダが言う。


「どうする」


短い問い。


だが重い。


戦うか。


引くか。


徴発官は周囲を見る。


村人。


武器。


視線。


逃げ場はない。


そして――


誰も怯えていない。


理解する。


ここはもう、“取れる場所”ではない。


「……撤収だ」


絞り出すように言う。


兵たちが動く。


ぎこちなく。


そして――


去っていく。


静寂。


その後。


誰かが笑った。


小さく。


そして広がる。


子どもが走る。


料理人が鍋を叩く。


リナが息を吐く。


「よかった……」


柔らかい声。


エルダがカイゼルを見る。


少しだけ目が変わる。


「……やるな」


それだけ。


だが十分だった。


レイナが肩を回す。


「これでしばらくは来ないわね」


マリナが笑う。


「来ても同じよ」


カイゼルは空を見る。


穏やかだ。


「終わったな」


ぽつりと呟く。


だが違う。


終わったのは――


“正当性”だ。


徴発という名の支配。


それが崩れた。


もう通らない。


もう隠せない。


もう押し付けられない。


村はまた動き出す。


止まらない。


誰にも止められない。


明るく。


静かに。


確実に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ