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  作者: 可燃物


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8/10

8

私小説:作者が経験した事柄を素材にして描かれた文章。

   あくまで改変ありのフィクションが前提とされる。


私の心を乱すものは、いつだって先生であって欲しい。



無感動で無感情で、つまらないと感じる余地すら無いくらいに、心を動かされる事がなかった。

そんな日常を壊してくれたのは、先生だった。



私は夢見る事が出来る、空想の世界が好きだった。


空想の中では、私は自由で、親に縛られる事なく親が定めたことをしなくていい。


決められた学校に行かなければならない。

許可が与えられた相手を友としなければならない。


食べる物も見る物も、親が決めたものに限られる。

結婚すら、親が決めた相手としなければならなかった。



だから私は、感情を動かさないように気を付けていたのだと思う。


反発した所で、親がいなければ生活が出来ない。


抵抗するだけ無駄なのだ。



ならば最初から、唯唯諾諾と受け入れる方が楽だ。

傷付かなくて済む。


現実に期待をするのを、放棄した。



そんな窮屈な日常を忘れさせてくれるのが、物語の世界だった。



自分の意志を伝える事が出来て、感情を押し付けられる事も無く、何が好きで、何が嫌いかを自分で判断する事が出来る。


一時でも、そんな世界を夢見て、現実逃避をする事で心の平穏を保っていた。



漫画やラノベの世界に没入して、いつか自分も、ここに描かれている登場人物の、その何万分の一でもいい。

自由が欲しいと望んだ。



物語の登場人物に自分の意識を重ねて追体験をして、現実から逃れられる時間が好きだった。


勉強のために図書館に行くと偽り、親に隠れて読む数々の小説の世界がとても愛しかった。



大人の手に怯え、大人の男性に恐怖し、命令を粛々とこなす日常から、逃れたかった。



誰かに何かを命じられる事なく、自主的に行動を起こしたのは、先生に宛てたファンレターを綴った、あの時が初めてだったと思う。



心が震えるとは、こういう事を言うのか!


自分の心の変化に驚いた。



その感情の赴くままに、添削も読み返す事すらせず、書き殴って送り付けたメールは、先生を困惑させてしまっただろう。



先生が書いた作品の描写が、嫌にリアルだったために、「この人は心に俺と同じ傷を負っているのではないか」とそう直感し、長年誰にも言えず隠し続けていた、自分が受けた仕打ちを吐露し、初めての手紙に作品の感想ではなく自分の事を語る事を謝り、誰かに聞いて欲しかった、その捌け口にした事を更に謝った。



返ってくるとも思っていなかったメールの返信には、私が察した通りに、自分も幼い頃性的加害を受けた事。

その相手が父親だった事。


両親が離婚する小学校の中学年まで行為が続いた事等が書かれていた。



私の父は厳格で良い父とは言えなかったが、私の相手は叔父で、血の繋がりはない。

一度きりだし、県内ではあるが車で片道二時間はかかる遠方に住んでいたため、またその男が叔母と死別に至った時、住んでいた祖父母の家から息子だけ連れて出て行ったため、それ以降会ってもいなかった。



自分よりも酷い仕打ちに遭っていた人に対して、なんて愚かな事をしたのだろう。

そう悟った時、血の気が引いた。



しかしその文章の続きに、先生は「あなたは、優しいですね」と、そう書いてくれていた。



私が告発をすれば、叔母は亡くなる前に配偶者の酷い裏切りを知っただろう。


両親が健在ならば、ふとした時に、重すぎる現実に耐えられなくなり縋り付きたくなる事もあっただろうに、ソレもしなかった。


他人の僕に打ち明けるのは、最も賢い選択だと、私の愚かな行動を褒めてくれた。



あなたは悪くない。

悪いのは、善悪も何も分からない子供に手を出した大人だと。


汚れているなんて思う必要も、罪の意識を抱く事も無いのだと言ってくれた。


辛い事は辛いと言って良いのだと赦してくれた。



そしてその相手に自分を選んでくれてありがとうとまで言ってくれた。



いつでも話を聞くから、今回のように悩みや辛い事があったのなら、その荒波が鎮まるまで話を聞いて、心を寄り添わせたい。


嬉しい事、楽しい事があったのなら、共に分かち合いたい。



そう会ったこともない赤の他人の子供に言ってくれた。



幼少期から一緒に育った愛犬が死んだ時も、世話になった叔母が亡くなった時も、卒業式や感動映画ですら泣いた事がない私が、先生から送られたメールを読んで、滂沱のごとく、泣いた。



欲しかった言葉が的確に書いてあったからなんて、単純なものではない。


心が動かされたからとしか、言いようがない。



私を窮屈な現実から連れ出してくれるのは、この人しかいないと、理由もないのに思った。



お礼と作品の感想と改めて送って以降、その日あった事が書かれたメールを貰い、また返事をするのが、日課になった。



まだ、ガラケーの時代だ。


LINEなんてないし、長文のメッセージを打つのにはPCを使っていた。



高校受験を控える中、PCを使う時間が増えた私の様子がおかしい事に気付いたのは、母だった。


彼女は機械音痴だったために、メッセージのやり取りを見られる事は無かったが、電源コードを没収されてしまったために、先生と連絡を取り合うためのツールが、ただの部屋を占領する邪魔な箱になってしまった。



だから、初めて反抗をした。


深夜の便ならバレる事も無いだろうと、家出の準備をし、先生が住む県へと向かう列車に乗ろうと駅に向かった。


「いつでも辛くなったら、僕の所に来ていいよ」なんて社交辞令を真に受けて。



残念ながら未遂に終わってしまったが、その時記憶にある限りでは初めて、両親が私の話を聞いてくれた。



そして出された交換条件が、私が高校に合格し、卒業する事。


今時、中卒なんかどの企業にも務められないと言って、倍率の高い名門じゃなくてもいい。

どんな所でもいいから、せめて高校は卒業式しろと言ってきた。



なのに先生との連絡手段は絶たれたままだったものだから、学校の休み時間に学校のPCを使って、事の次第を先生にメールで説明をする事となった。


ネットリテラシーなんて言葉がまだ一般化していないような時代だった。


しかも私は判断力も社会経験も乏しい子供だった。


その返事に私の家の住所を教えて欲しいと、先生の住所が記載されたメッセージが届いた事もあり、素直に何も疑う事なく住所と自宅の電話番号を記載し返信をした。



その数日後には、契約済みの携帯電話が届くのだから、当時から先生は行動力だけはあったのだなと、笑ってしまう。



初めて電話で話した時は、緊張で口から心臓が飛び出るかもしれないと、本気で思った。



その時の先生は、性別を偽る、とは少し違うか。


私とは違う形で先天性の病気を持っていた。

そのせいで、性別が非常に曖昧な状態だった。



しかも長く生きるつもりがないからと言ってホルモン治療はしておらず、でも自分が生きた証はとにかく残したいと、楽曲の提供に漫画や小説、舞台の原案のゴーストライターだけに留まらず、自分名義でも小説を書いて発表していた。



父親による虐待のせいで夜は眠れず、日中は仕事があるから眠れない。

なので執筆の時間だけは山程あると、仕事を何徹も行い、何日かおきに気絶出来た時だけ数時間眠るような、命を削る生活をしていた。



だが私が現れた事によって、早々に死ねるなら死んでも良いというスタンスに、変化が訪れた。



この子が僕の人生に関わってくるのなら、生きなければならない。

そう、自然と思ったそうだ。



周囲の友人や仕事の関係者に何を言われても、タバコも酒も辞めず、毎日何箱単位で吸い何本単位で浴びるように飲んでいたにも関わらず。

タバコも酒も、本数が見るからに減った。



家を購入する際に手助けをしてくれたリュウジさんは、先生が幼い頃からの友人、またはそれ以上の関係だ。


そのため、いち早く先生の変化に気付き、私にアポを取ってきた。



「君から、あの子に手術を勧めてはくれないか」



突然先生がくれた携帯電話に送られてきた、送信者不明のメール。


イタズラかと最初は思ったが、文章を読んで、時折先生の話に出てくる人かと理解納得をした。



一時は戸籍を共にしたが心の傷を増やされた、ろくでもない腐れ縁なヤツがいると聞いていたのだ。


そうか、先生は人妻だった時期があるのかと、思春期の私は無意味にドキドキしたものだ。



先生は出生時の時に決定された性別と、成長し現在に至るまでの間に変更した肉体の形が違う。

女で生まれて、その後男に変更した。


しかしホルモンのバランスが取れなくなってしまったために、再び生殖器の摘出手術が必要になってしまったのだといった内容だった。



また長年の喫煙飲酒の影響により、ガンもあちこちに出来ているため、その手術も必要だとされていた。



当時の私は、まだ十五のガキである。


ガンは、分かる。

不治の病の印象が強い。



だが、生殖器が云々言われても、よく分からない。


だって私と違うぞと、率直に思った。


性分化疾患とはそんな種類があるものやのかと、ググるなんて言葉が無く、辞書に記載されていない言葉を調べる手段が無かった私は混乱した。



よくは分からなかったものの、電話で先生と話をしたら、非常に嫌そうにされた。


余生は適当に稼いでサッサと死んで、私にその遺産を遺してやれば、私が実家から解放されるし先生にも縛られずに済むし円満解決すると企んでいたのだそうだ。


私の預かり知らぬ所で、先生は死に支度をしていたらしい。



「そんなもの、いりませんよ」と言葉を返して笑われた。


そして「手術をするってなると、長期的に日本から離れなきゃいけなくなるから連絡が取れなくなるよ?」と言われ、「一生の間の、たった数年なら問題なくないです?」と返してまた笑われた。



そう言った自分の言葉に後悔をしたのは、被災をした時だ。


自分が生きている事すら、先生に伝える事が出来なかった。


無事ですの一言すらメールで送れなかった。



電話も、繋がらなかった。



死んでると思われ、見限られていたらどうしようかと、揺れる避難所で一人、憂鬱に思っていた。



何日経過したか。


非通知で掛かってきた電話に、バッテリーが消耗するからマジで辞めろと、荒んだ心で、こんな時にイタズラ電話をして来たのなら、一言物申したいと声を荒らげて通話のボタンを押した。



その電話から聞こえたのは、先生の声だった。


「僕だよ。

 大丈夫?」


久しぶりに聞く声に、安心したせいか、自然と涙が出た。


声が詰まって、上手く出せなくて、それでも「大丈夫です」と、なんとか言えた瞬間に、電話は切れた。



バッテリーの残量はまだあったから、混線によるものだと思う。



それでも、無事を報せる事が出来て嬉しかった。


何よりも先生が私を気にかけてくれていた事を知れた。



後日聞いた話では、何時に何度掛けても繋がらず、何故かリュウジさんの携帯からかけたら一発で繋がったそうだ。

腹いせにスネを思いっ切り蹴り飛ばしてやったと、ドヤった声には笑ってしまった。


嫉妬してしまう程に、仲が良い。



ようやく家族と再会した時でさえ、泣かなかったというのに、それに対して薄情だと罵られた時ですら特に何も感じなかったのに。


やはり私の心を動かせるのは、先生しかいないのだなと、その時に再確認した。



手術をして性別がどうなろうと、結婚が出来ないままだろうと、私は一生、先生が許す限り、一緒にいようと心に決めた。


私が私らしくいられるのは、先生と共にいる時だけだと、そう思ったから。



……だから先生が、私を理由に死のうと言うのなら、私が生きる意味を失う。


私を生かせるのは、先生しかいないのだから。



だから先生本人が言ったのではないと頭では分かっていても、不要の烙印を押されてしまったら、もう、感情が冷静ではいられない。



だから私の命が、先生に「裏切らない永遠の愛」の証明になるのなら、喜んで差し出そうと思った。



存外簡単に、恐怖もせずに人は飛べるのだなと、一瞬の浮遊感の間に思った。



まだ死にたくないと思ったり、辞世の句を詠んだり、そういう事は何もなく。



後悔も無いし、悲壮感も無い。


何も、無かった。



先生に必要とされないと、死ぬ時ですら私は空っぽなのかと思いながら落ちた。



途中で、落下は止まったが。



イヤ、止められ、止めたが。


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