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私小説:作者が経験した事柄を素材にして描かれた文章。
あくまで改変ありのフィクションが前提とされる。
私が当時勤務していた職場は、その内容を話せば九割の人がブラック企業だと判断するくらいには劣悪な環境だった。
最低賃金な上、給与支払いの遅延あり。
毎朝上司の口からは挨拶代わりに罵詈雑言が飛び出し、功績は横取りされ罪過の類を全て押し付けられていた。
その上後々判明する事だが、厚生年金も雇用保険も、健康保険すら払われていなかった。
軽いエピソードだけで上記の内容が挙げられるブラック企業丸出しの職場に務めていた理由は、幾つかある。
その全ては、先生に起因するものだった。
まず先生が通う精神科の主治医が診察を受け持つ、木曜日に休みをくれること。
大学病院の権威であるため、二週間に一度、その曜日しか主治医は診察をしない。
しかも予約をしていても何時間も診察時間が後ろ倒しになってしまうため、半休ではなく、丸一日休みを貰わないといけない。
有給消化は許可されないが、それでも、指定した日に休みが貰えるのは、それだけで有難かった。
次に家から近いこと。
徒歩で十分の距離にあった。
ちなみに線路を越えた先にあるため、車を使っても十分の距離である。
通院するための交渉をする際、先生の置かれた状況の大雑把な様子を伝えてあったため、昼休みに先生の様子を見に帰宅する許可が貰えた。
一時間の休憩のうち、食事の時間も合わせて自由に過ごせる時間が三十分にまで短縮されるが、それでも、先生が生きているかの確認を勤務時間にも出来るのは非常に有難かった。
まぁ、そのせいで罵詈雑言のレパートリーの中に「お前みたいな無能せいで同居人は鬱になったんだよ」という言葉が加わるようになり、私を追い詰めるのだが……
それはさておき。
もう一つは、先生の癇癪が酷くて離れられないと判断した時、始業開始時間ギリギリの欠勤連絡でも対応をしてくれる事。
先生は俺の家族ではない。
しかも、戸籍上は同性だ。
周囲には理解され難い関係である事は、重々承知している。
なのにも関わらず
「同居人の通院のため」
「同居人が病気のため」
「同居人の病状が悪化したため」
そんな理由でも対応して貰えるのは、非常に有難かったのだ。
……新型コロナウイルスの流行によって業績が悪化し、クビになったけれど。
ボーナスが支給されなくなり、業績悪化による解雇だから退職金も貰えない。
その上給与明細には記載されているにも関わらず、雇用保険を支払っていないから失業保険すら貰えないという話になり、その有り難さは恨み辛みに変貌したけれど。
イヤ、もう、ね。
宗教やってるって聞いた時に逃げれば良かったと、心底思った。
私に支払われるはずだった金は全て、階級を上げるための献金に使われていたと聞いた時には、ぶん殴ってやりたかった。
裁判で不利になるからしなかったけれど。
拳を収めた私を、誰か褒めて欲しい。
そう。
解雇された人達全員同じ状況だったため、私は企業ではなく、社長を相手に裁判を起こした。
故意であり悪質であると、客観的に見ても立証出来るだろうと思ったから。
何より先生が過去の執筆版権料で多少、ごくごく微量の収入があるとは言え、ほぼ私一人の収入で生活を賄っていた。
そのため、我が家には金がない。
少しでも取り返せるなら、そして失業保険が貰えるなら、どうにかしたかったのだ。
弁護士の無料相談を利用したら、取り返せるお金と弁護士依頼料では釣り合いが取れないから、自分で全部やる気があるならやりな。
これなら勝てるから。
そう言われた。
ネットで少額訴訟のやり方を調べ、地方裁判所へ赴き、郵便局で指定された見た事もない金額の切手を買い、窓口で渡された用紙に訴訟文を書いた。
しかし訴訟文に書ける上限の文字数が余りにも少なくて、窓口のお姉さんにアドバイスを求めたら、非常に嫌な顔をされたのを覚えている。
結局判例集を見せて貰い、そこに書いてある文を参考に書いた。
後日裁判所から封筒が届き召喚され、被告人となった社長と対面はしたが、結局一言の謝罪もないまま、十分とは言えない金額による和解が成立した。
少なくとも、雇用保険は遡って支払われたため、無事に失業保険は貰える事となった。
結果も含め、元同僚にやり方と流れを話したが、他の人達も裁判を起こしたのかは知らない。
余程金に逼迫していなければ、手間とストレスを考えればさっさと就職活動をして、次の職場を見つけた方が効率的だとは思う。
正直、裁判所にしても警察署にしても、特に悪いことはしていないのに、立ち入るのに精神的な負担が大きい。
ソコに勤務している方々には大変申し訳ないが、圧迫感というか、負の念が渦巻いていると言うか。
なんか、ここにいたくないなと思わせる雰囲気が漂っているのだ。
警察署には先生のタンス預金が盗まれた時と、遁走によって行方不明になり保護されて迎えに行った時に、何度も世話になっている。
あぁ、あと、免許の更新の時か。
だが慣れる事は出来ず、出来れば近寄りたくないなと、思ってしまう。
それて私が社長に裁判を起こしたのには、もう一つの理由がある。
元同居人である、タンス預金を盗んだクズを、訴えるため。
そのついでだ。
住所が同じだと、盗難は被害を立証出来ないから警察は何も出来ない。
そうあしらわれ、一度は泣き寝入りをする事になったが、弁護士の無料相談を利用した際、同居期間中に一切支払われなかった、折半すると約束していた家賃や光熱費を請求する事は可能か尋ねたら、相手の現在の住所さえ分かれば可能だと言われたからだ。
先生の、病的……イヤ、実際に病気なのだけれど。
細か過ぎる家計管理の賜物で、クズが来るまでの光熱費と、クズが暮らしていた時の光熱費の差額から、家賃の請求書や、クズが最初は支払っていた家賃等を記載したノートがあった。
それを証拠として、またクズ本人が支払わなかった事を割と簡単に認めたために訴訟する事が出来た。
先生の病気を悪化させた慰謝料は請求出来なかったし、月一万しか返せない等と言っていたクセに途中で踏み倒しやがったので、コチラに関しては裁判を起こした事が正解だったのかは、正直判断に困る所だ。
なにせ大変だったし。
まぁいい歳をした、私の倍近く生きている人間なのに、こんな腐ったヤツがいるのだと知れたのは、良い勉強になったと思っておくべきなのかなとは思っている。
あとは私が知り合う前から先生と知り合いで、度々金の無心をしに来ていたというクズが、それ以降一切顔を出さなくなったので、先生には悪くはない結果になったのではないかな。
裁判によって精神的に負担が掛かったのも、返済金が支払われなくなって泣きを見たのも、全部私に対する負担ばかりだった。
裁判で私が勝った事で、自分を責めていた先生は間違っていないのだと立証出来たのも、プラスと言えるだろう。
この頃は本当に悲惨で、先生はクズ共のせいで人間不信になり引きこもりが酷くなった所、引越しなんてしたせいでストレスが掛かり、精神的にも不安定になっていたのだろう。
躁鬱の落差が以前にも増して、度々自殺未遂を繰り返していた。
元からあったけれど、手術が必要なレベルでザックリいくことは稀だったのに、それがしょっちゅうになった。
しかも先生の母親に大腸癌が見つかり、その介護を同居していた長男嫁が拒否をしたせいで、「家を買ったんだから部屋の一つや二つ、余ってるでしょ?」と言って先生の母親が引っ越して来た。
病人向けの食事を別に作らなければならなくなり、家事の負担が増え、先生の母親がオムツを拒否した介護初期なんて、漏れた便の処理までさせられた。
病気によって仕事を辞めて年金生活に突入したパチンカスな母親は、金が無いと小遣いをせびるようになって支出も増えた。
当然、家に金なんて入れるはずもない。
先生も家を買ってしまったので、虎の子で隠し持っていた財産からなにもかも無くなった。
金に余裕がない状況というのは、精神をすり減らしていく。
鬱病患者の半数以上は、即金一〇〇万円貰えたら病気が改善する研究結果があるくらいには、金というものは重要なのだ。
そんな中なんとか見つけた転職先では、私が新妻に色目を使ったと根も葉もないイチャモンを社長に告げられ、半年でクビになった。
お前にとっては年若い新妻だろうが、私からしてみれば、二〇歳近く歳上のババアだぞ。
寝言は寝て言えと言いたかった。
しかし先生からの理不尽に慣れきってしまっている上、心も荒みきっていた私はクビ宣告を受け入れ、再び就職活動をする運びとなってしまっま。
幸い、色ボケした社長ではあったが、前職とは違い雇用保険はシッカリと払ってくれていたお陰で、その時は失業保険がすんなりと貰えたのが有難かった。
さすがに私が再婚相手に色目を使ったから、なんて理由でクビにしたとは書けなかったようで、コロナを理由に届出がされていた。
そのため待機期間が設けられる事もなく受給資格が貰えた。
コロナは解雇する時の理由に、いいように使われているなと、その時思ったものだ。
前の就職先もコロナを理由にしていたけれど、献金を増額し続けたせいで、事業が回らなくなった事が原因な訳だし。
給与の支払いが滞っていた時点で、本当は辞めるべきだったんだよな。
今更言っても、詮無いけれど。
先生の鬱もあったが、私も前職の上司からのパワハラにより精神に異常を来たしていた。
そのため軽いものではあるが、薬を処方されていた。
ソコに先生の母親の在宅介護・通院、それ等にかかる金銭の負担。
短期間での転職に金銭的余裕の無さ。
それ等の要因が積み重なっていき、遂に、私の限界が訪れた。




