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私小説:作者が経験した事柄を素材にして描かれた文章。
あくまで改変ありのフィクションが前提とされる。
一回目の荷物の搬入が終わり、業者の人達は昼休憩に入ると言うので家の鍵を締め、アパートへと戻るため、車に乗り込んだ。
だが私も先生も、昼食はおろか、朝食もとっていない。
冷蔵庫の中身を移したクーラーボックスは、既に引越し先の家の中に置いて来てしまった。
今なら取りに戻れるが……
今朝の先生は、調子が良さそうだったし、ご飯もしっかり食べられるだろうか。
それなら昨晩の残りで適当に済ませるのではなく、コンビニでもファミレスでも、食事をとって欲しい。
LINEで質問のスタンプを送る。
すぐに既読がついたので、続けて
[お昼ご飯は食べますか?]
[食べないならすぐ戻ります]
そう連続で送信し、[食べるなら何か買って帰ります]と打っている途中で、電話が鳴った。
私が電話を嫌悪していると、知っているだろうに。
思わず溜息が零れる。
もう一度、深い溜息を吐いて決心を固め、通話ボタンを押した。
「はい」
『やぁ。
俺で申し訳ないけど、この子に何か食べさせた方がいいのは事実だから、何か適当に買って来てくれるかな?』
「弁当、食えそうですか」
『うーん……
胃の調子はあまり良くないし、おにぎり一個も食べられないと思う』
「分かりました。
私の分で弁当買うので、食べれそうなの適当につまんで下さい」
『分かったよ。
よろしくね』
一人称が俺なのは、サイキさんだ。
他にも同じ一人称を使う中の人はいるけれど、あの発音と喋り方は、サイキさんで間違いない。
そうなると、先生に食べさせるんじゃないから、遠慮なく食べさせられる。
先生が好きなツナマヨや梅のおにぎりよりも、栄養が摂れる弁当にするべきだ。
先生の中の乖離した人格は、皆先生を守るためにいる。
その行動のどこに、先生を守る要素が含まれいているのか、疑問に思う事もあるけれど、よく暴言を吐いて怒鳴る人格も、すぐに周囲に当たり散らす暴力的な人格も含めた、その全てが、主人格の先生を守っている。
なので父親のせいで食べる事が嫌いで、可能なら点滴で一生を過ごしたいと言うろくに食事がとれない先生の代わりに、別人格が表面に出てきて食事を取ることも、まぁよくある事だ。
私としては、作った料理を食べて貰えないのは悲しいけれど……
無理を強いて、夜な夜な一人で罪悪感を抱えながら全て吐き戻してしまうよりも、余程いい。
コンビニ弁当よりも、スーパーの弁当の方が、まだ健康的な気がするし、そっちで買うか。
アパートに戻る道中にあるスーパーの弁当コーナーで、十六穀米弁当と唐揚げを買う。
エンジンをかけて、唐揚げは帰りしな、つまみながら戻った。
ガッツリしたものを目の前で食べると、プレッシャーを感じると以前言われたからだ。
それを言ったのはサイキさんじゃなく先生だけれど、見た目は同じだから、少々気が引ける。
駐車場についたらCDを交換して、エンジンを切る。
私の好みの音楽と、先生が好きな音楽は系統が違う。
一人で車に乗る時は自分の手持ちのCDを、先生が乗る可能性がある時は先生の物をかける。
そしてそんな行動をしているとバレたら、「気にさせてゴメン」と謝ってネガティブモードに入ってしまう。
そんなくだらない事で、頓服を飲ませたくはないので、全力で回避しなければならない。
なら変えなきゃ良いって話なんだけどね……
聞く音楽の年代からジャンルから違うから、家にいる時ですら、自分の趣味に合った音楽を聴く事が出来ないのだ。
せめて一人で運転する時くらいは、聴きたいじゃない。
新譜が出ても、アルバムを通して聴けないのは、ちょっとストレスだけれど。
まぁ、気に食わないからと、走っている車から突然飛び降りようとするよりは全然マシだ。
問題ない。
「戻りました」
「あぁ、お帰り。
業者の方が、段ボールを置いていってくれたよ。
見られたくない物があるなら、荷造りしてくれって」
「ソレは……三〇分足らずで出来るものでしょうか」
「がんばれ。
俺は可能な限りで弁当、食べておくから」
「お願いします」
やっぱり唐揚げ食っといて良かった。
そうじゃなければ、朝昼と飯抜きになる所だった。
そう思いながら、ベッドの下から重たく平たい箱を取り出す。
今朝外された鎖もそうだけれど、絶対に他人に見られてはいけない数々のいかがわしい物体が、この箱の中には入っている。
この箱がそのままスッポリ引越し用の箱に収まれば良かったのだが、残念ながら道具箱の方が大きい。
コレを期に、棄ててしまいたい物が山程あるのだが……
ローションならまだ燃えるゴミでも良さそうだけど、他のモノは小型家電分類として燃えないゴミに出せば良いのか、専門の業者があるのか……
分別方法なんて調べなければ分からないし、そんな暇は無さそうだ。
シラフの状態で見るのはなかなかに精神的にダメージがデカいが、仕方がない。
無心だ、無心。
段ボールを組み立てては詰め込み封をして、寝室と書いて横によける。
ついでにサイキさんに鍵を出して貰い、先生の服も段ボールへと詰めていく。
私にはそれらの良さも価値も理解出来ないが、一着で何万も何十万もするような衣類が山程あるのだ。
値段を知っている人がいたら、盗まれかねない。
なので貴金属類も一緒に詰め込んでいく。
コレらは、無くされたら困るから、自分の車で運ぼう。
イヤ、大人のオモチャ系は無くなっても一向に構わない。
私が知らない物も何故か入っていたし、あぁいう物まで使われたら困る。
だけど紛失したと言われて、第三者、しかも未成年者が拾ったなんて話を聞いたら腹を切って詫びるしか出来ない。
子供達の教育に悪過ぎるだろう。
しかもソレが私達のものだと、万が一にでもバレてみろ。
社会的失墜を意味する。
ただでさえ理解され難い関係性なのに、およそ一般的とは言えない趣味嗜好の持ち主でなければ持ち得ない道具の数々が詰まっているのだ。
行方不明になんてさせてたまるか。
「貴重品と一緒にアダルトグッズも運び出すんだ?
この子が泣いて喜びそうだね」
「先生が泣くなんて、有り得ないでしょう。
単に見られたくないものだから、個別で運ぼうと思っただけです」
「はいはい。
……ところで、胃薬、貰えるかな?
頑張り過ぎたら、少し辛い」
米三分のニに、レンコンと肉団子の甘辛和え少し、卵焼き一切れ、インゲンのゴマ和えが多分一本。
確かにいつもより食べている。
「薬飲んだら、横になって休んでて下さい。
ベッドの搬出、最後にして貰うんで」
「あ〜……、うん、分かった。
お願いね」
なんだ?
この煮え切らない返事は。
ガスモチンと朝食後の薬の包みを渡し、弁当の残りを腹に収める。
まだ運び出されていないゴミ箱から中身入りのゴミ袋を引きずり出し、そこに弁当の空き箱を入れた。
他にも部屋をうろつき、新居に持っていかなくても良さそうな物を見繕ってゴミ袋に放り込んでいく。
まだ段ボールの中に詰められていなかったゴキブリホイホイとか。
冷蔵庫の中に残してあった、中途半端に残っているワサビのチューブとか。
先生の個人的な物は、どれだけ「要らないだろ、コレ」と思っても、手は付けない。
中学生の時に祖母に買って貰ったという洋服を、母親が不注意で汚してしまったから棄てたと事後報告をされた時の事を、未だに昨日の事かのように詳細にグチって来る時がある。
思い出の品を、自分の預かり知らぬ所で捨てられたとなれば、お怒りはごもっともだ。
しかし成長した今、その服は手元にあっても着れはしない。
洗濯機にかけても落ちなかった、酷く汚れた服などあっても、困るだけだろう、
なのに「婆さんの形見だったのに」と言って、未だに執着し続ける。
とうに失ったものなのに。
鬱のせいなのか、元来の気質なのかは分からないけれど、難儀な性格だ。
その閻魔帳に自分の名前とエピソードが書かれるなんて、真っ平御免だ。
アダルトグッズを捨てないのには、そういう理由も一応含まれている。
ただでさえ綱渡りのような関係でいるのに、分かりやすく避けられる危険を踏み抜くようなマネはしたくない。
いっぱいになったゴミ袋を結んで、徒歩一〇秒の所にある、アパートのゴミ収集所へ持っていく。
収集日以外にも出して良い、有難い物件だったんだけどな。
嫌な思い出も多いし、先生がケチが付いたと言うのだから、仕方が無いけどさ。
こうやって先生に合わせて仕方がないと思って諦めなければならない事が、この先、一体どれだけあるのだろうか。




