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  作者: 可燃物


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3/10

3

私小説:作者が経験した事柄を素材にして描かれた文章。

   あくまで改変ありのフィクションが前提とされる。


悪い夢でも見ているのだろうか。


いっそ夢ならば良かったのに。



本当にそんな風に考える事が、こう幾度もあってたまるかと思わずにはいられない。



だが無慈悲にも、来客を告げるチャイムがコレは夢などではないと、現実を見るように促してくる。


……引越し業者だろう。

出なければ。



「本日は、宜しくお願いします」


ダンボールを抱えた同じ制服を着た五人の男女が、玄関の前に笑顔で立っていた。


同じく笑顔でよろしくお願いしますと応えるのが、精一杯だった。



引越しをする事を知ったのがついさっきだなんて、そんな非常識な事を言えるわけがない。



仕事で忙しく、本当に何も出来ていないのだと詫びて、業者の人達を迎え入れた。



手際良く壁の角にクッション材を貼り付け、出しっぱなしの食器を緩衝材を挟みながらドンドン段ボールに詰めていく作業の速さは、流石としか言いようがない。


洗濯機や冷蔵庫の水抜きすらしていないのに、嫌な顔一つせず、梱包していく。



あっという間という言葉がここまで適切な表現な場面なんて、早々あるまい。



せめてと思い、冷蔵庫の中はクーラーボックスや発泡スチロールの中に別に移して車に積んだ。


それと先程買った飲み物も、発泡スチロールの中に入っているので好きな時に飲んで下さいと、申し渡しをした。



ゴキブリホイホイまで段ボールに詰められた時には、ちょっと泣きそうになったが……中身が入っていなければ、問題ない。

大丈夫と信じよう。



彼等は金銭のやり取りのもと雇われた人達だ。


何もしていない、ゼロの状態から引越しの荷造りから輸送まで、全てを任せられている。



ヘタに手出しをしてしまっては、その契約不履行にあたってしまう。


こんな図体のデカいウドの大木が突っ立っていたら、邪魔にしかならない。



なら私が今出来る事は何か。

‘’登記済権利証‘’と書かれているケースの中身を確認して、引越し先を把握しなければ。



……間違いなく、一軒家らしい。


しかも、かなりデカい。



クズにタンス預金を根こそぎ奪われたせいで、いつか買いたいと言っていた持ち家を買うための頭金を全て失ったのでは無かったのか。


いくらココが田舎だからと言っても、二〇〇坪って……え、畳四〇〇枚分って事?



は?家が同じ土地の中に二軒ある?


どういう事?

その上、蔵まで……蔵ぁ!?



「……何ですか、この、M一って」


「明治だね。

 明治一年に登録された家って意味だよ。

 ちなみに中古物件なのだけど、この家の前の持ち主である女性のお爺様の、お祖父様が建てられた家だと仰っていたから、建てられたのは江戸時代、だね。

 土地や家の登記が行われるようになったのが明治かららしくて、それ以前に建てられた物件は、全て明治元年と記載されるそうだよ」



新選組をモチーフにした、乙女ゲームにハマっていたよな、先生。


Blu-ray全巻買ってたもんな。

ソレの影響だろうか。



Googleマップで書かれている住所を検索し、表示されたストリートビューを見て、頭を抱えたくなった。



この立派な庭木、どうやって管理するんだよ。


低木の品種ならまだしも、イチョウや金木犀、あとサザンカかツバキも写っている。

全て際限なく大きくなって、手入れが大変な木のはずだ。


四季それぞれに見頃を迎える木が植えてあるなら、桜もあるのだろうか……もしそうなら、とても素敵な庭だけれど……



個人で管理は確実に出来ない。

ヘタに切ったら、病気をつけてしまいそうだ。



さすがにストリートビューでは、家の様子はイマイチ分からないな。


本当に、同じ敷地内に家が二軒ある事くらいしか、分からない。



何でこんな物件にしたんだ、先生は?



こんなムダに広い家……誰が掃除するんだろうか……私だろうな。

他に誰もいないもの。


古い家となると、ホコリが凄いだろうし、一回の掃除で、クイックルワイパーをどれだけ消費する事になるのだろうか。



このアパートでさえ、仕事が休みの日にしかしていないのに。

こんな広い家だと、掃除をする気すら失せる気がする。



「すいませ〜ん」


業者の声で、思考の渦に入り込んでいた意識が、一気に引き戻される。


「はいっ、何でしょうかっ」



「用意していた段ボールの数が足りなくて……

 トラックに積み込める数的にも、一回じゃムリそうなんで、もうすぐ昼ですし、一旦ご新居の方に詰め込んだ分運んで、休憩終わったら再開するって形でも宜しいでしょうか?」


「分かりました。

 えぇっと……サイキさん、ココで待機出来ますか?」


「任されたよ。

 鍵はその袋の中に入っているから。

 迷子にならないようにね」


「善処します」


引越し先は同じ市内ではあるけれど、全く行った事のない場所だ。

特徴的な建物も無さそうだし、少々不安ではある。



だがまぁ、Googleマップという強い味方がいるのだ。

大丈夫だろう。



「なるべく早く戻るんで、先生の事、宜しくお願いします」


「早く帰る必要はないから、安全運転でヨロシク」


「分かりました」



アパートから約三十分。


引越し先に着いた時に真っ先に出た感想は、父の実家に似ているな、であった。



庭木が多く土地が広いという時点で、共通点があるとは思っていたけれど、その程度なら、田舎なら別に珍しくもない。


だがムダに広い石造りの玄関や、低い鴨居に派手な欄間。

高過ぎる梁に飴色に輝く木製の扉。


懐かしさすら感じる、この様相。



もう、何年も行っていない。


ここよりもド田舎の山の上にある父の実家は、その家が建っている山を含めた近隣の山々に田畑の全ての権利を持っているような、土地持ちだった。


ほぼ無価値な土地だったが、高速道路を通した時にその一部を売って、かなりの金を手にした。



そのせいもあってか、直系の長男である父の子供の私は、時代錯誤にも従姉妹に婚約者様が、実はいた。



過去形だ。



学生である事を理由に避け続け、就職すれば仕事に慣れないうちは無理だと逃げ続け、そのうちお相手が授かり婚をして、祖父の跡を婿に入った旦那に継がせようとしていた。



コレも、過去形だ。


飲酒運転、その上無免許で交通事故を起こして今は刑務所に入っているため、保留になっている。



どうせ私には次世代は作れない。


お鉢が回って来ないよう、是非とも二人には別れず、そのまま家を継いで欲しい。



そんな田舎然とした空間に白く浮かび上がる、エアコンがなんとも不似合いだ。

少し、笑ってしまった。



そしてそこから伸びる、剥き出しの配線……


……ちょっと待て。



リフォーム済みのハズなのに、何で電気配線もコンセントも古ぼけたままなんだ!?

しかも畳は張り替えすらされていない。



ハッ、トイレ……!は良かった。


ボットンじゃない。

綺麗だし、新しいものだな。



しかし台所は高めの調理台ではあるが、蛇口が下に下げて水を出す仕様のものだ。

随分古い。



リフォーム、してあるんだよ、な……?



引越し業者さんが、私より後に着いてくれて良かった。


こんな混乱している中、間取りも何も分からない状態で、どこに荷物を運び入れれば良いのか問われても、全く分からない所だった。



外から見た限りでは、二階建てだったはずなのに階段が見当たらないな……


イヤ、それは後回しで良い。



畳の上に重たい物を置いたらいけない。


玄関からは少し遠くなるが、フローリングが張ってある部屋がある。

台所用品以外は、そちらに置いて貰おう。



なにせ賃貸のアパートから、一軒家に引っ越すのだ。

荷物が多過ぎて入らないなんて事にはなるまい。


もしそうなってしまっても、玄関に山積みにしておけば良い。



搬入に邪魔になりそうな襖と障子を全て外して、邪魔にならない所はどこだろうかと探す。


床の間に立て掛けてしまっても良いだろうか。



……イヤ、コレ、土壁だ。


え、ちょっと待って。

緑色なんだけど、聚楽壁じゃないよな?



もしそうだったら怖過ぎる。

どんな金持ちの家だよ、ココ。


顔がひきつるのを感じながら、縁側がある事に気付けたお陰で、無事そちらに襖も障子も破く事なく置く事が出来た。



だが安堵したのも束の間。

その縁側の壁を見れば、漆喰で塗られていた。



そっと置いた荷物を再び持ち上げ、奥の木板が貼られた、なんとも中途半端な大きさの小部屋があったので、そこに放り込んだ。



何この家!?

怖い!



鴨居に頭をぶつけまいと、部屋を行き来するたびに屈まなければならないのも、なかなかに負担だ。



土地の権利書を持っていたという事はつまり、この家は賃貸ではなく、購入した、という事になる。


この家に、一生住まなければならないかと思うと、ゾッとする。



……もちろん、先生が私と別れる選択をするなら、その限りではないけれど。



懲りずにまた人を拾ってきて、住まわせるために広い家に越そうと思ったのだろうか。



……自尊心を満たすために飼うのは、私一人じゃ満足出来ないって事なんだろうな。



鍵をはめられた首輪に触れる。



自分で言うのもなんだけど、かなり理不尽な扱いをされようが、手酷い目に遭おうが、全部許容して来たと思うのだけれど。


なんで私だけでは、満たされてくれないのだろう。



存外、深い溜息を吐いてしまったために、誰もいない、阻むものが何も無い、がらんとした家に陰鬱な音が通ってしまった。



私まで思考を負のループに陥らせてはいけない。


頭を振って、台所に何故かある、立派な大黒柱に「いつまでかは分からないけれど、宜しく」と挨拶をした。


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