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私小説:作者が経験した事柄を素材にして描かれた文章。
あくまで改変ありのフィクションが前提とされる。
平均身長が高い県出身の両親の元に生まれたせいなのか、実家を出るまで夜更かし厳禁でテレビもろくに見せて貰えないような家で育ち、基本的に早寝する事が多かったからなのか、私の身長は非常に高い。
家族全員、平均身長よりも一〇cmは高かった。
そんな中でも私は、小学校の頃に流行っていたバスケ漫画の影響でミニバスをやっていた事も影響したせいか、小学校を卒業する頃には一六〇cmを超え、中学、高校、大学を卒業するたびに、ソコから何cmも追加され、一般的な身長から二〇cm以上オーバーした巨体になってしまった。
幼い頃は、身長が伸びない可能性があると医者に言われた事もあったのだが……
正直、サイズの合う靴がなかなか見付からないから、中学卒業時の身長で止まって欲しかった。
一般的なサイズではないからと、制服を特注しなければならないと言われた時に、親から散々文句を言われた理不尽さは、未だに心の奥にトゲのように刺さっている。
何より服も袖や裾に合わせると、ダボッとした格好になってしまってダサいし。
そんな感覚が養われたのは、家を出てからの事だ。
実家を離れるまでは、母が買ってくる服しか着なかったのだが、私の身長と体格に合うものが少ない中、特売品の残り物しかあてがえないものだから、奇抜というか、人前に着て出歩けないようなものが多かった。
しかしそれが当たり前だったので違和感を抱く事が出来ず、修学旅行の際には同級生にからかわれたものだ。
……先生が見繕ってくれた物は、全て先生の趣味が反映されているので、社会人となった今、世間一般の感覚も養われたため、コレはコレでなかなかにキツいのだが。
幸い、あの母親に育てられたお陰で、私は服に対するこだわりはない。
趣味としては一般から離れていたとしても、キチンとした個人の衣料品店で扱っている服なのだ。
後ろ指をさされる筋合いは無い。
そう開き直って大学に通う間は毎朝、先生がコーディネートしてくれた服を着て通っていた。
沢山の服を買って貰ったと言うのに、社会人になった今、ソレ等が着られる事は殆どない。
先生が病気をこじらせ、引きこもりになってしまったためだ。
引きこもりと言うと、語弊がある。
寝たきりになってしまった。
学生だった当時の私が引く程に、連日外に出掛けては、華々しい友人達とオールで呑み遊びとしていた人だったのだが……
覚えきれない位の友人を紹介されたが、ソレ等の有象無象の大半は、先生の病気が悪化して以降、仕事も出来なくなったために、アパートに見舞いにすら来なくなった。
ようは、自分達に使って貰える金が無くなったからだろう。
たまに見舞いに来たかと思えば、離婚して家を追い出されたから、暫くの間で良いから置かせてくれと泣きついて、定職にも付かず先生の金を盗んでトンズラしたクズだとか、飲んでる水が悪いからそんな事になるのだと、薬の副作用で判断力が低下した先生をマルチ商法の餌食にして何百万と巻き上げて行ったド屑だとか、そんなのばっかりだった。
あぁ、あと。
悪く言いたくはないが、パチンカスな先生の母親も、見舞いと称して毎度金銭援助を申し出て来ていたか。
最近来ていないのは、新しい恋人でも出来たのか、パチンコに貯金していた分が珍しく引き下ろし出来たからなのか。
思い出せるだけでも、ろくでもない奴ばかりだ。
先生と離れられない理由に、そんな連中と一緒にされたくないと、意地を張っている部分もあるかもしれない。
徒歩三分の道のりを、先生を抱っこして背中を殴られ肩を噛まれ、ケツや太ももを蹴られる暴行を受けながら、一〇分近くかけて帰る。
もうじきに業者が来る時間だ。
確認しなければならない事が山程ある。
先生に落ち着いて貰わないと、どうにもならない。
どが今回は時間がない。
どうやって落ち着かせれば良いか……
「……ごめん、降ろして貰えるかな?」
帰る事に手一杯で、いつの間にか静かになっていた先生が、謝罪と共に下へ下ろすように要求してくる。
あぁ、イヤ、先生じゃないか。
「サイキさん、出てくるならもうちょっと早く出てきて下さい。
お陰で俺の肩、また噛み痕ついちゃいましたよ」
「首輪をしていて、良かったね?
また夏にハイネックを着なくて済むよ」
先生の顔で嫌味ったらしい言葉を吐くのを辞めて頂きたい。
先生は短絡的な暴言は吐くけど、嫌味は言わない。
基本的には。
……イヤ、その暴言や皮肉も、先生の別の人格に切り替わった時のものだ。
本来の先生は、穏やかで柔和な雰囲気の人だもの。
そうやって「先生はこういう人」と押し付ける人ばかりが周りにいたせいで、先生の人格は別れてしまったのだろうけれど。
それでも、思わずにはいられない。
本当の先生を、返せと。
「アナタが出てきてくれたなら、話が早いです。
引越しって、どういう事です?
住所を知らなければ、どこに行けば良いのかも分からないし、電気や水道の切り替えとか、そういう諸々ってどうなってるんですか?
俺、本当何も知らないんですけど」
「一人称、気を付けて」
あぁ……はい。
油断しました。
幼少期の先生を散々傷付けた、父親とお兄さんの一人称が‘’俺‘’だったせいで、先生はその一人称を使う事を、酷く嫌う。
だけど私としては、小さい頃からずっと使って来た一人称の方が、馴染みが深い。
そのせいで、たまに、つい、気が抜けた時なんかにポロッと出てしまう。
サイキさんは、先生ととても長い付き合いのある人格の一つだ。
なので先生の事を、よく知っている。
先生の鬱病が悪化した時に、先生が私に言いそうにない、でも気にしている事やストレスになっている事は無いかを尋ねた。
その時彼に言われて矯正をし始めた事の一つが、この一人称である。
他にも否定形の言葉を使わないとか、鼻歌を含めた歌っている時に話し掛けないとか。
山程あった中で、改善出来る所から行っている。
「以前、上の階に警察が来たでしょう?」
「あぁ〜クスリが見付かったとか言ってましたね」
引越しの挨拶も無しに、若い夫婦が引っ越して来たのが……六ヶ月程前だったか?
朝の出勤時間にも合わないし、生活音も聞こえない。
常に部屋にいる先生が、「変な人達だから、もし会っても関わっちゃダメだよ」と言っていた。
その丁度次の日に、会社から帰って来たら警察が規制線を張っていて、アパート前の駐車場にすら入れなくなっていたのだ。
まさか先生が何かやらかしたのかと、路駐をして慌てて立っていた警察官に尋ねれば、身分証を提示して指示に従ってくれれば、‘’KEEP OUT‘’の中に入れてくれるというので、間違いなくアパートの住民であると、自賠責保険の紙を提示し、社員証と保険証も見せ、駐車場に車を停め、警察官二人に両脇を固められた状態で部屋に戻る事が許された。
あの時は、とても嫌な汗をかいた。
悪い事はしていないと思うけれど、基本的に警察とは縁遠い日常を過ごしているし、一年程前に起こった事件のせいで、警察という存在に嫌悪感を持っている。
逆恨みではあるのだが。
私はとても嫌な思いをしたけれど、聞き込みに来た警察官の対応は、全部サイキさんがしてくれていたはずだ。
そんなストレスがかかる事、今の先生には出来ないもの。
嫌な思いはしていないのに、ソレが理由で引っ越すのか?
自分の病気を悪化させる原因になったタンス預金を盗んで出て行ったクズが、合鍵を使って二度目の窃盗を働きに侵入して来た時でさえ、引っ越したいと言わなかったのに?
私達の時には動いてくれなかった警察が、たかだかクスリ程度の事で動いたのが気に食わないとはあの時言っていた。
その警察が、自分の日常にズカズカと入り込んで来たのが気に食わなかったのだろうか。
「まぁ、それもあるよ。
ケチがついたって言っていたから」
出たよ、ケチがついた。
〇か一〇〇かでしか物事を考えられないせいで、自分の気に食わない事があると、どれだけお気に入りだったものでも、大枚をはたいて買った物でも不要の烙印を押して、手のひらを返したように嫌悪する。
そういう人なのだ。
さっきの自販機も、自分が思い描いた通り、一種類につき二つずつ買えれば、何の問題も無かっただろう。
だがソレが覆った時、先生の中では買ったもの全てがムダで、無価値で、意味の無い物に変貌してしまう。
そして感情のコントロールが出来ず癇癪を起こして暴れ回るのだ。
とても生き辛い性格である。
「それ以上に、キミが、嫌な思いをしていただろう?
‘’私達の時には、そこに現金があった証拠がないと言って、捜査も何もしてくれなかったのに‘’と言っていたのは覚えてるかい?
キミはこの子の気持ちを代弁してくれたのだろうけれど、この子はそう受け取らなかったみたいでね。
キミが嫌な気持ちになった場所なんて要らない。
すぐに別の場所に行かなきゃと、物件探しを日夜していたよ。
諸々の手続きは……リュウがしたから、安心してくれ」
「はぁ……リュウジさんなら、まぁ、抜かりはないでしょうが」
リュウジさんは金も職も失った先生と、未だに付き合いのある、数少ない友人の一人だ。
そして先生のトラウマを増やした犯人の一人でもあると聞いている。
その贖罪のためなのか、先生が望む事で私が出来ない事なんかを代わりにしてくれる、便利屋みたいな立ち位置の人である。
「引越しの経緯は、まぁ、分かりました。
それで……引越し先の住所は?」
「契約書が、この袋の中に入っているよ」
サイキさんがずずいと押し付けて来た袋を受け取ると、意外と重い。
クリアファイルが幾つかと、なんか、卒業証書でも入っているのか?と思うような、分厚く立派な装丁が目に付いた。
……なんだ、コレ?
渡された袋の重量の大半は、この装丁によるものだったらしい。
ズルりと引き出した濃い灰色をしたケースに書かれていた文字に、我が目を疑った。
事実を開くのが、躊躇われる。
一旦現実から目を逸らしクリアファイルを手に取れば、一番上に差し込まれている紙の内容は、それぞれ部屋の間取り、保険の契約書、リフォーム内容の見積もりとなっていた。
ウソや、冗談や、見間違いではないらしい。
‘’不動産登記権利情報‘’
それはそれは立派な革張りのケースに、金色の箔押しで、司法書士の名前や住所と共に、その文字が書いてあった。




