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5 清右衛門

鍛冶屋の前に立ち、月丸は逡巡した。


あるいはあっさり中に入れてくれるのではないか。

馬場で会ったときの新八の態度が少し柔らかくなっていたことを思い出し、 甘い予測に心が少し傾いた。

そのまま勇気の芽に灯をともし、一気に中に入っていくことにした。

中途半端に顔色をうかがいながら行こうとすれば、新八の威圧感に跳ね返されてしまうだろうから。


思い切って侵入し、周囲を見渡すと、工房内部の様子がよく分かった。

以前は外からのぞくだけでよく見えなかった炉やら、工具の数々やらが、目の前で息づいて躍動していたし、刀の原料となる鋼が、隅に積み上げられて出番を待っていたし、完成品と思しき刀が、壁に何本も掛けられて自らの美しさを誇っていた。


しばらく心躍る光景を堪能した月丸は、ふと我に返り身を固くした。

しかし、見たところ新八の姿はなかった。代わりに目に入ってきたのは、奥の方で黒い棒を一心に見つめている初老の職人の姿だった。

それが芝辻清右衛門であることは一見して分かった。清右衛門が見つめている黒い棒が鉄砲であることも。


清右衛門は、月丸が入ってきても身動きひとつしなかった。

月丸が引き寄せられるように近づいていくと、わずかに目をそちらに動かし、やがてまた元に戻したまま動かなくなった。

終始無言であった。

月丸も、清右衛門と同様に黙って黒い棒を見つめつづけた。



翌日、昨日と同じ時刻に鍛冶屋に行ってみた。

果たして新八は留守にしていた。

清右衛門は昨日と同じように黒い棒を見つめていた。

月丸も、そばにしゃがんで黒い棒を見つめた。

その日は、清右衛門が考えていることを想像しながら見つめつづけた。



そんな日が数日ほど続いた頃、いつものように清右衛門とともに黒い棒を見つめていると、突然新八が入ってきた。

すっかり清右衛門と一心同体になった気でいた月丸は、内心動揺しながらも、ちらっと新八の方をむいて会釈しただけでまた向き直った。

二人の様子を見て何事かを察したのか、新八は月丸を問答無用で追い出すことはしなかった。

ただ、次の日に月丸が何食わぬ顔で鍛冶屋に入ってきた際には、


「ちょっと来い」


と言って、月丸を隅に連れて行き、


「貴様、ここで見ているものが重大な秘密であることはむろん承知だろうな?」

と、念を押した。

新八の手は、壁にかかっている刀の柄に触れている。

もとより誰かにしゃべる気など毛頭なかったが、月丸は秘密を絶対守る意思を証明するために、必死の形相でうなずいた。


清右衛門の頭の中までは分からなかったが、ずっと観察していると清右衛門がどこに注目しているのかは分かってきた。

どうやら筒の先端に何らかの加工をしようとしているらしかった。


ある日、らせん状に溝の入った円柱形の鉄の部品が床に落ちているのを拾い上げた。はて、これはいったい何だろうと首をかしげて難しい顔をしていると、


「それはネジだ」


と新八が教えてくれた。

月丸は、この極めて単純ながらも画期的な工夫に感動を覚えた。


「これを回しながら筒に差し込むと蓋になるのか!」


「しかし、ネジは作れても、それを受ける側の筒の加工がうまくいかぬ」


なるほど、清右衛門殿が悩まれているのはそれか。適当に筒の内側に溝を掘っても、上手くネジとかみ合わないわけか。


うーん。


それからも、寺の務めの合間を縫っては、というか寺の務めをなかばサボリながら、鍛冶屋に通う日々が続いた。


鍛冶屋の本職はあくまで刀の製造だから、新八の方は基本的に刀鍛冶の仕事をしている。

今や月丸の興味はもっぱら鉄砲作りに向いていたが、ある日なにげなく新八の動作に目をやった。

新八は、高温で赤くなっている鋼を叩いて、鍛えていた。

月丸は、脳内で誰かが小声でささやいてくるような感覚を感じた。

油断するとその声は遠のいていく。

逃げていこうとするところを必死に追いかけ、全神経を集中させて耳をそばだてた。

声は突然、はっきりと聞こえた。

月丸は、おそるおそる新八に話しかけた。


アイデアは、それを現実に形にできてこそ価値を持つ。

新八は、月丸から話を聞き終わると一瞬興奮した表情を見せた後に厳しい顔になり、果たしてうまくいくか頭の中でしばし吟味した。

そして静かに清右衛門に報告し、清右衛門もまた目を閉じて無言で考え込んだ。

その日はそのまま清右衛門は動かず、新八も刀鍛冶の仕事に戻ったきり何も言わなかった。


次に月丸が来たとき、新八は、鉄の筒の穴をネジで締めて見せた。


「おい、でかしたな。ネジに熱い鉄板を巻きつけて外側から叩いたら、うまい具合に溝ができたぞ」


月丸は鼻高々だった。わしはただの小僧ではない。ひょっとすると天才ではないか、と思った。

清右衛門は奥でやすりがけをしている。

清右衛門殿の反応はどうだろう。わしにどんな声をかけてくれるだろうか。

月丸が奥に向かって歩きかけたとき、新八が片手でゆっくりと制止した。


「ご苦労だった。もうここには来るな」


月丸は呆然として新八を見つめた。新八は、少し気の毒そうな表情を浮かべて


「師匠のお指図だ」


とだけ言った。

月丸は号泣した。何も言葉を発することができなかった。


まともに言葉をかけてもらったことはないが、初めて会ったときから清右衛門とは心が通じ合っているような気がしていた。

偉い発明をしてしまったことで生意気だと思われたかな、などと勘繰るほど、月丸はまだ大人の機微に通じていない。

ただ、相手に嫌われたのではないかと悲しくなるだけである。


もともとサボり気味であった務めが輪をかけてサボりがちになり、ぼーっとする時間が増えた。


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