4 ネジ
男は黙ったまま月丸を見下ろしている。
驚きと恐怖で、月丸は振り返った姿勢のまま動けない。
何か弁解しようとするが言葉にならなかった。
「バアーン」
また耳の後ろで音が聞こえた。
月丸は、体を硬直させたまま首をわずかに動かし、目の端で白煙が上がっているのを捉えた。
しかしすぐに顔を男の方に戻し、表情に変化がないことを確かめると、また白煙の方を見た。
数往復したところで男が口を開いた。
「鉄砲は凄いだろう」
「てっぽ?」
「鉄砲だ。わしらはあれを鉄砲と呼んでいる」
「鉄砲……はい! 黒々としていて細長く、不思議な形をしており、実に美しいです。」
「はっはっは、べつに造形のことを凄いと言っておるわけではないのだが。わしは新八じゃ。貴様、よほど監物様に気に入られておるな」
「はあ」
新八は、師匠である芝辻清右衛門の供をしてここに来ているらしい。
先日鍛冶屋の前から月丸を追っ払ったときと違って、怖い感じではない。
どうやら、月丸が監物の許しを得て来ていることを知っていて、多少優しくなっているとみえる。
「あの鉄砲、簡単そうに見えてなかなかうまく作れぬ。ほとんど同じ物はできるのだが、一か所だけ同じように加工できない部分があるのだ」
なんと、あれをこの鍛冶屋が作ろうとしているのか。
そうか、鬼ではなく同じ人間が作ったものなのだから、根来の者が作れない道理はない。どうやって作るのだろう。
見たいなあ、触りたいなあ。
月丸は、鉄砲の試し撃ちが終わり、監物らが馬場を離れていくのを見届けた。
その後も草むらの中でたたずみ、今日目撃したことを何度も思い返しているうちに、すっかり日が暮れた。
数日後、監物のもとを訪ねたが不在だった。監物は多忙を極めていた。
鉄砲は、単体で用をなすものではなく、弾と火薬がなければただの鉄の筒にすぎない。監物としては、本体の試作を芝辻清右衛門にゆだねる一方、弾と火薬の調達のことも考えなければならなかった。
鉄砲の仕組みは一度知ってしまえば至ってシンプルである。
導火線を通じて火薬に火をつけ、火薬が爆発する力を利用して弾丸を押し出す。鉄砲の筒を通って弾丸が飛び出すようにすれば、狙った先に弾が当たって敵を倒せるという具合である。
しかし、鉄砲は撃つたびに筒の中に煤がたまり、こまめに内部を掃除する必要があった。長い筒を掃除するためには筒の両側があいている方がずっと都合がよい。
したがって、鉄砲の筒の手元側は、射撃の際は蓋を閉め、掃除の際は蓋を開けられるような構造になっていた。
容易に開け閉めすることができつつも火薬の爆発力に耐えられる蓋を可能にしたのは、ネジだった。
鉄砲を自作しようとした日本人は、初めてネジの存在を知った。
月丸には、そのあたりの技術的なことはまだ分からない。鉄砲で人を撃つということすら想像していない。
脳裏に残るのは、あの爆発音と白煙の中から浮かび上がる、鉄砲の凛々しくて美しい姿である。
それから幾日も、あの馬場で見たものを反芻して過ごした。
経典の勉強にも身が入らない。
ほうきの柄のように長い物を見てはそれを水平に持って構え、空想にふける。
怒られるだろうな。
そうと分かりつつも、足は自然に鍛冶屋の方に向いてしまう。




