3 馬場
監物は、使いの者から話を聞いて苦々しい顔になった。
月丸にあの話をしてしまったのは軽率だった。
監物は、責任ある立場の者として自らを恥じざるをえない。しかし、使いの報告によると清右衛門は順調に作業を進めているようで、刀鍛冶の技術を見込んだ自分のカンが当たっていたことに内心満足でもあった。
ともかく、あやつにはよくよく言い含めなければなるまい……
と、思った矢先に、月丸の来訪を伝える知らせが来た。やれやれ、都合よくあちらの方からやって来るとは。
月丸は神妙な面持ちで座っている。
少しは反省しているのかな。監物はやや安堵しつつも警戒心をゆるめない。
果たして第一声は、
「清右衛門殿の鍛冶屋を訪れるゆるしをください」
こやつめ、諦めておらんではないか。
だが監物はあえて柔らかい顔を作り、諭すように言った。そもそも月丸に罪はないのだから……
「おぬしはな、寺の小姓なのだ。おのれの本分をわきまえねばならん。そしてわしから聞いたことはすべて忘れよ。ゆめゆめ誰にも言ってはならんぞ。よそに知られれば恐ろしいことになる」
「何が起こるのです?」
「とんでもなく恐ろしいことが起きる。鬼よりこわいぞ」
「誰にも言いませんから鍛冶屋に入らせてください」
「ならぬ」
「お願いでございます」
「いつか見せてやるから、今は我慢せい」
「こういうことになると堪え性がないのです。我慢は難しいと思います」
「なんだ、それは! わがままを申すなっ」
「一目でよいのです」
「ダメだ! 絶対ダメ!」
柔らかい顔などとうに消え、すっかり叱りつける態度になっている自分に、監物は内心苦笑した。
しかしどうも子どもに対して本気で怒れないのである。そんな監物の性格を見越してか、月丸はちっともひるまない。
こいつ、甘えてやがる。
苦笑どころか監物は苦りきった顔になった。しかし、どうしてこうも月丸を甘やかしてしまうのだろう。
「一目です。それっきりです」
「うーん」
監物は迷いを見せた。この時点で勝負はついたと言っていい。
しかたない。放っておくと何をしでかすか分からないし。
「明後日のこの時刻に裏の馬場へ来い。人目につかないように注意せよ。分かったな?」
「はい!」
ふぅ、と監物がため息をひとつついた時には、すでにもう月丸は目の前からいなくなっていた。
根来寺は巨大な寺である。
自前の兵力を持ち、寺の領地を自衛している。だから馬場でも怠りなく兵士が騎馬の訓練をしている。弓矢の訓練もしている。
兵士といっても純粋な武士ではなく、身分は坊さんである。しかし半端な腕ではない。月丸も馬場で弓矢の稽古を何度か見たことがあるが、それはもう見事なもので、面白いように矢が的に食い込んでいた。
自分もいつか弓矢を習いたいと思ったものだが、はてそれが人を殺すための道具であることまで当人は理解していたかどうか。
その日は馬場に馬の姿はなく、弓矢を訓練する兵士もいない。
数人の男たちが一角に固まって何やら話し合っているが、それ以外には人気がなかった。
月丸は、誰にも見つからないように遠くから見ていたが、何かが始まる気配は一向に感じられなかった。
すると、一団の男たちの中から大柄な者が進み出てきて、数十メートル先の的に顔を向けているのが見えた。
あれは監物様ではないか。
監物と思しき人物は、手に何か細長くて黒い棒を持っている。そしてそれを両手で支え、的の方向に捧げるや
「パアアアーーーン」
と、耳をつんざくような聞いたことのない破裂音が響いた。
月丸は思わずのけぞった。
監物の周囲には白煙が立ち込め、やがて晴れた。
男たちが見据える先にあったはずの的が、真っ二つに割れているのが見えた。
やはり雷か。しかし雷の音とは少し違うような。
いったい何が起こっているのか懸命に理解しようとあがいていると、監物が黒い棒の先端から内部に何かを込めているのが見えた。
月丸は、思わず走り出して行って、近くの草むらに飛び込んだ。
すると、またもや
「パアアアーーーン」
と大きな音がして白煙が立ち昇り、2個目の的が割れた。
あの棒から何かが飛び出して的に当たったのではないか?
しかし目にも止まらぬとんでもない速さ。ああ何だかいい匂いだ。
火薬の匂いが良い匂いというのもおかしな話だが、月丸はこの時まだその正体を知らない。
謎の黒い物体から発っせられる香りが神秘性を感じさせたのだろう。
ふと、背後に気配を感じて月丸は振り返った。鍛冶屋の番の男が立っていた。




