6 未来の筒
「いよいよ厳しく言ってやらないと」
と思ったのは監物である。
このところ寺を留守にしがちであったが、久しぶりに清右衛門に会って喜ばしい報告を聞いた。しかし、あのネジの問題を解決するヒントを考えついたのが月丸とは。
監物は、困惑した。
馬場で鉄砲の射撃を見せてやれば虫も収まるかと思いきや、自分の知らないところで鍛冶屋に通いつめていたか。
月丸は、呼出しに応じてすぐにやってきた。
すっかりしょげてしまっている様子を見て、監物は叱責するのをためらった。
「鉄砲のことはこれっきりと約束したな? 忘れてはおらんな?」
「はい」
「ならば鍛冶屋に関わってはいかぬではないか」
「はい」
「まあ過ぎたことはしようがない。清右衛門も来年には堺に移るからな。どのみち、もう鍛冶屋には通えまい。寺の務めをしっかり果たせ。よいな」
月丸の表情が微かに動いた。
「清右衛門殿が堺へ?」
「うむ。いよいよ鉄砲を大量に作るには、ここでは不便だからな。堺で鉄砲鍛冶として旗を揚げてもらうのだ。清右衛門は寂しがっておったぞ。お前をこれ以上鍛冶屋に入れるなと申し付けたときも悲しんでおった」
監物は、月丸のスイッチを入れてしまったことに気がつかなかった。
清右衛門殿はわたしのことをお嫌いになどなっていなかった!
ほっと安心する気持ちに嬉しい気持ちが重なり、月丸は無性にあの鍛冶屋が恋しくなった。
あの炉のまわりの空気の熱さ、煤の臭い、鋼を叩くカンカンという小気味よい音、それでいてほかに余計な音や声のしない静寂、妖艶に光る黒い筒。
またあの場所にいきたい、いつまでもそこにいたい。
月丸は、生まれて初めて自分の身の立て方を意識した。
そして、決然として言った。
「清右衛門殿に付いて、わたくしも堺へ参ります」
監物は、あまりの唐突な申し出に動揺し、怒気を発した。
「たわけ!」
「寺の務めはどうする。小姓としての本分は」
「僧にはなりませぬ。鉄砲鍛冶として生きていきます」
「おぬしという奴は……」
鉄砲は、試作に成功したとは言え、これからどれほど効率的に生産できるようになるか分からない。そもそも鉄砲が実際に役に立つかも分からない。
鉄砲作りで生きていける見込みはまだないのである。
それでも月丸は、あきらめずに頼み込んだ。
そしてしまいには、
「わたしはネジ穴を彫る方法を知っています。他国ではまだ知られていない秘密です」
と、重大なことを言いだした。
「こいつ、わしを脅す気か」
月丸はじっと監物の目を見据えている。
「うーん」
やはり最後には、監物は月丸を甘やかした。
いや甘やかしたというより、可愛い弟子の未来を鉄砲に賭けることを覚悟した。
「よし。やるか」
芝辻清右衛門は鉄砲鍛冶として成功した。
堺は、やがて鉄砲の一大生産地となった。
津田監物は鉄砲術を究め、津田流砲術の創始者となった。
この殺傷能力の高い兵器の登場により、合戦はより激しく、決着がつきやすくなり、戦国日本は統一へと向かっていった。
それにしても、初めて鉄砲を目にした者は皆、それが人を殺傷するための道具であると思ったであろうか。
もちろん、ポルトガル人は、武器として鉄砲を種子島に持ち込んだ。しかしながら、伝来初期においては鉄砲は不便な点が多々あり、実戦での活用は限られていた。
他方、鳥獣を撃つ狩猟用として使われたり、大名から将軍への贈答品として扱われたりもしていた。
戦乱が終わり平和になった江戸時代には、装飾を施すなど美術品として製作されることも多くなった。清右衛門の孫の理右衛門の代になると、芝辻家は堺の五大鉄砲鍛冶と称された。
そこではきっと、月丸のような好奇心旺盛な若者が、人を撃つための性能よりも美的な価値を追求して、鉄砲作りに勤しんでいたであろう。




