7話 お嬢様は知りたい
SMって何をするかと聞かれても、俺に分かるわけがない。
というか仮に答えられたとしても、真白さんには聞かせたくなかった。
だというわけで――。
「AIに聞けば?」
逃げるが勝ちだ。
「そうします。 んんっ……ごほん! AIさんAIさん、SMの女王様になりたいんですけど、どうしたらいいですか?」
音声入力再び。俺の視線を意識してか前回よりも照れくさそうだ。恥ずべきところはそこじゃないと思うが。
入力に続き、AIが音声で回答を読み上げ始める。
『SMの女王様として活動する場合、専門店での勤務やサービス提供などの選択肢があります。求人が掲載されているサイトは―― 』
「やめろやめろっ!」
真白さんになにをさせようとしてるんだ!
「急に大きな声を出さないでくださいよ。驚いちゃうじゃないですか……」
「それはごめん。取り返しのつかない間違いが起きそうな気がして」
「それにしても、色々なお店があるんですね。全然知りませんでした」
真白さんがスマホを操作しながら呟くが、そりゃそうだろうとしか言えない。
というか、彼女にこんなの見せてもいいのか? 校内の真白さんファンに怒られる気がする。
「……あ、この『絶頂! 女王様の拘束ねっとり蹂躙コース』なんて参考になると思いませんか? 『転生したら乙女ゲームの悪役令嬢だったので、イケメン王子達を全員下僕犬にします』でも、拘束した王子を蹂躙するところから始まりますし」
「やめなさい。真白さんには刺激が強すぎる」
「……そうですよね、はしたないですよね……。……ですので黒川君、私の代わりにお店に行ってきてくれませんか? お金は私が出しますので、どんなことをしたか詳しく聞かせてください」
「無意識に羞恥プレイすんのやめろ」
同級生女子にお金を貰ってSMに行き、自分がされたことを詳細に話すとか地獄だろ。
「……あ、18歳未満はダメって書いてある。『イケ僕』の主人公『アリス』だって16歳なのに、なんでだめなのでしょう?」
「異世界では未成年でもお酒飲んだりするし、色々ルールが違うんだろ」
もしかしたら真白さんは、SMがアダルトな行為だとは認識していないのかもしれない。
あくまでアニメの女王様の真似をしたいだけなら、適当にそれっぽいごっこ遊びをさせておけば満足するかもしれない。
だったらあくまでソフトな感じに誘導すれば――。
「AIさんAIさん、女王様は具体的にどんなことをするんですか?」
『まずは相手を精神的に支配します。言葉責め等で下僕のスイッチを入れるといいでしょう。次に身体的苦痛を与えます。踏みつけ、拘束、放置プレイ等が人気です』
俺の希望は潰えた。そしてAIのコンプラどうなってんだ?
『参考になる風俗店を紹介しましょうか?』
「AIがオープンすぎる!」
「言葉責めですか? AIさん、言葉責めっていったい――」
「真白さん、そこから先は俺が説明するから」
これ以上変な知識をつけられても困る。このAIに任せていたら真白さんが風俗嬢になってしまいそうだ。
それだけは絶対阻止しなければならない。
「さすが黒川君! SMについても詳しいなんて頼りになります!」
「その言い方はかなり語弊があるけど……まぁ、そのくらいなら」
キラキラと期待に満ちた目が眩しい。俺は純粋な彼女に、一体何を教えようとしてるんだろうか……。
「それで、言葉責めとはなんなのでしょう?」
「あー、えっと。相手を罵倒することだよ。悪口みたいなもの」
「悪口ですか? 人を傷つけるようなことを言ったらダメだと思うのですが」
正論やめろ。
「……世の中には、それに興奮する人も居るんだよ」
「そうなんですか。奇特な方もいらっしゃるんですね」
「お前が言うな」
いけない。つい本音が出てしまった。
「ん? なんで私が言ったらいけないのでしょうか」
「いや、なんでもないよ。それよりさっそく始めよう。女王様らしく罵倒してみて」
「そ、そんな急に言われましても。私、悪口なんて言いたくないですし……」
「自分を変えたいんだろ?」
「っ! 黒川君……!」
真白さんがハッとした顔で俺を見た。
なんかいいこと言ったみたいな感じになってるけど、ただ変態プレイしようとしてるだけなんだよな。
「そうですよね、私は決めたんです。強い女性になるって。だから心苦しいですが、罵倒させてください、黒川君!」
「そんなお願い初めてされたわ」
「それでは、いきます……!」
覚悟を込めた目で真白さんは俺を見つめる。
息を呑む。今までに感じたことのない圧力に、思わず後退りしかけた。
ギュッと結ばれていた桜色の唇が、重々しく開き、言葉を紡ぐ――。
「黒川君の……黒川君の――えっち!」
「は?」
「気付いてるんですからね!? 私がペンを取るためにしゃがんだ時とか、お弁当の前にシートを引いた時とか、すっ、スカートの中を見ようとしましたよねっ‼」
「え……?」
「さり気なく見ればバレないとでも思ってたんですか!?」
「ちょっと待て。それ本当か?」
「そんな嘘をつくわけないじゃないですか! もしかして気付いてなかったんですか?」
「……ああ」
気付いていなかった。そりゃ真白さんは目を引くが、無意識にそんなところを見ているとは。
俺は子供の頃から、人に合わせて自分の感情を演出してきた。だから誰よりも意識的に、そういう振る舞いを制御できると思っていたんだが……。
「あの、黒川君、大丈夫ですか? ……ごめんなさい、私言い過ぎましたよね。……加減がよく分からなくて」
「……ああ、いや。俺の方こそごめん。嫌な思いさせたな」
「大丈夫です。そういうの、慣れてますから……」
真白さんの表情が曇る。咄嗟にフォローの言葉を探したが、俺が言えることは何もなかった。
「……えっと、そうだ。言葉責めだけど、相手を恥ずかしがらせるって意味ではよかったと思うよ」
「私の方が恥ずかしい思いをした気がします……」
真白さんは顔を両手で覆い、力なくそう言った。女王様が恥じらっていてはまだまだだ。
「それなら、今度は自分がノーダメージで済む罵倒を考えることだな」
「えっと、う~ん……。このハゲぇ! とかですか?」
「ハゲじゃないが。最近面倒で美容室すら行ってないから伸び放題だ」
「前髪はもっと切った方がいいと思います。……あと、食生活が自堕落すぎます。反省しなさい!」
「母親かよ」
女王様より怖いわ。
「んん~。全然分からないです……。悪口ってどうやって言えばいいんですか?」
「友達と話しているときとか、誰かポロッと口にしたりしないのか?」
「……そういえばあった気がするんですが、よく思い出せないです。なんというか、その部分だけモヤがかかってるような……」
「……重症だな」
生きていれば悪口なんて自然と湧いて出るものだ。それを口にしないだけならまだしも、人が言ったものすら受け入れられないなんて……。
筋金入りのいい子。その代償かもしれないな。
「言葉責めはまたの機会にしよう。無理してやるものでもない」
「ですが、それじゃあ女王様には……」
「他にもAIは色々言ってただろ。他にできそうなものはないか?」
「できそうなもの……。そうですね、それじゃあ、アリスがやっているように――」
一瞬、真白さんの口元が緩んだ気がした。
「踏んでも、いいですか?」
「……」
本日何度目かの後悔を感じながら、俺はチェックのスカートから伸びる、タイツに包まれた細い足を見る。
小さなかかとがぐりっと床を踏みにじり、俺は息を呑んだ。




