3話 お嬢様は誘う
「おはようございます、黒川君」
朝の登校時間。男子達の注目を集めながら校門の前に立っていた真白さんが、朝の日差しよりも眩い笑顔で俺に手を振ってきた。
「おはよう、真白さん」
嫉妬と興味の視線がグサグサと刺さってくるが、彼女はなにも気付いてなさそうな顔で笑い、駆け足で俺の横へと並んできた。
「何か用でも?」
「はい。えっとですね……」
歩幅を合わせる。肩が並ぶ距離になると、彼女は顔を近づけ、こそっと耳打ちしてきた。
「昨日は色々とお世話になりました。……例の件は、間違いのないようにお願いしますね」
それは「約束破ったらただじゃおかないぞ」という警告だ。さすがお嬢様、脅しも上品であらせられる。
「わざわざそれを言うために待ってたのか?」
「いえ、それだけではなくてですね……。昨日気になったんですけど、黒川君ってお夕飯はいつもどうされてるんですか?」
「夕飯? いつも適当にやってるけど」
「適当に……カップ麺や炭酸飲料を?」
チクリと言葉で刺してくる。昨日の買い物の内容を見せちゃったもんなぁ。
「俺はひとり暮らしだからさ。自炊はコスパもタイパも悪いし……」
「いけませんっ!」
急に立ち止まった真白さんは、子供を「めっ」と叱るように人差し指を俺に突きつけた。
「あのですね、黒川君。適当という言葉は本来『ちょうどいい』って意味なんです。あなたの言うそれは、適当ではありません。いい加減な方の『てきとー』です!」
「国語の授業は三限だったと思うが」
「タイパとかコスパとか言って、栄養のバランスを全く考えてませんよね? そんな食生活を続けていては、今度はアタマがパーになってしまいます!」
「アタパってか」
「というわけで、今日は黒川君のためにお弁当を作ってきました」
「は?」
話が飛躍し過ぎだろ。お前こそアタパか?
「忘れたんですか? お礼をすると昨日言ったじゃないですか」
「それでわざわざ弁当を?」
「お礼で納得いかないなら、秘密を守っていただくための賄賂ということにしますか? 賄賂って響き、映画の悪者みたいでかっこいいですね」
真白さんがふふんと楽し気に笑う。親に隠れてスマホで何か見るのが趣味って言ってたもんなぁ。
「なのでお昼休みは一緒にお弁当を食べましょうね。今日は天気がいいですし、お外で食べるのも気持ちがいいと思いませんか? お花見には少し遅いかもしれませんが」
「もう桜も散ったもんなぁ」
「お日様の下でポカポカするだけでも、気持ちがいいですよ、きっと」
真白さんは空を見上げ、眩しそうに目を細めた。
染みひとつない肌に光がこぼれる。完璧で、だけど無防備な表情に視線が吸い込まれてしまいそうになる。
ぼんやりとした間を置いて、桜色をした薄い唇がゆっくりと開いた。
「……実はですね、私の秘密を知ってしまった黒川君にご相談がありまして」
さっきまでより一音低い、真面目な声。
「相談?」
「はい。あまり人に聞かれたくはないので、詳しくは昼休みに……」
不審者丸出しでコスプレ衣装を眺めてる女の悩み事かぁ……。
「俺には荷が重い気が……」
「そこをなんとかお願いします! 私には黒川君しかいないって昨日気付いちゃったんですから!」
「気付いちゃったかぁ」
「はい、気付いちゃいました!」
「そんなの勘違いで、俺じゃだめかもってことには気付かない?」
「いいえ、黒川君なら私のよき理解者になってくれると確信しています!」
疑いを微塵も感じさせない瞳がキラキラと俺を見る。
意味が分からない。理解なんてしているわけがない。そんな言葉が喉につっかえて出てこない。
昔からの悪い癖だ。期待されると応えようとしてしまう。唇を噛んで、今みたいに空っぽの笑顔を作って。……自分の心を見ないふりして。
「そこまで言うなら……昼休みにな」
「はいっ! 楽しみにしてますね」
曇りなき彼女の笑顔に、胸の奥がモヤモヤする。少し意地悪な気分になってきた。
「そういえば昨日、俺と買い物中に会った後どうしたんだ?」
「どうとは?」
きょとんとする真白さん。自分が音声入力していたことを覚えていないのだろう。
約束を破る気はないので、彼女にだけ聞こえる声で、
「女王様にはなれたのかってこと」
そう呟くと、真白さんはビクンと肩を跳ねさせた。
「っっ!? ななな、何を言ってるんですかっ! 私は別に、そんなの全然欲しいなんて……」
「今更無理だろ」
「いっ、いえいえ! だからあれは、ハロウィンの衣装のためで――」
「わざわざえっちな店に行こうとしといて?」
「――ふにゃあああっっ‼‼」
俺の言葉は、真白さんの奇声によって消し飛んだ。
ほっぺどころか耳まで真っ赤にして、彼女は今にも噛みつきそうな顔で俺を睨む。
さすがにやり過ぎたと思って、謝ろうとした瞬間――。
「黒川君の……変態盗聴ストーカーあぁぁぁぁ!」
彼女は俺に背を向け、すごい勢いで校舎へと一人走り去ってしまった。
残されたのは周りから刺さるたくさんの侮蔑の視線。冤罪ってこうやって生まれるのかな。




