2話 お嬢様は女王様になりたい?
今日の食事はカップ麺に決定した。タイパやらコスパやらを精査した末の結論だ。
学校を出た俺は、激安が集うジャングルのようなディスカウントストアに寄ることにした。
やっぱり最強は魚介味だが、毎日同じだと飽きる。たまにはスパイシー味にして、ついでに炭酸飲料も買っておくか。
高校入学と同時に実家を出たから今は本当に自由だ。家事は目についた時にやればいいし、深夜まで起きていても何も言われない。
もう母さんの顔色を見ながら過ごさなくていい。それだけで人生がガラッと変わった気がする。
さて、帰ってゲームでもするかなぁ。
「……ん?」
レジへと向かう途中、挙動不審な少女をみつけた。
サングラスと大きな黒マスクで小さな顔を覆い、大きなハットに髪を押しこんでいる。とはいえ銀の髪は目立つのであまり意味を成していなかった。
上半身は黒のぶかぶかパーカーだが、青チェックのスカートはうちの高校の制服だ。
手に持っているスマホには、見覚えのある猫の耳。
「……絶対真白さんだろ」
美少女台無しの不審者っぷり。すれ違う人が怪訝な顔をして彼女をチラ見していく。
逆に目立ってるけど何してるんだ。
もしかして万引きか。最近スリルを楽しめるようになったとか言ってたけど、まさかストレス解消に間違った方法を選択してしまったとか?
友達というほど仲良くもないが、あの様子じゃすぐバレるだろう。同級生が目の前で警察のお世話になるのはさすがに見たくない。
俺はコソコソしてるのに目を引く真白さんを追いかけ――。
「う~ん。あんまり種類ないなぁ」
聞こえてきた声に、ぴたりと足を止めた。
「もっと女王様っていうか……強そうな感じがいいんですよねぇ。どれも安っぽい……って言ったら失礼だけど、お値段相応って感じ。激安も考えものですねぇ」
コスプレコーナーでサングラスを外した真白さんが、何かを呟きながら黒いコスチュームを手に取っている。
何かを見定めようとする目つきはテレビで見るベテラン鑑定士そのもの。呆然と立ち竦んでいる俺の存在に気付きもしない。
さっきまでの不審者丸出しな警戒心はどうした。すぐに外すならサングラスつけてくるなよな。衣装が黒で見づらいのは分かるけどさぁ。
「やっぱりネットで買う……? でも家に届くとお母さんにバレるかもしれないし……。他に衣装が売ってるお店ないかなぁ。えっと、AIさん。女王様の衣装を売っているお店は近くにありますか? そうそう、SMの方です」
まさかの音声入力。通りかかったサラリーマンが凄い顔をしてたぞ。
「う~ん。えっちなお店しかないのかぁ」
大きなマスクをつけていても分かるくらい、真白さんの表情が曇った。
良かった。さすがに躊躇するよな。彼女の清純なイメージがぶっ壊れるところだった。きっとこの衣装探しにも、なにか深い事情が――。
「……でも変装してるし、高校生だってバレないよね? うん、完璧っ。だいじょうぶだいじょうぶっ――」
「いや、完璧アウトだろ」
「――ひゃあああああぁぁっっ⁉⁉」
不審者少女がまるで変態に遭遇したかのような悲鳴をあげた。
小さな体がぴょんと跳ね、身長のわりに大きな胸が弾む。帽子がふわりと地に落ち、解放された銀髪がキラキラと宙で揺れた。
あれ、さっきまで不審者だった真白さんがただの美少女に戻ってしまっている。むしろそんな子に悲鳴をあげさせた俺の方が悪者になってない?
「あ、えっとぉ……。どちら様ですか? ナンパならごめんなさい。私そういうのは興味なくて……」
「さっきも学校で話したじゃん、真白さん。ナンパじゃないから」
不審に思われないようさりげなく周囲に知り合いアピールをしたが、それが気に入らなかったのか真白さんは涙を溜めた目で俺を睨んだ。
泣きたいのは俺だっていうのに。
「ううっ……なんですか、なんなんですかっ、黒川君! まさか、学校からずっと付いてきていたんですか⁉ 最悪ですっ、ストーカーじゃないですか!」
「たまたまに決まってるだろ、ほらこれ!」
買い物かごに詰まった大量のカップ麺と炭酸飲料を見せると、真白さんは眉をひそめた。もしかして、ジャンキーすぎる食生活に呆れられた……?
「うぅ、二度も見られてしまうなんて……。いえ、ここは逆に同じ人で良かったと考えるべきでしょうか。……あのですね、今日見たことは全部まるっと、秘密にしておいてください。もし言いふらしたら……」
「言いふらしたら?」
「とーっても、怒ります」
「そりゃそうだろうな」
真白さんに怒られるとか一部の男子界隈ではご褒美だと思うが、きっと本人はそんなこと知らないのだろう。
「ああっ! 信じていませんね⁉ 私こう見えて、怒ったら怖いんですよ!」
「意外」
「普段怒らない人が怒ったら怖いって、この前見た映画で言ってました。だから私が怒ったらすっごく怖いはずなんです!」
「可能性は無限だからな」
それでいて未知数だ。逆に怒らせたくなってきた。
「これは私と黒川君の大切な約束です。わかりましたね?」
「一方的過ぎないか?」
「明日お礼をしますから。だからお願いしますよ、本当に」
真白さんがぐいっと身を寄せてくる。咄嗟に一歩下がった俺を見つめるウルウルの瞳に、俺は「わかった」と頷くしかなかった。
「よろしいです。それでは黒川君、本日二度目の挨拶になりますけど、また明日。……三度目は言わせないでくださいね?」
「ストーカーじゃないって言ってんだろ」
俺の言葉にクスっと笑みをこぼすと、真白さんはサングラスをかけてさっさと店を出て行ってしまった。
三度目を言わせないでって、またどこかに行くつもりなのだろうか。まさかAIで探したえっちなお店に衣装を探しに……?
「いや、まさかな……」
真面目な彼女がそこまでするとは思えないし、思いたくない。俺たちはまだ高校二年生なんだから。
そういえばお礼をするって言ってたけど、何があるのだろう。
頭の中に女王様の服を着た真白さんが現れる。
不敵な笑みを浮かべながら鞭をしならせる姿。……確かに一部界隈ではお礼になると思うけど。
なんか不安だ。明日が怖くなってきた……。




