28話 お嬢様は悩む
――私、真白妃奈は、黒川凛音の特別らしい。
夜のお散歩を、部屋に戻ってからひとりで振り返る。
「~~うあああっ、なんで私はあんなことをっ……!」
いつものベッドの上。枕に顔を埋めた私は、はしたなく足をばたつかせながら悶えた。
特別って、好きってこと? 凛音君が私を……?
「……そんなの、絶対嘘」
だって他の人が見せてくる好意みたいなの、凛音君から感じたことないもん。
……そりゃまぁ、たまーにえっちな目で見てきたけど……男の人はそれと恋愛感情とは別の物らしいですし……。
というか、というかですよっ!
「あんなのもう、私が凛音君を好きって言ってるようなものじゃないですかっ……!」
え、私って凛音君のこと好きだったんですか? 初耳。
私にとって彼は可愛いわんちゃんで、だから他の女に尻尾振ってるのを見て、ちょーーーーっとだけヤキモチを焼いたりしたこともあったけどもっ……!
でもそれは恋愛感情というより、お世話したい飼い主の気持ちっていうか、放っておけないお姉さんの気持ちっていうか――。
「……いや、そうじゃないか」
最初は共犯関係だった。私の趣味に付き合ってくれる男の子に、ちょっと歪な親近感を抱いていた。
だけど、もう認めます。今はそれだけじゃない。……えっちなことをされそうになってから、少し怖くなって趣味に付き合ってもらってはないけれど。……それでも私は、凛音君と一緒に居たい。離れて欲しくないって思ってる。
それが好きって気持ちなのか、私には分からない。だって初めての気持ちだし……。
「~~んんんっ! AIさんっ、この気持ちはなにっ!?」
『現時点の情報だけでは断定できません。詳しく教えてください』
「ぼけなすぅぅ‼」
『そんなこと言わないでください。悲しいです』
「うぅ。ごめんなさい……」
はぁ、何やってんだろ。私。
自分の気持ちが分からない。凛音君の気持ちなんてもっと分からない。
こども食堂に連れて行って何がしたかったのか、分からない。だから彼の期待にどう応えていいのかも分からない。
……こんな私で大丈夫かな。嫌われたり、しないよね?
「うぅん……。発表の練習しよ。月曜日だし」
みんなの前で将来設計を発表する。代表者なんてやりたくなかったけど、お母さんが言ってたことを書いたら、あれよあれよと他の人たちに乗せられてしまった。
凛音君はこの内容が気に入らなかったらしいけど、今更書き直すわけにもいかない。そんなことをしたら、きっと先生に迷惑をかけてしまう。
だから――。
「私は……いつも通りやるだけだ」
言われたことを、上手に。
大人はみんな、それが一番喜ぶから。
*
あっという間に月曜日。
凛音君はいつも通りだ。涼しい顔で席に座っている。
納得いかない。とーっても納得いかない。
私はこんなにモヤモヤしてるのに、なんでそんな普通の顔ができるんですか! とーへんぼくの能面男めっ!
だから私は知らんぷりぷりしながら午前中を過ごして、昼休みには「別にあんたのために作ったんじゃないんだからね!」とお弁当を押し付け、そんなこんなんで――午後の発表会が始まった。
「僕は政治家になります。日本の経済を立て直したいんです!」
教壇では真面目が制服を着て眼鏡をかけたようなクラスメイト――立花君が熱弁を奮っていた。
黒板に張られた模造紙にはたくさんの図や数字が並んでいる。あれを作るのにどれだけの時間が掛かっているのだろう。
教室には国会のような空気が流れている。よく言えば厳粛、悪く言えば眠たい。……そんなみんなの反応なんて気にも止めず、彼は輝かしい将来の姿を語り続けていた。
「……すごいなぁ」
見栄えだけが良い、安物のマカロンのような私の将来設計とは違う。彼の言葉には重みがある。
積み重ねてきた努力が、彼の夢に説得力を与えているのかもしれない。
私はいつも、誰かの顔色をうかがってばかりなのに。
今もほら、誰かさんがどんな顔をしているのか気になって、ちょっとだけ後ろを振り返ってみたり――。
「――それじゃ次、真白な」
「っ! ひゃいっ……!」
やる気のない先生の声に、肩が跳ねた。うう、変な声出ちゃった、恥ずかしい……。
慌てて立ち上がり、手と足が一緒に出そうになりながら教壇に登る。模造紙を黒板に貼り、曲がってないかを確認して、小さく息を吸って吐く。
前を見ると、たくさんの視線。
仲のいい子達からの好意的な眼差し。一部の男子達からの好奇の視線。そして興味なさげな目。
そのどれとも違うのが――君の瞳だ。
何を考えているのだろうなんて、場違いな思考が頭を掠めた。
「……」
目を伏せ、邪念を吐き出すように息を吐く。そして、口を開いた。
「私の、将来設計は――」
凛音君の瞳が鋭くなった、そんな気がした。




