25話 元気後輩はお姉さん
こども食堂が始まるのは夕方だ。それまでに子供を迎える準備を済ませなければならない。
妃奈と赤坂は調理を、俺は学校の教室の倍くらいある部屋で、机を並べる仕事を任された。
「男手があって助かるわぁ。ボランティアは女ばかりだからねぇ、陽花里ちゃんが連れて来てくれる若い子にはついつい頼っちゃうのよ」
一緒に作業するおばちゃんは、さっきから手より口が動いている。
「赤坂はいつもボランティアに参加してるんですか?」
「あらあら、陽花里ちゃんのことが気になるんだ」
「いえ、そういうわけでは……」
「うふふ。若いわねぇ」
おばちゃんがにんまりと笑う。
はあ、なんでおばちゃんって人種は、こうも他人の恋愛事情に首を突っ込みたがるのか。
手のひらを頬に当てて「あらあら」するのも、おばちゃんという種族共通の習性なのかもしれないな。
どんな意味があるんだろうか。小顔効果かな。
「陽花里ちゃんは頑張り屋さんだからねぇ。いつも元気だけど、どこか張り詰めてるっていうか……。誰か甘えられる人がみつかったら、おばちゃんも安心なんだけどねぇ」
意味深な視線を向けて来るな。
「赤坂が一生懸命なのは分かりますけど、俺と彼女はそういうのじゃありませんから」
ボランティアに参加する男が赤坂狙いばかりで辟易してるって言ってたもんな。
……もしかして、おばちゃんが煽って男達がその気になってたりとかしてないよな。
「あら、それじゃあ一緒に来た銀髪の子狙いなの? いい子だもんねぇ。下ごしらえばかり任されて退屈だろうに、すっごく積極的にやっていたもの。最近の若い子も捨てたものじゃないわぁ~」
「……そうですか」
それを聞いて、少しだけ胸のつっかえが取れた。
妃奈はちょっと強引に誘ってしまったから、内心嫌々だったらどうしようかと思っていた。
さっさと机を運び、一息ついたときに部屋に赤坂が来た。ピンクのエプロンとはあざといやつだ。
「先輩お疲れで~す。もう子供たちが来るんで、配膳お願いしていいですか?」
「分かった。赤坂も配膳か?」
「私は子供たちを見守る役ですよ。孤立しちゃってる子に声をかけたりするのも、大事なお役目なんです! 先輩もがんばってくださいね。もし子供達に仲間外れにされちゃったら、陽花里お姉ちゃんがよーしよししてあげますから、ご期待ください」
「言ってろ」
「……ふふふ、若い子が居ると空気が美味しいわぁ」
おばさんの不穏な呟きはスルーして、俺は隣の調理室へと向かう。
扉を開けて中に入ると、食欲をそそるカレーの匂いがした。
何十人分か分からない大きな鍋をかき混ぜるおばちゃんに、食器を並べるおばちゃん。
隅っこでは、キリッとした顔でキャベツを切っている妃奈。俺が来たことには気付いていなさそうだ。
邪魔するのも悪いし、俺もさっさと働くか。お皿によそわれた物から運び、赤坂の指示通り子供に提供していくだけ。
こぼれないよう慎重にテーブルの上に……っと。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
食事を渡した少女がはにかんで笑う。一年生だろうか、スプーンをグーで握っていた。
子供だしなぁ、マナーをうるさく言うのもどうなんだろ。そもそもうまく教えてあげられる気もしないし……。
「美咲ちゃ~ん、スプーンの持ち方違うでしょ。お姉ちゃんが教えたの、もう忘れちゃったかな?」
「あ、ひかりお姉ちゃん!」
女の子が輝くような笑顔を見せた。子供たちの席を見て回っていた赤坂が、こっちに来たようだ。
「ほら、スプーンの持ち方はこうだよ。お姉ちゃんの真似してみて」
「こう?」
「そうそう、あとはこの指をこっちにやって~、はいできたっ! お姉ちゃんとお揃い仲良しっ!」
赤坂がチラリとこっちを見る。
「このお兄ちゃんもこっちの持ち方が良いってさ。お兄ちゃんとも仲良しっ!」
「えへへ……」
女の子がふわりと笑う。
なんか癒されるなぁ。赤坂がボランティアを続ける気持ち、分かった気がする。
俺は笑い返し「いっぱい食べろよ」と告げ、その場を離れた。
後ろでニヤニヤしながらついてくる、赤坂のことを気にしながら。
「もしかして先輩ってぇ、ロリコンだったりします?」
「人聞きの悪い……。子供の面倒は見なくていいのか?」
「今は落ち着いてますから大丈夫で~す。構いっぱなしもよくないでしょ?」
「そんなもんか」
「それよりですよ、先輩! まさかとは思いますけど、本当に小さい子が好きなんですか? あ~、だからお姉さんキャラの陽花里ちゃんに興味がなかったわけですね?」
赤坂も妃奈も自己認識がおかしいんだよなぁ。
「もし俺がロリコンなら、お前みたいな元気だけが取り柄のちびっ子は大好物だろ」
「……先輩、その言い方はなんかキモい」
赤坂がドン引きの顔で一歩距離をとった。
なんで俺が悪者みたいな感じになってんだ? 先にちょっかいかけたのは赤坂だろ。
キモいの一言で男は悪者になるんだよなぁ。理不尽過ぎる。
「あー、そうだ。赤坂は子供と接するのに慣れてるんだな」
「ん? なんです急に」
「少し見直した。俺は兄弟とかいないからさ。どう接していいか分からなくて」
……本当は、分からないわけじゃない。
いつもしているように顔色をうかがい、何を考えているか想像して対応を変える。そうすればどうにでもなるはずだ。
だけど、俺がそれをする一瞬の間を、赤坂が埋めてきた。
考えるよりもずっと早く、彼女は動いた。
「俺は赤坂みたいにふるまえないからさ。すごいやつだって思ったんだよ。学校ではあんななのに、やる時はやるやつだったんだな」
「……褒められているようで、バカにされた気がするけど……まぁいいです。私は別に、すごくなんかないですよ。昔してもらったことを、そのままやってるだけですから」
遠くを見るような目で、赤坂は呟く。黄昏時のように仄かに染まった頬は、終わってしまった時間を懐かしむように見えた。
いつもの赤坂とは別人のようで――俺は掛ける言葉が、分からなくなる。
「落ち着いたら真白先輩も合流すると思います。ご飯を食べ終わった子は交流用の部屋に移動するので、一緒に遊んであげてください」
「あ、ああ……」
「先輩は先輩の思うままに接してあげたら大丈夫です。気持ちがあれば、ちゃんと子供たちには伝わりますから」
いつもの調子で、赤坂は笑う。
「それが、誰かの心に残るんです」
何かを覆い隠すような、晴天の笑顔で。




