24話 お嬢様はぴったりしたい
妃奈と赤坂の顔合わせも表面上は無事に終わり、家に来なくなった妃奈とは自然に喋る機会が減っていった。
何事もなかったように教室で笑っている彼女を見ていると、俺の部屋で起こったあれやこれが、全部夢だったんじゃないかと思えてくる。
そうだよな。あんな美人で清楚なクラスメイトが男の部屋で女王様プレイなんて、そんなラブコメみたいな――。
「……凛音君。なんだかお間抜けな顔をしてますね。『ま』どころか、『みむめも』まで抜けてしまいそうです。はい、お弁当」
「……いつもありがとう。今日は不思議な罵倒だな」
お昼に手渡されるお弁当だけが、あの時間を現実だと示していた。罵倒の練習はおかしな方向に向かっている気がするけど、修正する人がいないから仕方ない。
「間が悪いって言葉がありますけど、『みむめも』は悪くないんでしょうか。みんなで『ま』だけを責めるなんて、酷いと思いませんか?」
「そうかもな」
「凛音君ってたぬきさんみたいな顔してますよね。ついでに『ちつてと』も抜いときますか?」
「いい罵倒だ。その喧嘩買った」
そして土曜日。こども食堂ボランティアの当日を迎えた俺は公民館の前で赤坂と妃奈を待っていた。
月に二回、土曜日にボランティア団体がこの公民館で調理を行い、夕方に子供を招いているらしい。
普段公民館なんて来ないから、なんだか落ち着かない。派手にならないように無地のシャツとデニムパンツで来たけど、これでいいのだろうか……。
「――あ、黒川先輩! お疲れ様で~っす」
ソワソワしていると、元気な声が聞こえた。ちっこい赤坂がぴょんぴょんとマ〇オのように跳ねながらこっちに駆け寄ってくる。
「真白先輩はまだみたいですね。……も~、勘弁してくださいよぉ。男女関係のあれこれが面倒だから黒川先輩を誘ったのに、結局修羅場に巻き込んでくるじゃないですかぁ」
俺の隣に華麗に着地した赤坂は、大きめの春らしい薄手パーカーに手をつっこみながらジト目をする。下はデニム生地のショートパンツとニーハイソックス。動きやすさとあざとさを兼ねていて、なんとも彼女らしい。
「なんのことやら。妃奈のあれは機嫌が悪かっただけだよ。直前に色々やらかしたから俺のせいだ」
「真白先輩の前で、私のこと可愛いとか言ったんですかぁ? 私が可愛いのは事実ですけど、言うにしても時と場合は選ばないといけませんよ。先輩だって『ちょっとつむじ薄くなってますよ~』とか言われたらショックでしょ?」
「いやいやまさぁ、この歳でそんなわけ……え、ないよな?」
赤坂は無言でにっこり笑うと、やけに上手い鼻歌を歌い出す。
まてまて、本当に薄くなってるのか? いやまさか。そもそも赤坂はちびで、俺のつむじを見れるわけがない。うん、証明終了Q.E.D. だ。
「今日は真白先輩にも普通に接してもいいですか? 前回の私ビビりまくってましたけど、あの姿を子供たちには見られたくないなーって」
「大丈夫だろ。妃奈は優しくて気遣い上手だからな。俺のつむじの方こそ大丈夫だよな……?」
「学校の外までドロドロの修羅場は持ち込みたくないんですけど。まだツルツルの方が気持ちいいといいますか」
「誰がツルツルだって?」
「あ、真白先輩が来ました!」
赤坂が手を振り出す。彼女の視線を追うと、赤信号の前でお行儀よく立っていた妃奈がぺこりと頭を下げた。
手を振る後輩と頭を下げる先輩。なにか間違っている気がするけど、彼女達らしい。
あと赤坂、なんで俺から距離をとった。やっぱりまだ妃奈が怖いんだろ。
信号が青に変わる。スカートをひらひらとさせながら、妃奈が小走りに横断歩道を渡ってきた。
「――すみません、待たせてしまいましたか?」
「いえいえ~! まだ全然時間に余裕ありますから! 今日は来てくれてありがとうございます、お二方!」
少し息を切らせながら、それでも妃奈は穏やかに微笑む。
今日の服装は女王様衣装――とは対極の、清楚なお嬢様スタイルだ。
白のブラウスにベージュのロングスカート。シンプルだからこそ妃奈の素材が輝くと言うか……やっぱりお洒落も料理も素材が大事なんだな。
妃奈が食材にこだわる理由が、こんなところで分かった気がする。
「む。黒川先輩。なんでかわいそうな物を見る目で私を見ているんですか?」
「人って平等じゃないよなって」
「よく分かりませんけど、バカにしてますよね?」
「ふふっ。おふたりは本当に仲が良いんですね」
妃奈の言葉に赤坂の肩がびくんと跳ね、飛び退くように俺から距離をとった。けれど妃奈は柔らかい表情で笑っているだけだ。
そうだよな、前回が不機嫌だっただけで、普段の妃奈はこんな感じだ。赤坂も妃奈が怒ってないのを見て、露骨にホッとした顔をしている。
「……えっと、ごほん! それでは先輩方、中に入りましょう。ついでに今日の流れを簡単に説明しますね!」
先導するように、赤坂が公民館の中へと歩き出す。俺も後を追おうとして、着ていたシャツの裾を控えめに引っ張られた。
「……置いていかないでくださいよ」
振り返ると、指を離さないまま妃奈がジト目で睨みつけていた。
「勝手についてきたらいいだろ」
「……ふんっ。本当におふたりは仲良しさんですね」
妃奈は頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。けれど俺が歩き出すと、離れないようにぴったり。
赤坂に見えないように、小さく俺のシャツを掴みながらだけど。




