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女王様見習いの清楚お嬢様は、○○○の穴を埋めて欲しい  作者: 弥波明希
3章 後輩女子は巻き込まれる

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22話 お嬢様は連れ込まれる

「ちょっ……ちょっと待ってください、凛音君っ!」


 俺は妃奈の手を引き、早足に廊下を歩いていた。

 後ろでわめく妃奈の声には聞く耳をもたず、誰も居ない空き教室に彼女を連れ込んだ。


「なんですか急に。……ま、まさかこんなところで昨日の続きをするつもりですか!? そんなのダメです! さすがに学校でなんてハレンチが過ぎます! は、初めてはもっと……ロマンチックなのが……」


 そんなわけないだろ。なんで顔を真っ赤にしてんだ。


「妃奈」


 今にも逃げ出そうとする少女を、壁際に追い込む。


「壁ドンっ!? ……っ、少女漫画のツボはばっちり予習済みということですか。でもだめですって……もうっ! この先走りスケベわんこっ!」


「将来設計の課題、なんであのまま提出した?」


「……は?」


「お前、悩んでたよな。このまま親の言う通りに生きて良いのかって」


「…………」


「…………」


「……ふんっ」


 強い衝撃が胸を打つ。彼女の細腕に押しのけられ、俺は痛みに一歩後ずさった。

 いや、どかすにしても力加減があると思うんだが……。


「……先生との話、聞いていたんですね」


「悪い。怒ったか?」


「怒っているのは違うことに対してなのですが……はぁ、もういいです。それで、課題のことでしたか? そんなの、凛音君には関係ないことだと思いますが」


 赤く染まった頬をごまかすように、妃奈はツンとした顔でそっぽを向く。

 珍しく組む腕は拒絶の意思表示かもしれないが、正直強がっている子供にしか見えない。


「そうだな。妃奈が卒業した後どうしようが、俺にはなんの関係もない話だ」


「むっ!」


「だけど、お前にとっては重要なことだろ。親の言うことを否定するつもりはないが、ちゃんと自分で考えたのか?」


「当たり前じゃないですか。ちゃんと考えて提出しました。そりゃまぁ、あまり時間がなかったので十分ではないかもしれませんけど……」


「それなら、その考えられた将来設計とやらを俺に聞かせてくれないか? 次の授業までまだ時間はあるだろ」


「はぁ。なんでそんなこと……」


「それが妃奈にとって『本物』どうか――知りたいんだ」


 一拍の間。沈黙がふたりの間に落ちた。

 いつもは柔らかな色を放つ青い瞳が、今は戸惑いに冷たく揺れている。


 自分でも何を言ってるんだって思う。お節介な上に何様だよって。所詮「偽物」でしかない俺が、「本物」を口にするなんて身の程を知るべきだ。

 俺が妃奈の立場なら、こんなやつ絶対に鬱陶しくて嫌になる。なのに目の前の少女は、微かに苦笑するだけだった。


「もお、凛音君は強引過ぎます。よくないですよ。昨日からずっと、私の気持ちが追いつかないのにグイグイと……。本当にいじわるで、自分勝手で、スケベなわんちゃんですね」


「こんなときに罵倒の練習をしなくても……」


「いいえ、します。だってこれも私が目指す一つの形なんですから。さすがに先生には見せられないものですけど……ね」


 妃奈は一瞬口元を緩めたが、すぐ不機嫌な顔に戻ってしまった。


「知りたいと言われましてもね、以前お話しした通りですよ。いい大学に入って大きな会社に就職する。そして素敵な男性と結婚します。……最後のは、課題には書いていませんが」


「いかにも勝ち組って感じの将来設計だな。……それが妃奈の理想なのか?」


「どうでしょうね。なんにしろ、提出した物を変える気はないです。クラス発表は来週ですし、練習だってしないといけません。……別にいいじゃないですか、課題くらい。これで将来が決まるわけではないんですし、考える時間はこれからもありますよ」


「先延ばししたまま、ズルズルといく気がするけど」


「……いつから凛音君は真面目になったんです? 貴方のベッドの下から出てきた課題の紙は、見た目も中身もペラペラの白紙だったじゃないですか」


「……ああ、そうだな。今でも俺の将来のビジョンは薄いままだ。この歳になっても自分が分からなくて、子供のようにじたばたしているだけの不格好な人間だよ」


 子供の頃から理想ばかり押し付けられてきた。

 将来は役者になれとか、母さんの気分で好き勝手に決められた俺の将来は、幼稚で歪な反抗心に染まっていった。

 そんなくだらない残骸を、俺は今でも大事に抱えてしまっている。


「俺は今でも、薄っぺらい紙一枚埋められやしない。親の言う通りになりたくないと思うだけで、自分が本当はどうしたいかも分からない。……母さんから目を逸らすことができない、つまらない人間なんだよ俺は」


「……そんな、ことは――」


 言葉に詰まった妃奈が、気まずそうに目を伏せた。

 掛ける言葉がみつからないのだろう。無理もない。だって妃奈も、俺と同じなんだから。


 将来なんて遠い先のことは分からない。目の前に居座る親だけで、狭い視界は埋め尽くされている。


 妃奈は小さくため息をつく。優しい言葉を探すのは諦めたのだろう、厳しい目で俺を見た。


「……そうですか、凛音君の言いたいことは分かりました。……ですが、分かりません。結局貴方は、私に一体何を求めているのでしょう? 私に何をして欲しくて、こんな話をしてるのですか? それが全然分かんないです」


「……それは、自分で考えるべきで……」


「分からないから聞いてるんです!」


 妃奈の声が空き教室に鋭く響く。彼女の厳しい眼差しに圧され、俺は目を逸らしそうになった。


「どうしたらいいか、どうすればいいかなんて、私には分かりません。まして『どうしたい』だなんて、聞いてこないでくださいよ。……そんなのがあれば、とっくにしてるんです。分からないから、私はここに居るんじゃないですか‼」


「妃奈……」


 彼女の言う通りだ。俺と同じような悩みを抱える妃奈が、自分のしたいことを聞かれて答えられるはずがない。

 女王様という解答を持ってるだけ、俺なんかよりも全然マシだ。自分の好きなものを理解しているだけ、ずっといい。

 

 だから今度は俺の番だと思った。


 将来なんて分からない。だけど、俺が好ましいと思った、ささやかな未来の話くらいならできる。


「……妃奈の作ったお弁当、美味しかったよ」


 突然の呟きに、妃奈は目を丸くした。


「え? ご満足いただけたなら良かったですけど……今ですか?」


「今だから言うんだ。俺のことだし、時間が経てばどうせ全部うやむやにしてロクにお礼も言えなくなる。だから今伝えようと思った」


 妃奈の目を真っ直ぐに見据える。こんなことを伝えて妃奈の役に立つとは思えない。むしろ負担にしかならないと思う。

 だけど、仕方ないじゃないか。浮かんできたのが、これだったんだから――。


「俺はこれからも妃奈の手料理を食べたい。できれば、妃奈と一緒に食卓を囲みながら」


「はえっ?」


 変な声が妃奈の口から漏れ、その顔はみるみる赤く染まっていく。


 ……どうやら俺は、言葉を間違えたらしい。



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