19話 後輩女子は夢を語る
次の日の朝、登校の準備をしているとメッセージが届いた。
『衣装が乾かなかったので、そちらで干してもらえませんか。私の部屋だと親にみつかりそうなので』
慌てて一階に降りてみるが真白さんの姿はない。ポストを確認すると、お洒落な字体で店名が書かれたビニール袋が入っていた。
彼女の性格なら直接手渡しくらいしてくれそうなんだけど……仕方ないか。
袋の中には湿った女王様の衣装。う〜ん、どうすっかなあ。今日の天気予報は晴れだし、他の服と一緒に外に干しておくのもありか?
「いやいや、あり得ないだろ」
こんなえっちな衣装がベランダに干してあったらどう思われるだろうか。盗まれたり、ロクに顔も覚えていない隣人が挨拶に来るかもしれない。
そもそも真白さんが嫌がるよな。彼女が家に来るのを見た人が、女王様の衣装と結び付けてエロい目で真白さんを見てくるかもしれない。
そうじゃなくても、あの衣装を他の人が見たなんて知ったら卒倒するだろう。部屋干し安定だな。
「……また家に来ることなんて、あるんだろうか」
メッセージを返しても反応はない。用件は済んでいるから必要ないけれど、何度か気になってスマホを確認してしまった。
いつもの通学路。つい周りを見渡してしまう自分に気付いて鼻で笑った。
もし真白さんをみつけたとして、なんて声をかければいいのだろう。
「……はぁ。わけわかんねぇ」
宙ぶらりんな思考がモヤモヤと心を曇らせていく。空模様は晴天でも、心の模様は曇り時々真白様だ。
「――あ、先輩。おはようございまーす!」
昇降口の前で、気持ちのいい声が聞こえた。
チラシを片手に持った小柄な少女が、ぴょんぴょん跳ねながら手を振ってくれている。
子供はいつも元気だなぁ。えっと、あの子の名前は確か――。
「おはよう、赤坂」
「ふふっ、名前覚えてくれていたんですね。まぁ当然ですよね、私みたいな可愛い後輩のこと忘れるはずがないですもん」
「確かにな、忘れるにはちょっと印象が強すぎる。腹黒いハムスターみたいな感じか」
「よく分からない例えですけど、私のことを可愛いと思ってくれてるのはよく伝わりました。えへへっ」
「朝からポジティブ過ぎて目が覚めるよ」
「お役に立てて光栄です! ついでに子供たちへの無償の奉仕にも目覚めてくれませんか? みんなの笑顔という最高の快楽をお約束しますよぉ」
怪し気な誘い文句を決めながら、赤坂は人懐っこい顔で期待するように上目遣いする。
これを前にして断れる男子は少なそうだな。残念ながら俺は乗ってやれないけど。
「宿題やら課題やらで忙しくてさ。悪いが時間はないんだ」
「そうなんですか、それは仕方ないですね。もしよかったら私が先輩の宿題を見てあげましょうか。それで空いた時間をボランティアに使ってくれれば『うぃんうぃん』ですし」
子供が口真似する気が抜けた機械音のような「win」の発音に、赤坂の成績……特に英語は大したことなかろうと察した。
「私はみんなのお姉ちゃんですからね。子供たちの宿題にも引っ張りだこなんですから。先輩も私に甘えてくれていいんですよ。お姉ちゃんがちゃーんと、お世話してあげますから」
「後輩に勉強を教えてもらうほど困ってないから」
「大丈夫ですって、AIがあれば小学生の宿題から大学入試までばっちり対策できます。問題の写真撮って投げればぽーんって答え出るんですから」
「頭がぱーってことは分かった」
真白さんといい、俺の周りの女子はAIを過信し過ぎじゃなかろうか。
「だから課題も宿題も、お姉ちゃんに全部任せてください……けほっ!」
赤坂はポンと自分の薄い胸を拳で打って咳き込んだ。クッションが足りずに衝撃を殺しきれなかったみたいだ。
せめてどこかの女王様くらいは大きくないとダメだろ……。
「……こほん、先輩? どうかしました?」
咳き込んで涙目になったまま、赤坂は俺を見て首を傾げる。
さっきから真白さんのことが頭をチラつく。このまま本人に会ったらどうなるか不安だ。
教室に行くのは気が重い。真白さんも真白さんで意識し過ぎてとんでもないことを口走ったりしそうで余計に怖い。
昨日あったことがクラスの連中に漏れたら俺は吊るされてしまうかもしれない。あわあわと涙目で慌てる真白さんじゃ目を血走らせた男子達は止められないだろうし……。
本当に気が重くなるな。
「おーい先輩。大丈夫ですか? 成仏してくださいねぇ」
「まだ死んでないわ」
昨日のことを墓場まで持って行くか、俺が墓場に連れて行かれるかの瀬戸際だけど。
「先輩、お顔の色が優れませんが?」
「……ちょっと考え事をしてただけだ。あと悪いけど、俺の課題はAIで答えを出せるものじゃないんだ」
「そうなんですか。フェルマーの最終定理とかですか?」
なんだそれ。頭良さげなこと言っても似合わないぞ。
「そういうのじゃなくて……将来の夢だ。人生設計を書かないといけない」
「……先輩。それこそ小学生の宿題じゃないですか」
ドヤ顔がジト目に変わる。
赤坂と話していると、俺は何もしていないのに責められることが多い。理不尽だ。
「俺だってこの課題が出た時はアホかって思ったよ。なんで高校生にもなって将来の夢をクラスで発表しないといけないんだ」
「ですけど、その課題に詰まってるってことは人生設計があやふやってことなんでしょう? 小学生がやる課題を高校生でもできないってことじゃないですか」
解像度が違うんだから仕方ないだろ。
小学生は宇宙飛行士や動画配信者って書いても許されるけど、高校生は夢に見合う「今の姿」が無ければバカにされるだけだ。
……いやまぁ、俺は元動画配信者だからそう書いても許される側だけど、再開するとか絶対に嫌だし。
「そう言う赤坂は将来どうするんだよ。保育士とか学校の先生とか? 授業を全てAIに任せる新時代を切り開くか」
「それもいいですけど、私にはとってもおおーっきな夢があるんです! 若人は大志を胸に抱いてこそですよ、先輩!」
そう言いながら「えへん」と赤坂は薄い胸を張る。あまり入らなさそうだけど、小さいなりにぎゅうぎゅうに詰まっているのかもしれない。
「私はですね、家族みんなで美味しいご飯をお腹いっぱい食べられる、それが当たり前な社会を作りたいんです。……どうやったらいいかはまだ分からないんですけど、そんな未来が来たら、絶対温かいですもん」
「……それは確かに、大きい夢だ」
親元から離れてカップラーメンばかり食べている俺は、きっと彼女の理想の外側だろう。
「当たり前の人はそれが当たり前で有難みがわからないし、そうじゃない人は動画とかを見ながら食べて気を紛らわす。……それが普通になっているからこそ、みんなでご飯を食べる良さを伝えられたらって思うんです。だから私は、子ども食堂の手伝いから始めています」
「当たり前、ねぇ」
赤坂の言う通りだ。俺にとって、ひとりで食事を取ることは当たり前だ。家でも学校でもそうだし、実家暮らしだった頃も動画配信をやめてからはそうなっていった。
だけど、真白さんがご飯を作ってくれることが増えて、見え方が変わった気がする。
モノクロの食卓に色を添えるように、俺には作れないメニューが並んでいった。レンジなんか使わなくても温かくて、目の前では「美味しい」の言葉を期待している真白さんが微笑みかけてくれた。
「そんな未来は、確かに温かいな」
真白さんが家に来ることは、もうないと思うけれど。
「……ところで先輩、突然ですけど付き合ってる人が居たりします?」
「は? なんだ突然」
今そんな話の流れだったか?
赤坂は俺の斜め後ろ辺りに視線を向けながら、声を潜めて喋り続ける。
「それか彼女に近い感じの人とか、あるいは先輩に執着してるストーカーが……いやぁ、あの顔でストーカーはないかなぁ」
「おい、なんか不穏な言葉が聞こえてきたんだが?」
「こんな子居るのってくらい綺麗な人が、すっごい目でこっちを見てるんですけど……」
慌てて振り返ると、木の裏から身体をはみ出している真白さんが居た。
カリカリと音が聞こえてきそうな勢いでポッキーを食べながら、険しい顔で俺達を見つめていたのだ。
……隠れてるつもりみたいだけど、めちゃくちゃ目立ってるんだよなぁ。




