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女王様見習いの清楚お嬢様は、○○○の穴を埋めて欲しい  作者: 弥波明希
2章 偽物わんちゃんの気付き

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17話 女王様は押し倒される

「え……っと、凛音……くん?」


 座ったまま抱きしめる俺の腕の中で、妃奈は身体を小さくする。俺の肩に触れた彼女の顎が、ぴくりと跳ねた。


「……」


 突然抱きしめられ、戸惑う彼女に返事をしてあげられなかった。

 いじわるしたいわけじゃない。彼女を抱きしめたことに自分で驚いてしまって、なにを言えばいいのかわからなかった。


「その、そのですね。そろそろ離していただけると……さ、さすがにこの服で身体をくっつけるのは……」


 消えてしまいそうな声が聞こえる。破裂しそうな鼓動の音が胸に響く。

 これはどっちの心臓の音だろう。俺か、妃奈か、あるいは両方か。


 心音が混ざり合う。彼我の区別もつかないほどに。ふたりの境目が、曖昧になっていく。


 それなのに、彼女の身体そんざいをはっきりと感じる。馬鹿馬鹿しくて笑ってしまうような矛盾が、俺の感覚を研ぎ澄ませた。


 ――視界を塞がれると、他のいろんなところが敏感になる。


 なんて、本当に妃奈の言う通りだ。


「ね、ねぇ。黒川君っ」


 腕の中で身を捩った妃奈に合わせて、押し付けられていた彼女の乳房が形を変える。

 染みひとつない白い肌がたわみ、表面に皺を刻む。完璧とすら思えた形状が崩れ、綺麗な谷間が歪な線を描いた。

 全ての動きが、弾む柔らかさが、彼女の熱と共に伝わってくる。


「これ以上は――」


 胸の感触が伝わっていることに気付いたのだろう。慌てて身体を離そうとするくせに、手は心細そうに俺のシャツをぎゅっと握った。


「だめ、です――」


 初めての感情だった。

 美しい少女の身体が、俺の身体によって形を変えていく快楽。

 心細そうに俺に縋りついてくれる愛おしさ。


「ねぇ、だって――」


 大切にしたい、壊したい。その真ん中の衝動。

 こんな複雑で激しい感情を、俺は今まで演じたことがない。


「恥ずかしぃ、から……」


 どうしていいか分からなくなったのだろう。すっかり動きを止めた妃奈が、潤んだ声を出した。

 さすがにこのまま、抱きしめ続けるわけにもいかない。

 いかないけれど――初めて知った衝動の濁流に、収まりがつきそうもない。


「悪い。妃奈が自分を誤魔化そうとするのを聞きたくなくて、咄嗟にこんなこと――」


 嘘じゃない。それでもどの口が言うのだろうと、心の中で自嘲した。

 この言葉こそ、俺が妃奈を求めたこの衝動に対する誤魔化しに過ぎないのだから。


 俺はゆっくりと腰から手を解く。それに安心したのか、タオルの隙間から妃奈の緩んだ顔が見えた。

 これで終わったと思ったなら、悪いことをしたな。


「――えっ?」


 驚きの声が落ちていく。

 俺は彼女の頭の後ろに手を回し――ぶつけないよう、慎重に床へと押し倒す。


 続いて視界を塞いでいたタオルを上へと抜き取り、覆いかぶさる体勢で俺の両腕の間で身を竦めている妃奈を見下ろした。


 焚火にでも当たっていたかのように頬を赤く染めた彼女は、まん丸の青い瞳で俺を見る。

 胸元は乱れ、早い呼吸がふくらみを押し上げている。無防備に放り出された腕で隠す余裕すらないみたいだ。


 このまま俺が手を伸ばせば、容易に妃奈へ届いてしまう。

 彼女の全てを、俺の物にすることができる。


「凛音君……。こんなの、おかしいです……」


 俺を見てるのに、目が合わない。たどたどしい言葉の羅列だけが、ふたりを繋ぐ。


「先に抱き着いてきたのは妃奈だろ」


「それは……その、ちょっと感情がおかしくなっただけで……自分でもよく、分からなくて……」


 ぱちりぱちりと、妃奈は困ったようにまばたきを繰り返す。


「さっきさ、自分のことを『ショーケースに並べられた人形』だって言ってたよな」


「……あんなの、聞き流してくれればいいのに」


「最初は流したよ。事情も知らないのに深入りするのもよくないと思ったから。……だけど――」


 妃奈がなにを悩んでその言葉を使ったのか、俺に分かるはずがない。

 それでも妃奈の腕に包まれたとき、彼女の言葉を聞いて思ったことがある。


 真白妃奈が人形なら、黒川凛音は偶像なのだと。


 映像の中にしか存在できない俺と、飾り物のように扱われる妃奈。女王様という似合わないこだわりも、俺が彼女の趣味に付き合っているのと同じ理由なのかもしれない。


 だから――。


「……そんなのぶっ壊してやればいいって、言いたくなったんだ」


 それはきっと、彼女だけに向けた言葉じゃない。


「ショーケースなんてガラス一枚だ。蹴飛ばして、思い通りに生きてやればいい。人の

ことなんか気にするな。親なんてさ、別れて暮らせば所詮他人だ。俺はそうだった」


「……」


「やりたいことをすればいい。俺とお前の関係って、最初からそういうものだったろ?」


 機嫌をうかがうように目を細めた妃奈の仕草が、無性にいら立たせる。だから俺は、敢えて乱暴に見える動きで、だけど痛くないように注意しながら妃奈の両手首を掴んだ。

 伝わる体温が冷えているのは露出の多い衣装のせいか、それとも緊張のせいか。


「どうして……」


 その一言には、いろんな意味が含まれているのだろう。

 俺を見る瞳が困惑に揺れる。こんな状況でも他人を拒絶できないのは優しさと言っていいのだろうか。

 我ながら最低のことをしている。だけど、どこまでもお人好しで自分を隠そうとする「お人形」な妃奈に自分を重ねてしまってから、ドロドロと仄暗い感情が溢れて止まらない。


 このまま妃奈を俺の物にしてしまいたい。衝動のままに、彼女に重なる「偶像」の陰をたたき壊してやりたい。


 妃奈だってそう思っているはずだ。女王様なんてふざけたことに憧れているのも全部、今の自分を壊したいからに決まっている。


 だから、一緒に壊してしまえばいい。今の自分なんて、どうせちっぽけでつまらない存在でしかないんだから。


「……嫌なら、抵抗しろ」


 彼女の身体がびくりと震えた。

 桜色の唇がキュッと結ばれたのは、俺がどこを見ているか気付いたからだろう。


 このまま顔を近づければ、簡単に唇を重ねられる。

 皺だらけになった衣装に手を掛ければ、真っ白な乳房を晒すことも容易く、好きにすることができる。


 だけど、他人にいいようにされるだけでは、妃奈は「人形」のままだ。

 俺が「偶像」を嫌うように、彼女も「人形」の自分を嫌っているなら、意志を持って俺を見つめ返して欲しかった。


 女王様のように罵倒してもいい。世話焼きの優等生らしく言い聞かせてくれてもいい。あるいは子供のように泣き叫んで殴りかかるのだって受け入れる。


 なんでもよかった。今の自分が嫌いで、壊してやりたいと意志表示して欲しかった。

 自分の存在を脅かす全てに反抗して欲しかった。


 そうすれば、俺達は同じ意志を持った同志として、新しい関係を――。

 

「……あ?」


 間抜けな声が漏れた。予想外の妃奈の行動に、俺は目を疑った。


 彼女は最後まで俺と目を合わせず、あろうことか全てを諦めたように、瞼を落とした。


 自分の意志を締め出し、他人に全てを捧げるように、硬く目を閉じてしまった。


「……どうぞ」


 淡く色づく唇の隙間に、色のない声が漏れる。


 たった三文字だった。


 たった三文字で、妃奈は妃奈を捨て去った。




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