15話 女王様のお着替え
放課後の俺の家。真白さんが作ってくれた夕食を食べ終えると、洗面所の扉が開く音がした。
「……黒川君」
続いて、氷のような冷たい声。
「やっぱり似合うな、その衣装――」
「おすわり」
問答無用の命令口調。やっぱり見た目から入るのは大事だ。あのぽんこつな真白さんに威厳を感じる。
「もう座ってるんだけど」
「お・す・わ・り」
ジト目なのに目力がすごい。俺は圧に押されるように、あぐらから土下座三秒前のようなぴしっとした正座に組み替える。
それを見て真白さんがフンと鼻を鳴らした。「おすわり」がお気に召したようだ。
「……それで、このお洋服はなんなのでしょうか?」
彼女は俺を見下ろしながら仁王立ちをし、珍しく腕を組んでいた。
だけどただ怒っているというわけではなさそうだ。ぷくっと膨れている頬は真っ赤だし、腕を組んでいるのは不機嫌だからというより、胸元を隠すためみたいだし。
「なにって、真白さんに似合いそうな女王様の衣装を選んだつもりだけど」
「いくらなんでもえっちすぎます! 黒川君のスケベモンキーヒューマンっ!」
少しだけ上達した罵声を浴びせた真白さんは、手に持っていた小さな箱を俺に投げつけた。
腕から解放されぷるんと弾む胸。俺は思わず目を奪われ、無防備だった眉間に箱が直撃すした。
どうやら角が当たったらしい。箱が少し凹んでいる。痛い。
「……絆創膏の箱? 真白さん、どこか怪我したの?」
あるいは、箱をぶつけて怪我したときのために準備してくれたのか? 行き届いた配慮が素晴らしい。
「なっ、なんでもないです! どこも怪我していないので、あんまりこっちを見ないでください!」
「俺が買ったんだから見る権利はあるだろ。それに、なんだかんだ言って真白さんも着てるわけだし」
本当に嫌なら着ずに突き返せばいいんだから。
「うぅ……。だって憧れの女王様になりたくて……。でもでも、こんなに色々と見えてるのはやっぱりおかしいですよ……!」
涙目で睨まれているが、俺は遠慮なく彼女の姿を眺めた。
二日前に通販で頼んだ女王様のコスプレ衣装。最速で届く設定にしたのは英断だったと思う。
黒を基調としたゴシック調の衣装。
胸元は大きく開き、白い肩は剥き出しだ。そのくせ肘から下にはアームカバーがついているのがなまめかしい。
きゅっと絞られた腰がくびれを強調し、スカートの下から伸びる細い足には網タイツを纏っていた。
それだけでもヤバいのに、スカートが短すぎる。これは正座をしながらでも――。
「ちょっと、覗かないでくださいよっ!」
スカートを手で押さえられてしまった。それは大変残念ではあるのだが、今度は腕に隠されていた胸が丸見えである。
胸の谷間から腰までを繋ぐファスナーが目を引く。安っぽい作りのそれを下ろしたなら、真白さんはどんな反応をするだろうか――。
「あ、あの……目がちょっと、怖いんですけど……」
「悪い。似合ってるなって思って」
「うぅ、全然嬉しくない……」
すっかり涙目になってしまった真白さんは、なぜか頭に猫耳をつけている。買った俺が言うのもおかしいけど、女王様になりたいだけなら猫耳はつけなくてもよかったんじゃないだろうか。
絶対に言ってはやらないけどな。絶対に。
それにしても素晴らしい買い物をした。黒の衣装に剥き出しの白い肌がよく映える。露出が多いのに不思議と上品に見えるのは、真白さんだからだろう。
黒に包まれた白を、もっと汚したい――。そんなドロリとした熱が、胸の奥で音を立てた。
「……さ、さすがにこの衣装はだめかもしれません。黒川君もいつもと違いますし、なんか怖いです。やっぱり、着替えて――」
「いや、今日はこれでやろう。いつもと違う時こそ新しい自分が見えるかもしれない。変わりたいって言うなら、変化を恐れたらだめだ」
「……わ、わかりました。芯のある強い女性になるため、がんばります……。で、でも、恥ずかしいので……」
口をもごもごさせた真白さんは、俺に背を向け、自分のカバンの口を開けた。
「おお……」
前からみたら気付かなかったが、肩どころか背中まで剥き出しだ。肩甲骨の下まで丸見えである。
……あれ、普通ブラの紐が見えるんじゃないか? 学校帰りにそのまま家へ来てるから、紐がないタイプの下着をつけてきてるとは思えないし……。
もしかして真白さん、ノーブラ?
「いやいや、まさかだろ……」
そういえば、さっきからやたらと胸がぽよんぽよん弾んでいる気がする。
いやいや、だけど衣装の生地はかなり薄いんだ。ノーブラだと絶対に乳首の形が分かってしまう。学校ではあれだけガードが硬いんだ。さすがにそれは――。
ふと、床に転がしたままの絆創膏の箱が目に留まる。
「……」
恐る恐る、箱を手に取り逆さに振った。
ぽろぽろと、出てきたのは絆創膏を使った後のゴミが二つ。
つまり真白さんは、絆創膏を二つ使ったのだ。
どこに?
「ん、どうしたんですか? すごい顔してます」
いつの間にかこっちを向いていた真白さんが、こてんと首を傾げた。
「い、いや、なんでもない!」
「? 黒川君、さっきから変です。やっぱり着替えた方が……」
「いや、それはいけない。続けよう」
そうじゃないと、使われた絆創膏が報われないだろう。
「……はぁ。さっきからそれっぽいこと言ってますけど、黒川君はただ見たいだけですよね。……ほんと、やらしいです」
そう言いながら真白さんは、俺の背後に回りこんだ。
「真白さん?」
「だから、そんなすけべなモンキーヒューマンさんには、おしおきが必要だと思うんです」
しゃがむ気配に、ふわりと香る真白さんの匂い。
「……!」
柔らかな生地の感触が額に触れ、そのまま俺の視界を塞いだ。
「これ以上は見せてあげません。だから目隠しをさせてもらいますね。あ、このタオルは使ってないので綺麗です。安心してください」
頭を締めるように、後ろでギュッとタオルが結ばれる。
本当に何も見えない。諦めて目を瞑ると――。
「っ!?」
代わりに敏感になっていた耳に、ふっと息が吹きかけられた。
「ふふっ。えっちなわんちゃんには、罰を与えてさしあげます」
闇の中で、いたずらな声が弾んでいた。




