14話 後輩女子は誘いたい
朝、あくびを噛み殺しながら校門をくぐった。
早くも遅くもない、いつも通りの登校時間。昨日のことが頭の中にチラつく。
昨日は真面目な話ばかりで、女王様らしいことをあまりさせられなかった。
真白さんは罵倒の練習に謎の手ごたえを感じていたようだけど、あんなことをどれだけ繰り返したって最初に感じた「本物の感情」を見ることは叶わないだろう。
「……まぁ、まだ二回目だしな」
がっついても嫌われるだけだ。女王様とか言ってても、普段の真白さんはガードの硬いお嬢様だ。焦らない方がいいだろう。
考えるのをやめると、周囲の喧騒が自然と耳に届いた。
朝練をする運動部の掛け声、盛り上がる女生徒たちの笑い声。繰り返す日の音。だけど今日は、聞き慣れないものが混ざっていた。
「――こども食堂のボランティアを募集しています。人手が足りないんです」
場を華やかにする、明るくてよく通る声。昇降口の前でチラシを配っている少女の姿があった。
小柄な身体にくりくりとした瞳。肩まで届きそうな髪を揺らしながら、あっちこっちと小動物のように駆けまわってはチラシを配る。
チラシを受け取った男子に人懐っこい笑みを見せると、すぐ次へ。緩み切った顔の野郎共を大量生産しているのはわざとだろうか。
「料理の手伝いや配膳、子供達の勉強を見てくれる方いましたら、参加してもらえると嬉しいです」
こども食堂のボランティアがあるなんて初耳だ。チラシ配りも初めて見たが、俺が興味なかっただけで普段から活動してたのかな?
「……俺には関係ないか」
歩きながら大きなあくびをひとつ。ぼやけた視線を戻すと――くりっとした瞳と、目が合った。
チラシ配りをしていた少女が足を止め、俺を見ていた。
完全に捕捉された。街でチラシ配りをしている人に見つかった時と同じ気まずさを感じながら、少女の「逃がさない」という圧のこもった笑顔から目を背ける。
これがRPGで有名な「にげる」「しかし回り込まれた」ってやつだろうか。貴重な経験をしたかもしれない。
「おはようございます! 一年の赤坂陽花里です! 先輩……ですよね。お名前聞かせて欲しいなぁ」
手に持ったチラシを差し出す少女――赤坂は、屈託なく笑いながら俺の進路を塞ぎ、足を止めさせてきた。
初対面の先輩にこれか。小動物みたいに可愛らしいのに、度胸がある。
「……二年の黒川凛音。チラシありがと」
薄っぺらなお礼と交換に受け取ったチラシを見ると、賑やかだった。
丸い文字でこども食堂ボランティアについて記載され、空いたスペースに子供が描いたであろう個性的な絵が散らばっている。
クオリティが高いとは言えない。けれど、作った人の存在が感じられて粗末には扱いづらい。
雑に折りたたんでポケットに突っ込もうと思ってたのに、どうしたものか……。
視界の端で、赤坂がにんまりと口角を上げた。
「へへ~ん。いいチラシでしょう?」
なんだそのドヤ顔。腹立つな。
「私が文章を書いてコピーしたものに、子供達が一枚ずつ絵を描いてくれたんです。だから同じ物が一枚もない、全部が多様性でレインボーなんです! ほぉら先輩っ、もっと欲しくなったんじゃないですかぁ?」
「気持ちだけ受け取ったよ。これは返すな」
興味がないのに捨てづらいチラシとか、貰っても困る。
「ぶっぶ~。返品交換は受け付けておりません。お支払いはぁ、先輩のか・ら・だ……で、お願いしまぁす」
「押し売りと人身売買は犯罪だ。自首するなら付き合うぞ?」
「私が捕まったら面倒を見てる子供たちが泣いちゃいます。酷いなぁ先輩、人の心がないんですか?」
「捕まることをしなければいいだろ。子供たちのために清く正しく生きろ」
「捕まえる人がいなければ、捕まる人もいないんです。子供を守る為なら、私はなんだってしますからね」
とんでもない暴論を吐きながら、赤坂は悲劇のヒロイン面で俺を見る。涙目のくせに目力が強い。けれどその口元はニヤリと緩んでいる。
可愛らしい顔には似合わない神経の図太さ。
こいつのクラスを覗いたらどうなっているのだろうか。赤坂の周りに男どもが這いつくばって、必死に拝んでいる光景が容易に思い浮かぶ。
ううん、まさに女王様だ。真白さんにも見せてやりたい。きっと感動することだろう。
「……というか、俺に構ってる暇あるのか? もうすぐホームルームの時間だろ」
「先輩ってあれですか。ゲームで魔王を倒さないといけないのに、レベル上げが楽しくなって目的と手段をごっちゃにしちゃうタイプですか?」
「いや、効率的に最短ルートを攻めるタイプだ」
「えーつまんない。デートに分刻みのスケジュールを用意してくるタイプですかぁ。うわぁ、きっつう……」
「なんでいわれのない罵倒を浴びせられてるんだ、俺は……」
デートなんてしたことないから分からんわ。
真白さんもこれくらい罵倒できたら練習なんていらないんだろうけど、それはそれで俺の心がぶっ壊れてしまうかもしれない。
「そもそもなんの話だよ。人を傷つけるのが趣味ってだけなら俺は行くけど」
「やぁですねぇ、先輩。私みたいな可愛い女の子がそんなおかしな趣味のわけないでしょう?」
どの口が言ってんだ。
「私はチラシ配りの話をしてるんですよ。チラシ配りは手段であって、先輩みたいな超有望なボランティアさんを捕まえるのが目的なんです。だから今日の目的は達成しました。……やったよみんな、お姉ちゃんが配膳と片づけと、更にお勉強まで教えてくれそうなお兄さんを捕まえたよ!」
赤坂は俺に見せつけるようにぎゅっと拳を握った。おかしい、いつのまにかボランティアに参加することが決まってしまっている。
「達成感に浸っているところ悪いが、俺はそういうことには興味がない。他を当たってくれ」
「だと思いました。だから声を掛けたんです」
「は?」
「チラシ配りの時に興味ありげに見てくる男子って、だいたいボランティアじゃなくて私が目当てなんですよ。だから連れて行っても私が見てないところでサボってたり、子供そっちのけで私にばかりちょっかいかけてくるんです。一応こちらからしたら手伝って貰ってる立場なので、冷たくあしらうこともできなくて……」
明るかった赤坂の顔に暗い陰が落ちる。よっぽど嫌な思いをしてきたのだろう。
「だから今回は逆張りして、全然興味なさそうだった先輩にお声掛けしました。チラシを見る目も優しかったし、先輩なら子供を任せても大丈夫そうだなって!」
「それなら女子を誘えばよくないか? むしろ女子の方が興味を持ちそうな内容だけど」
「……先輩は女の怖さを知らないんですよ。あの人たち、さっきまで楽しくお喋りしていた人の悪口を平気で言ったりするんですよ? 可愛い子供たちに悪い影響を与えたらどうするんですか!?」
さてはこいつ、女友達いないな。
「だからって男にばかり声を掛けてたら、余計女に嫌われるんじゃないか?」
「……だって、男の人の方が優しくしてくれるんですもん」
赤坂は唇を尖らせながらそっぽを向く。いちいち仕草があざといというか、男心をくすぐってくる。
これも彼女なりの処世術なのかもしれないけど、その割には男関係で悩んでいるようだ。社交性がありそうに見えて、案外世渡り下手なのかもな。
「……そういうわけで、先輩にはボランティアに参加して欲しいんです。……今は興味ないかもしれないけど、私は諦めません。ですので、その――」
赤坂は一瞬言い淀むと、目をギュッと瞑って、宣言した。
「――見かけたら、また話しかけますのでっ!」
赤坂が言い切ると同時にチャイムが鳴った。
彼女はわざとらしく慌てた姿を見せると「遅刻する~。先輩、また会いましょうね!」と言葉を残し、俺の返事を待たずに校舎へ駆けて行った。
「……嵐みたいな子だったな」
ボランティアを募集してるのは間違いない。けど、それだけなら必ずしも俺にこだわる必要はないと思うんだけど……。
「なにが手段と目的は別だよ。お前が一番混同してんだろ」
彼女にとって、ボランティア募集は目的じゃなくて、手段なんだろうな。
スリッパを履き替え、急いで階段を登る。考えごとをしながら教室に入ると、中で銀の髪が揺れた。
「おはようございます、黒川君。もう、遅刻寸前じゃないですか。このノロマ亀さん、すっぽんぽんにして校庭走らせちゃいますよ……って、あっ!」
目に映ったのは、真っ赤な顔で口を抑えた真白さんだった。
昨日の練習を引きずり過ぎだろ……。




