13話 女王様の将来設計
「ど、どうですか黒川君! 頭を使った最高の罵倒でしたよね!?」
「お、おう」
自信満々に胸を張る真白さん。
罵倒の練習をしろとは言ったけど、さすがに発想が斜め下過ぎだ。
「……どう頭を使ったら、『おたんこ那須高原のエロ豚野郎さん』なんて言葉が出てくるんだ?」
「ふふん。よくぞ聞いてくれました。那須高原は牛さんが有名なんですが、実は豚さんもお盛んなんですよ!」
「豚がお盛んとか言うな。下ネタみたいだろ」
「何を言ってるのかよく分かりませんが、豚さんとMな男性を表現する豚野郎さんをかけてみました。私すごいですよね? 感心しましたか? 見直しましたか?」
「確かにすごいな」
知識量は。
「そうでしょう、そうでしょう。女王様の器を感じますよね」
「……まぁそうだな」
これでは知識豊富な高学歴の女子はみんな女王様になれてしまいそうだ。
とはいえ正しい罵倒のやり方なんて俺にも分からないし、無暗に否定するのも違うだろう。
真白さんは褒めて伸びるタイプの女王様かもしれないし。
「とりあえず、今はそんな感じで罵倒を混ぜながら会話していこう。気になることがあればその都度指摘するから」
「お願いします!」
嬉しそうな返事をした後、真白さんはきょろきょろと部屋を見回す。
見られて困る物はないつもりだけど、そう露骨に見られると居心地が……。
「そういえば昨日よりも部屋が綺麗になっている気がします。隅っこに積まれてた衣類もないですし」
「……」
俺はそっと目を逸らす。
洗濯済みのパンツをそのまま放置していたの、ばっちり見られていたみたいだ。
「あ、たくさん入ってたゴミ箱の中も空っぽに――」
「ごほんっ! 真白さん、男子の部屋のゴミ箱の中身は見ないこと。女王様の目にそんなものを入れたらだめだ」
男子のゴミ箱はプライバシーの塊だ。普段そういう欲求が薄い俺だからいいけど、他の男の物を見たら真白さんの目が汚れてしまう。
「そうかもしれません。さすが私のわんちゃん、いい心がけです。だけどまだまだ掃除が足りていません。ほらあそこ、埃が溜まっていますよ。だめじゃないですか」
「母親の次は姑の真似か? 嫁姑問題が深刻だな」
「全国の姑さんに謝ってください! 世の中のほとんどの方はきっと、お嫁さんと仲良くしようと努力しているはずです。それなのに意地悪の代名詞みたいに言うのは風評被害だと思います! 黒川君のばかあほぉ」
急な罵倒。雑過ぎるとは思うが、これが精いっぱいなんだろうな。真白さんだし。
「全国の姑さんごめんなさいっと。……これでいいか?」
「許しません。罰としてベッドの下も確認します。ふふっ、変なものがあったら、たくさん罵倒してあげますからね……」
「期待に添えるようなものは無いと思うけど……」
おいなんだ、その疑うようなジト目は……。
「先人曰く『男の子の部屋では、ベッドの下を確認するべし』。アニメでもお約束ですし、きっとえっちな物が――」
「先人は文明の進化に疎いんだよ。令和男子のベッドの下なんて埃くらいしかないぞ」
「先人はこうも言ってました。スマホのブックマークと検索履歴、ウェブの閲覧履歴も確認するようにと。ついでに動画アプリの履歴とSNSのメッセージ欄も――」
「……そこまでしたら男女関わらずなんか出てきそうだな。……スマホを交換してお互い見せ合ってみるか?」
「絶対にいやです。一方的に見るから楽しいんじゃないですか」
酷い言い草だな。
「というか、女の子の秘密を探ろうなんて趣味が悪いです。最低だと思います」
「探るつもりもないのに、バレバレの人も居るけどな。俺の目の前に」
「黒川君って、学校ではクールでかっこいい感じだと思ってたんですけど、話してみたら意外と変態なんですね」
「どの口が言ってんだ?」
真白さんは「何言ってるかわかりません」という顔で、「こてん」と首を傾げる。
「黒川君の将来が心配になってきました。こんなに変態でやっていけるのでしょうか」
「だからどの口がって」
また、こてん。
「このままではきっと苦労するでしょう。ですので、私が矯正して差し上げますね」
「矯正じゃなくて調教だろ、女王様」
こてん。
「そういえば将来設計の課題、もう書けましたか? まだでしたら、授業で発表する前に私がお話を聞きますけど」
「……」
何を言っても無駄そうだ。急に無敵の人になりやがって。
俺はため息をつくと、背中を向けていたベッドの下から紙を取り出し、真白さんにつきつけた。
「えっちな紙ですか? やっぱりあるじゃないですか、黒川君のえろあほぉ」
「そんなもの出すか」
エロいものではなく、真白さんが来たとき慌てて隠した課題だ。
回答欄の中身は相変わらず空っぽで、書いては消した文字の跡が薄く残っている。
……見られたくないものはベッドの下。先人の知恵はバカにできないな。
「ふむふむ。お悩みのご様子」
「ああ……自分が何をしたいかさっぱりでな」
どんな進路に進んだって、俺は誰かの期待に応えようとするだろう。
そんな将来は嫌だって抵抗しても、それじゃあどう生きたいのかを答えられない。
この紙と同じ、空っぽだから。自分の意志なんてない人形だから。
「そもそもさ、高校生で将来の夢を発表とか意味わからないよな。先生との進路相談も、相談を強制されるとかあり得ない。学校の都合のためだろ」
「……考えてみればそうかもしれませんね。さすが黒川君です、ナイス反抗期!」
罵倒も褒めるのも下手だな。
「……真白さんはもう課題書いたの?」
「いえ、まだですけど……書くことは決まってます」
「決まってる?」
真白さんの顔に一瞬、陰が落ちた気がした。
「はい。いい大学に入って、大きな会社に入る。それで両親に安心してもらいたいなって」
「立派な夢だな」
なんとなしに吐いた言葉は、驚くほど棘があった。
嫌味を言うつもりはなかった。それなのに、真白さんは眉をへの字に曲げて力なく笑う。
「……やっぱり、こんな将来設計じゃだめですよね」
「俺なんかよりはずっと良いと思うけど」
「自分で言ってて思うんです。私の人生のはずなのに、どこか他人事で……熱がないなって」
「熱?」
「就職するのがゴールで、自分がなにをしたいとかが全然ない。きっと、会社も大きければそれでいいってだけで。……こんなの、志望動機とか聞かれたら大変ですよね。私が面接官なら落としますよ、こんなやつ」
「真白さんのことだから、面接の前にはしっかり考えておくだろ」
「そうですね。それで運よく潜り込めたところで数年働いて、将来有望で優しい男性とお知り合いになって……恋をして、結婚する。そんな見栄えだけよくて、中身すっかすかな安物のマカロンみたいな将来設計。なのに、それが正しいと思うのは――」
――お母さんが、そうしろって言うからなんですよ。
真白さんの口が閉ざされた、一拍の間。俺は机の上に置いた課題に目を落とす。
彼女はきっと、この回答欄を簡単に埋めることができるのだ。
でもそれをしないのは、埋めれば埋めるほど、穴だらけに見えてしまうから。
「……ごめんなさい。急にこんな話をして。今は黒川君の話だったのに」
「気にしてないよ。真白さんでも悩むんだな」
「私にだって悩む権利はあるんですよ? それに女王様だって、黒川君がいなかったら私は結局なにもしなかった……できなかったと思います」
彼女は自嘲するように「昔から、ひとりじゃなにもできない子なんです」と続けた。成績優秀で人望も厚い真白妃奈なんて「偽物」だとでも言うように、その声は無力感に満ちていて、聞いていて息が詰まる。
「真白さんができない子だったら俺はどうなるんだ。嫌味にしか聞こえないぞ」
「周りの評価と自己評価って、必ずしも一致するものじゃないですから。他の人には見せられない嫌なところ、自分にはたくさん見えていますし」
「男を踏んで興奮するとか?」
「それとこれとは別の話ですっ! ……もう、やっぱり黒川君はいじわるです」
「事実を言っただけだ」
拗ねたように俺を見ていた真白さんが、ふっと口元を緩ませる。
不意を打つような仕草に、一瞬目を奪われる。そんな俺に気付いてるのかいないのか、彼女は悪戯っぽく目を細めた。
「こんなことを誰かに話したの、初めてです。黒川君はいじわるのくせに、不思議と話しやすいんですね。大変不本意ですけど」
「女王様の趣味があるってことに比べたら、将来への不安なんて普通過ぎる話だよ。なんなら今すぐ忘れたって構わないが?」
「……ううん。黒川君には、知っていてほしいかな」
そう言って彼女は、子供っぽい笑みを浮かべる。
胸の奥で『トクン』と優しい音がする。
遅れて広がった温かな感情を、俺は知らなかった。




