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女王様見習いの清楚お嬢様は、○○○の穴を埋めて欲しい  作者: 弥波明希
2章 偽物わんちゃんの気付き

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12話 女王様は罵倒したい

「いただきます」


「どうぞ召し上がれ。しっかり噛んで食べるんですよ」


 テーブルに親子丼とみそ汁、そしてサラダを並べてくれた真白さんは、俺と向かい合うように座ると母親のようなことを言う。

 俺がからかい過ぎたせいでしばらく口を聞いてくれなかったが、料理に集中しているうちにすっかり気分は落ち着いたらしい。


「宣言通りネギは大きめだけど、これはこれで美味いな。もっと嫌がらせみたいなサイズかと思った」


「当然です。わざと味を損ねるなんて、そんなの食材に対する冒涜ですから」


「真白さんも一緒に食べたらいいのに」


 食べているのは俺だけだ。彼女の前にはお茶の入ったコップしか置いていなかった。


「夕食を食べられなくなると、お母さんがうるさいので」


 色々と厳しい家らしい。俺も昔はそうだったし、無理は言えないな。


「本当に美味しいよ。ありがとう」


「どういたしまして」


 真白さんはテーブルに両肘をつき、組まれた手の上に顎を乗せて、「ふふん」と得意げに笑った。

 行儀の悪い仕草。だけどその顔は学校で見るよりもずっと柔らかくて、俺を映し続ける瞳には温かな喜色を湛えていた。

 手料理を褒められるってそんなに嬉しいのだろうか。


「……見過ぎだろ。さすがに食べ辛い」


「他にやることないですし~」


「宿題でもやってればいいんじゃないか? 終わったら見せてくれ」


「それは自分の力でするものです。サボろうとする悪い子にはお仕置きしますよ……なんて、今のちょっと女王様っぽくなかったですか?」


「全然だめだ」


「えぇ~……」


 真白さんはしょんぼりと眉尻を下げた。


「……やっぱり、黒川君はいじわるですね」


「率直な感想だよ。今のは女王様っていうより、過保護で過干渉な母親って感じがするな」


「過保護で過干渉な……おかあ、さん……」


 真白さんの瞳から、ふっと光が消える。

 空気がどんよりと重くなっていく。……どうやら地雷を踏んだらしい。


「あー……えっと、そうだ。いきなりだけどさ、今から女王様になる練習をしないか?」


「れん……しゅう?」


「そう。真白さんの理想はなんだ? どんな人になりたい?」


「私が、なりたいのは――」


 相変わらず陰った瞳のまま、けれど迷いのない言葉が紡がれる。


「『イケ犬』の主人公のアリスです。しっかり者の女王様で、だけど優しい、自立した人」


「自立、か」


 ――果たして「女王様」は自立に繋がるのだろうか。


 俺の母さんもそうだったが、子供への過干渉は自分の不安からくるものらしい。

 今食べている料理もそうだが、どうやら真白さんはとても世話焼きのようだ。それはそれでありがたいんだけど、それがもし親の過干渉と同じ不安から来るものなら……自立は遠のくだけかもしれない。


「黒川君、どうかしましたか」


「……」


 女王様も人を支配するという意味では、過干渉な親と同じだ。

 その根源が不安にあるのなら、「女王様なんて意味がない」と否定してあげた方がいいのだろうか。


 だけど、昨日真白さんは楽しそうだった。妖しく歪む唇も、紅潮する頬も、全ては学校で見る清楚で真面目な優等生の彼女からは考えられない表情だった。


 俺はそんな彼女をもっと見たい。それが「偽らざる感情」だ。今更やめさせるなんて――。


「黒川君っ!」


「……!」


 思考の沼から意識が引き戻される。真白さんが心配そうな顔で俺を見ていた。


「ボーっとしてましたけど、大丈夫ですか?」


「悪い。ちょっと考え事をしてた」


「もしお疲れなら、今日はもう帰りますけど」


「大丈夫だよ。美味しいものも食べられて、むしろ元気になったくらいだ」


 作って見せた笑顔は、少しわざとらしかったかもしれない。

 それでも真白さんは、ほっとしたように頬を緩めた。


「ならいいですけど、無理しないでくださいね」


「真白さんこそ無理するなよ。昨日みたいに逃げ出すのは勘弁な」


 この関係が真白さんにとっていいものなのか、それは俺には分からない。

 だけど利害が一致している内は、続けたい。


「あれは黒川君が悪いです! 私は真剣に女王様をやってたのに……!」


 これがただの「ごっこ遊び」に過ぎないとしても。


「なら今日もがんばろうか。それで思ったんだけど、女王様には飴と鞭の使い分けが必要だと思うんだ」


「っ! たしかにアリスも言っていた気がします! 確かアニメ第2話の初めての調教シーンで――」


「それは知らんけど、真白さんは飴が多すぎるからな、鞭も使えるように練習しよう」


「分かりました。黒川君をべちんばしんと叩きます。えっと、申し訳ないんですけど、鞭の代わりにそのベルトを貸してもらってもいいですか?」


 なんで鞭の代用品をすぐに思いつくんだよ。怖いわ。


「……いや、そういうのじゃなくて。今回は言葉責めがいいと思う。真白さんは人を気遣うことが多そうだから、今日は罵倒をしてみてほしい」


「……罵倒をしてほしいだなんて、やっぱり黒川君は変態さんなんですね。その、ちょっと困ります……」


 解せない。ドン引きした顔で見られないといけないのか。


「……てか今更だろ。わんちゃんだって罵倒じゃないのか」


「それは違います!」


 急に大きい声。びっくりした。


「ファンにとって『わんちゃん』という呼び方は愛と親しみを込めたものであって、バカにする意図はまっっったくないんです! むしろ最大級の敬称といっても過言ではありません! ファンネームでも、男性は『わんちゃん』女性は『わん子』と自称しているくらいなんです! 私も『ひなわん子』という名前でSNSやってますもん‼」


 拗らせすぎだろ。


「……アニメの話はまた後日聞くとして、今は罵倒の練習だ。女王様の基本スキルだと思うけど」


「で、ですけど普段悪口とか言いませんし……」


「それは美徳だと思うけど、女王様にとっては悪徳かもしれないな」


「ばかあほぉ……とかですか?」


「幼稚過ぎる。もっと頭を使え」


 それじゃ可愛いだけだ。


「頭を……。えっと、えっとぉ……」


 なにかを唸りながら考え続ける真白さんを見ながら、俺は残った親子丼を食べ終えた。

 本当に美味しかった。明日の朝食分も用意してくれているとかQOL爆上がりだな。


「――あっ、整いました!」


「大喜利でもやってたのか?」


 真白さんは不敵な笑みを浮かべて胸を張る。


 さぞ自信があるのだろう。では見せてもらおうか、女王様見習いの本気というやつを。


「いきます。黒川君の――」


 来るぞ。真白さんの本気の罵倒。

 おかしい、なんでこんなにワクワクしてるんだ? 俺はただ彼女の練習に付き合ってるだけのはずなのに。

 こんなの、まるで本当にドMのわんちゃんじゃないか……。


「黒川君のっ――おたんこ那須高原のエロ豚野郎さんっ‼」


「……」


 達成感に溢れた顔をしている真白さんはおいといて、これだけは言っておかないといけないだろう。


 ――栃木の人、ごめんなさい。


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