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女王様見習いの清楚お嬢様は、○○○の穴を埋めて欲しい  作者: 弥波明希
2章 偽物わんちゃんの気付き

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10話 お嬢様とわんちゃん

 昼休み。待ち合わせた空き教室に入ると、窓際の席でひとり座る真白さんが、ぼんやりと外を眺めていた。

 机に頬杖をつく彼女の銀の髪を、開け放たれた窓から入ってきた風が弄ぶ。

 空っぽに見える青い瞳。触れれば壊れてしまいそうな横顔は、女王様を演じていた真白さんとはまるで別人だ。


「悪い。待たせたな」


 彼女とは昼食の約束をしていた。教室だと大事な話ができないから、ふたりだけになれるこの場所に来てもらったのだ。


「全然です。それでは、いただきましょうか」


 俺を見てぎこちない笑みを浮かべた真白さんは、机の上の弁当箱を開く。色鮮やかな中身が食欲を誘ってきた。 


「今日も美味しそうだな」


「……腹ペコわんちゃんみたいな目をしたってダメですよ。黒川君の分はありません」


 そんな目をした覚えはないが。


「昨日のお弁当はお礼とお願いを聞いてもらうための手土産ですから。山吹色のお菓子ってやつです」


「それは賄賂だろ」


 時代劇も見るのか。趣味の幅が広い。


 俺は真白さんの前の席に陣取った。椅子に横向きに腰かけ、窓際の壁にだらりと背中を預け、買ってきた菓子パンの封を破る。

 ビニール袋の破れる音に反応して、真白さんは眉をひそめた。


「……昨日言ったこと、覚えてますか?」


「バカえっちスケベ犬?」


「違いますっ‼ いえ、違わないですけど……。食事中に変なことを言わないでください。そうじゃなくて、お昼くらいはちゃんとしたものを食べてくださいって話です」


「人の多い食堂は苦手なんだ。それにあんな場所だと話しづらいだろ?」


「なら私みたいに、お弁当を作ってくるとか……」


「料理も苦手」


 できないわけじゃないけど、めんどくさい。怒られそうだから言わないが。


 真白さんは呆れと怒りの混じった顔で口をもごもご動かすが、出てきたのはため息だけだった。


「……それで、わざわざ呼び出してどうしたんですか? みんなに見られてる中でのお誘いは、さすがに恥ずかしかったんですけど」


 非難するように真白さんが目を細める。本人は怖い顔をしているつもりだろうが、きっとクラスの男子達には「可愛い」と言われるだけだろう。


「視線を集めたのは真白さんだろ。『わんちゃん』ってなんだよ。あの後の教室の空気は最悪だったぞ」


 午前中ずっと男達から嫉妬の視線が飛んできたぞ。すれ違う時に露骨に舌打ちされたりとか、勘のいいオタクから生臭い視線を向けられたりとか、本当に息が詰まった。


「そ、それは申し訳なく思ってます。すっかり動揺してしまって、自分でもなにがなんだか……」


「真白さんってさ、嘘とかごまかしが下手だよな」


「べ、別にいいじゃないですか……。嘘が上手いことは誇れることではないと思いますし」


「でも、それだと他の人にもバレるんじゃないか? 女王様のこと」


「うぅっ……。黒川君がいじわるです」


 箸で卵焼きを掴んだまま、真白さんは大げさに肩を落とした。


「やっぱり、やめた方がいいですよね……」


「え?」


「あんな、人には言えないようなこと……おかしいですよね。憧ればかりが先行して、分かってなかったんです。私達のしたことは、すごくおかしなことなんだって」


「……」


「あんなことを続けたら、きっといけないんだと思います。だから、もうこれっきりに――」


「それはだめだ!」


 咄嗟に出た大声に自分で驚く。

 だけど、譲れなかった。昨日見た知らない感情。本物の自分を知るために。


「俺には必要なんだ、あの関係が」


 真白さんは戸惑いながら、弁当箱の上に箸を置く。


「……どういう、ことですか?」


「あの時に感じた、込み上げるような感情をまた知りたい。決して演技では作れない、熱くてドロドロとしたもの。……きっとあの衝動の奥に、本当の自分が居ると思うから」


「本当の、自分……」


「真白さんもそうだ。あの時の真白さん、いつもよりずっと生き生きとしてた。楽しそうだった。それが悪いなんて、あるわけない」 


 異常だとレッテルを貼るのは簡単だ。だとしても、それを切り捨てて良いなんてことにはならない。

 だって、どんなに歪んで醜い物だったとしても――自分の一部なんだから。


「……昨日のこと、私はもう忘れたい。……恥ずかしいんです。こうやって黒川君と話すのも、すっごく気まずくて……」


 そう言って、真白さんは力なく首を振った。


「だけど、全然だめなんです。考えないようにって思えば思うほど、頭から離れなくなってしまいます。黒川君の顔を見るだけで、昨日のことが鮮明に浮かんでくる。だから今朝も、あんな醜態を晒してしまって……私、壊れちゃったみたいに……」


 真白さんは小さく俯いた。銀の髪の掛かった肩が、心細そうに震えている。

 彼女が守ってきた日常を、俺は壊そうとしているのかもしれない。

 戸惑う彼女の手を引いて、おかしな世界へ引きずり込もうとしているのかもしれない。


 それでも――。


「壊れたっていいだろ。自分らしさを縛る枷なんて……壊してやれよ」


 俺は知りたかった。彼女と関わり続けることで、自分がどうなるか。

 そして真白さんが、どうなっていくのか。


「……黒川君はいじわるで、無責任です」


 下をむいたまま、彼女はぽつりと呟く。


「もう忘れようとするの、諦めます。きっと私だけなら、あんなのはおかしいからってやめようとしたと思いますけど。……だけど、黒川君が居てくれるなら……もう、全部諦めます」


 仄かに頬を染めた真白さんが、上目遣いで俺を見た。僅かな期待がこもる瞳で。


「黒川君には責任をとってもらいます。私のわんちゃんになってもらいますよ。いいですね、わんちゃん?」


 とんでもないセリフだ。清楚で優等生な真白さんから出たとはとても思えない。

 だけどそれが、俺にはすごく嬉しかった。


「もちろんだ。あんなのじゃ女王様を名乗るには百年早いからな。もっと鍛えてやるよ」


「わんちゃんなのに上から目線ですね? 昨日は私に踏まれてあんなに硬く……やっぱりなんでもないです……」


「恥ずかしがるなら言うなよ。俺までいたたまれなくなるだろ」


 ふたり顔を見合わせた後、揃って吹き出した。




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