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婚約破棄された悪役令嬢、前世は空売り屋なので偽聖女の株を暴落させますわ  作者: 朝霧ナギ


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第二十三話 王命

知らせを持ってきたのは、父だった。


和平の書面に署名した翌朝。屋敷の居間の戸口に、門番の外套を着た父が、一枚の紙を持って立っていた。


「広場に、王命が貼り出された。門の前を通った役人が、置いていった。……読むか」


父は、わたくしの目を見なかった。紙を卓の端に置くと、すぐに背を向けた。廊下の向こうへ、門番の重い靴音が遠ざかっていった。


王子セドリックの名と、王家の紋。その下に、太い字で一行。


――王都の路上と広場における、売買と集会を禁ず。


わたくしは、一度だけ読んで、紙を畳んだ。


「まあ。ずいぶん、お早いこと」


◇


昼までに、王都じゅうが騒がしくなった。


丘の下の通りで、露店の商人たちが荷をまとめていた。衛兵が、広場に集まりかけた人々を追い散らしている。


路上と広場は、王命で。屋根のある市場は、昨日わたくしが署名した契約で。


王都のどこにも、わたくしが祝福債を売れる場所はない。王都じゅうが、そう思うだろう。


三日後、港町のグリムから早馬の手紙が届いた。


――王都の王命の噂が港に届いた。盟約の外の商人が三人、取引所の預け金を引き揚げた。お前が負けたのなら、港の手形も危ない、と言ってな。マルタが、お前に聞けと言っている。負けたのか、と。分からん、と答えておいた。


手紙を持つ指に、少しだけ力が入っているのに気づいた。


預け金を引き揚げた三人の名を、わたくしは知らなかった。盟約の外の、小さな商人たちだ。わたくしの勝ち負けに、自分の暮らしを預けてくれていた人たち。


返事を書こうとして、ペンを置いた。書けることが、まだ一つもなかった。


◇


その日の夕方、ルーカスが屋敷に来た。


門の前で父と短く言葉を交わしてから、居間に通された。


「門番が、お前の父親だとはな」


「ええ。よく働いてくださいますわ」


ルーカスは、卓の端の王命の紙に目をやった。


「この文言を決めるとき、俺もその場にいた。聖女が、殿下の隣にいた。殿下は、聖女の言うとおりにした」


ルーカスの声が、わずかに低くなった。


「お前の負けか」


わたくしは、窓の外を見た。夕日が、王都の屋根の向こうに沈みかけていた。運河の水面が、ところどころ赤く光っている。


「さあ」


ルーカスは、しばらく黙っていた。


それから、椅子から立ち上がり、扉の前で振り返った。


「お前が何を握っているか、だいたいの見当はつく。王家の帳面だろう」


わたくしは、答えなかった。


「それを王都に撒けば、王家への誹謗だ。牢に入る罪になる」


緑の目が、まっすぐにわたくしを見た。


「お前の罪は、一度だけ見逃すと言った。一度だけだ。二度は見逃さん」


「存じておりますわ」


わたくしは言った。


「一度で、足りますもの」


ルーカスの眉が動いた。何か言いかけて、やめた。


扉が閉まった。


◇


夜。


窓辺の古い椅子で、わたくしは王命の紙を広げた。


あの女は、「屋根のある」の一語から、わたくしが屋根のない場所で売るつもりだと読んだ。だから、屋根のない場所を、王命で塞いだ。


窓の外で、父の立つ門の灯りが揺れていた。


わたくしは、王命を読んだ。


一度。二度。三度。


署名する前の書面を読むときと、同じように。


王都の路上と広場における、売買と集会を禁ず。


路上。広場。売買。集会。

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