第二十一話 白い日傘の茶会
約束の茶館は、王都の西の丘の中腹にあった。
窓から王都の屋根が見下ろせる、古い石造りの店だった。奥の席には、ほかに誰もいない。
リリアは、先に来ていた。
白い衣。淡い金の髪。卓の脇には、畳んだ白い日傘が立てかけてある。
断罪の広間で見たときと、何も変わっていなかった。
「お久しぶりでございます、エレオノーラ様」
「ええ。あの夜以来ですわね」
わたくしは、向かいの椅子に腰を下ろした。
茶が運ばれ、給仕が下がった。窓の外で、鳩が一羽、屋根から屋根へ飛び移った。
「来てくださって、よかった」
「お手紙には、願っております、とございましたもの。願いには、応えて差し上げたくなりますわ」
リリアは、微笑んだ。
◇
「大司教様が、いろいろとお話しくださいました」
茶を一口飲んでから、リリアは言った。
「エレオノーラ様が、祝福債を額面で四万、お借りになっていることも。免罪符のことも」
借金で首が回らない男は、誰にでも何でも話す。
「それで、本日は」
「お話ししたいことは、一つだけです」
リリアは、卓の上に一枚の紙を置いた。
「殴り合いを続ければ、互いの帳簿が汚れますわ」
紙には、短い条文が三つ並んでいた。
――一、エレオノーラは、王都の市場で祝福債を売買しない。
――二、リリアの側は、港町の取引所で祝福債を新たに売り出さない。
――三、互いの事業に干渉しない。
◇
頭から一字ずつ、三度読んだ。
一条目は、大司教から借りた四万を、王都で売らせないための条文。二条目は、港の人々をこれ以上祝福債に巻き込まない条文で、わたくしには悪くない。
三条目の上で、指を止めた。
「この三つ目は、いただけませんわ。干渉、という言葉が広すぎますもの」
わたくしは、指で押さえていた紙を、卓の上で押し戻した。
「わたくしが港で帳簿をつけただけで、あなたの事業に干渉したことにされかねませんわ。王都で息をしただけでも」
「そんなつもりは、ございません」
「つもりは、書面に書いてございませんもの」
リリアは、少しのあいだ、わたくしの顔を見ていた。
それから、卓の脇の日傘に手を伸ばした。畳んだ白い日傘の柄を、指で二度、軽く叩いた。
とん、とん。
その音を聞いた瞬間、耳の奥で、雨が降った。
男の肩越しに見えた、白い傘の縁。その下で、傘の柄に添えられた、白い手袋の指。
指が、二度、柄を叩いた。
それから、撃たれて倒れた路面の冷たさ。
わたくしは、手にしていた器を卓に置いた。かちり、と小さな音がした。
雨は、止んだ。窓の外は晴れていた。
「雨の日は、お嫌いになりました?」
天気の話をするような、穏やかな声だった。
「……いいえ。濡れるのは、嫌いではございませんの」
前の人生で、勝った夜に、傘を差さずに歩いた。それは、本当だった。
リリアは、少しだけ目を細めた。
「そう」
それだけだった。
「よろしいですわ。三つ目は、消しましょう」
あまりにも、あっさりしていた。
リリアはペンを取り、三条目の上に一本の線を引いた。
◇
勝った、と思った。
一瞬だけ。
干渉しない。この一行が残れば、あの女も書面の上では咎められる側になる。あの女が王子を動かして何かをさせれば、それもわたくしの事業への干渉になる。
あの女にとっても、この一行は邪魔だったのだ。
消させて、わたくしに勝ったと思わせる。そのために、わざわざ書いておいた。
わたくしを縛るのは、一条目だけ。三つ目を消せば、目は自然と一条目に戻ってくる。戻ってきたとき、疑う気持ちが三つ目と一緒に消えるように、できていた。
「……囮は、こちらでしたのね」
わたくしは、線を引かれた三条目を指先でなぞった。
リリアは、何も答えなかった。
ただ、茶を一口飲んで、穏やかに微笑んだ。




