最終話 お伽噺のようにはいかないけれど
「…………必ず探し出してやるからな」
ドルツィア帝国の皇帝は、玉座で眉間に皴を寄せながら、地を這うような低い声で宣言した。もぬけの殻になった宝砂王女の部屋には「この国の守護獣は頂いた」と少女の柔らかい文字で書かれた四角い紙が残されていた。
皇帝はそこに一緒に残されていた神器にも気付いていた。金、銀、瑠璃、玻璃、硨磲、珊瑚、瑪瑙が嵌め込まれたそれは見事な王冠だった。頭に戴けば皇帝の頭痛が不思議と消える。
苛立ちや感情の揺れが和らぐ、どう扱っても皇帝にとって利にしかならない物だったが、しかし皇帝はそれを頭に載せることはなかった。
この皇帝はこのあと、国をよく治めた。大陸のめぼしい国を平らげて、いつも眉間に皴を寄せ、近づく物にきつい言葉を浴びせた。妙なカリスマと、そして神の威光のようなものを感じさせた皇帝は妃も側室もおかずに一代のみで国を繁栄させ、そしてその快進撃は大陸の隅々まで皇帝の名を知らしめるまで止まらなかった。
皇帝の後の世にはちょっとした、奇妙な物語が残っている。ぽつぽつと、あちこちの土地で描写が殆ど同一と思われる仲睦まじい男女が各地の問題を解決するという、よくある物語。
しかし物語ではそうした男女は夫婦か何かと語られそうなところ、どの土地でもこの男女は「恋人」と語られる。
とある盗賊団が恋人の女の方を攫い、怒り狂った男の方が山を潰しただの、不治の病に苦しむ少女を不思議な薬で救っただの、なるほど確かに「夫婦」というより若さの感じられる恋人の方がしっくりくるのかもしれない。
時の皇帝はその恋人たちの物語を集めさせて本にした。それを、夜に地方伯爵に読ませては「なんて馬鹿な話だ」と言ったらしい。
恋人二人が歩いた土地と、皇帝の侵略した土地は必ず重なる。実は「恋人」の男というのは皇帝で、恋人の女と安全に旅をしたいから土地を広げたのではないかと、そんな噂が立った時もあった。そのたびに皇帝はその噂話をしたものを断頭台に送り、不敬罪ということで好奇心の塊がいくつか首だけになった。
しかしまぁ、とにもかくにも、かなりの長い間、その物語は世に流れ続け、それでも夫婦、ではない恋人の男女の姿は一切変わらず、そして二人はどれほど広い土地をあちこち渡り歩いていても恋人から夫婦になることはなく、これが二人が「実際にはいなかった」証明なのだと誰もが思ったわけだった。
*
「いい加減、どこかで区切りをつけていただきたいのですが」
青い空、白い雲。
目下に広がる、壊滅した盗賊団の残骸を眺めながら私は溜息をついた。
ついうっかり、私たちの進路に盗賊団のアジトがあるとわかってしまったのがよくなかった。ソドムさんが「貴女に万一のことがあってはならないからな」と、道端の小石すら熱心に跳ねて寄せる心配性の人外が、私が見晴らしの良い丘の上で美味しく御団子が食べられるようにと盗賊団を壊滅させてしまった。
「臆病な男を許してくれ」
返り血一つ浴びず、素手で三十人はいたわりと中規模の盗賊団を皆殺しにしたひとを臆病と思ったほうがいいのか。私はうーん、と首を傾げる。
「確かに貴女にプロポーズというものをしたい気持ちは歌うようにあるのだが、肝心の手品が中々上達しないのだ。プロポーズというのは生涯に一度切きりなのだろう?精一杯格好をつけたい。緊張などして失敗するなど絶対に嫌だ」
神妙な顔で、懐からカラフルな旗の連なる糸を出して見せるソドムさんに、私は返事がわかっているプロポーズのどこで緊張するというのだろうと呆れた。
恋というのはいつか終わるもので、そうしたら私たちの関係も変わるだろうと思ってどれくらい経ったのか。
「恋人同士というものは良いな!宝砂殿!」
尾で私が自分の一メートル以上離れないようにするひとが、手を繋げば破顔する。恋に浮かれていいのだとわかってからの全力っぷり。
私はその少年のような顔を見上げて目を細めた。
なるほど、これが私に恋している男の顔かとしみじみと、噛みしめながら。
お疲れ様でした。
ここまで一緒に見守ってくださってありがとうございました。
前作は「結婚してめでたしめでたし」でしたが、今作、この二人は恋人で終話です。いつまでもティーンのような恋心と人外のズレた感性を引っ提げて、各地で色んな人助けや騒動をしていくことでしょう。




