【番外】旅先で路銀の尽きた神獣魔獣二人旅
「よし、手頃な賊でも捕らえるか」
そろそろ路銀もつきそうだということで、神獣ソドムとしてはライフワークになっているような、別段諸国漫遊をしながら悪を滅する、というつもりもないのだけれど、悪人に人権はない、とくに盗賊は何をしてもOKとかつての夜の庭でのものがたりの一つにあったもの。さしたる問題もないなと、石を投げれば山賊のひとつにでもあたるだろうと気軽に構えていたのがよくなかった。
「…………………なんと、もしや……我らがこの辺りの賊を狩りつくしてしまったのか?」
「そんな……絶滅危惧種に指定した方が良いって、皇帝さんにお手紙書きます……………?」
しかし、あるけどあるけど、ソドムと宝砂の行く先に盗賊や悪人、追剥ぎ一匹も現れない。立ち寄った農村では「へぇ、この辺りは最近平和になりやしてねぇ。なんでも亡国の守護獣さまのご加護だってんで、みんな喜んでおりやして」という話を耳にする始末。
ソドムは己の失態を恥じた。あまりに気安く木の実がなっていたからといって、食い尽くしては意味がない。宝砂も「つい……盗賊ってどこにでも湧いてくるものだと思っていました……」と深い反省を示す。
「次からは、適当に間引く程度にしておこう。何匹か見逃せば再起をはかり、奮起するだろう」
人外、神獣、人ではない生き物は盗賊=ちょっとした小遣い稼ぎの元程度にしか思っていない。中に魔術師くずれがいようが、巨漢の力自慢がいようが、ソドムが笑いながら尾でぺしりとやれば骨ごと潰れる。気になった果実を手に取って己の糧にするような気安さで、人の形をした神獣とその連れは盗賊団を潰して路銀を得てきた。
しかしここにきて、その目論見が上手くいかなくなるだろうとそういう様子。
「さて、どうしたものか」
ふむ、とソドムは口元に手を当てて思案する。
しかし宝砂の方は赤い目をきょとんとさせて、それほどソドムほど現状を憂いていなかった。いや、盗賊が絶滅危惧種になるかもしれないということは宝砂に妙な盗賊愛護精神を芽生えさせかけたが、それはそれ。
「まだ路銀はありますし、農家で何かお手伝いをして泊まるところをお借りしたりすればいいじゃないですか」
そもそも特に目的地のあっての旅ではない。あちこち物見遊山のつもりで、野宿もするしソドムが狩った動物をしめて料理するような生活もしている。
「ここでゆっくりするのもいいですし、少し大きな街に行って何か短期のお仕事をしてみるのもいいいですね。そういえば私、簿記検定とか持っているので活かせるかもしれませんよ」
「宝砂殿」
そういう生活も楽しいものだという宝砂の名をソドムはたしなめる様に呼んだ。
「私は甲斐性のない男にはなりたくない」
「かいしょう」
「宝砂殿に金の心配をさせるなど、男としてあまりにも情けないではないか」
「あ、男女共働きがNOな方ですか、ソドムさん」
「宝砂殿が楽しく働くというのであればそれを疎むような狭量な男ではないが、職場は雄のいない場所にさせてくれ」
「わかりました。その時は狭量の意味についてお互いの認識のすり合わせをさせてください」
まぁとにかく、ソドムとしては恋しい宝砂に「金も稼げない男」と思われたくない、たとえ宝砂が思わないと確信していても、彼の価値観として金のない男というのは情けないものだろうとそういう何かがあるようだ。こればかりは当人(獣)の意地というか矜持というか、まぁ、そんな、他人にとってはどうでもいいものだが、そういう妙なこだわりも含めて宝砂はソドムという神獣のありようを眺めていたい。
「うん?なんだ。あんたら、金に困ってるのか?ははは、そうか。亭主の方が意地になって。あんたら新婚か何かか」
と、二人のやり取りを耳にした村人が話しかけてくる。
ソドムと宝砂は新婚ではなくて恋人同士だという説明をしようとしたが、村人からすればどちらでも構わない。どこかから二人の男女が村に来た。旅をするくらいの仲なのだから、良い関係なのだろうとそういう解釈。
「亭主の方は体躯もいいねぇ。なら一つどうだい。村の祭りに参加しないかい」
「祭り?」
「お祭り?」
「あぁ。このところ平和でそりゃあ良いことだ。あちこち荒らされることも奪われることもない。となりゃ、守護獣さまを讃える祭りをするってもんだろう」
ウキウキと村人の老人が語るところによれば、とにもかくにも、お祭り騒ぎというわけにはいかない。そこまでのたくわえがあるような村ではないが、しかし皆「何か騒ぎたい」という気持ちがあって、それを守護獣さまへの感謝のためと大義名分を掲げることにしたらしい。
*
「おいおい、あっちの男の方じゃなくて、女の方が参加すンのか?」
「あんな小さい体じゃまるで勝負にならんだろう」
お祭り会場、さほど豪華ではないがささやかながら飾りつけのされた広場に集まるのは村人や、近隣の村からこの祭りのためにやってきた参加者達。
参加者の共通点は皆、屈強な大男であるということ。彼らは日に焼けた肌に畑仕事で鍛えた筋肉をテーブルの上にドンと晒し、飛び入り参加だという黒髪に赤い目の美しい娘を笑った。
その隣には「お前が参加した方が良いんじゃないか」と思われる、長身の男。切れ長の目や、この辺りの男たちとは違う品の良い顔立ちは村の女たちの視線を一時奪ったが、その男の目には隣にちょこんと座り「やる気があります!」と気負っている娘にしか向けられないのだから「あーはいはい。新婚さんね」と女たちを早々に諦めさせた。
まぁとにかく。
こうして参加者4名が揃い、この「お祭り」がついに始められると司会者の解説。
者どもが大きなテーブル1つずつを前にして、いったいこれからなんの勝負が始まるのかといえば単純だ。
「まずはッ!!第一の皿!!ヨーゼフさんの家で大事に育てられた雄鶏一羽の丸焼きだー!!!!!!!!!!!!!!!!」
大食い大会である。
盗賊の脅威のなくなった村は、とにかく何か騒ぎたい。
そこで大食いだ。
なぜそうなると誰も突っ込み入れない。
気を抜けば餓死者が出たような寒村。それもこれも周辺の治安の悪さに起因する。その憂いが取り払われ、もう飢えることなどしないぞと、そういう意気込みもあった。
そして参加者は「守護獣さまの遣い」という設定で、村が捧げる供物を平らげていく……と、そういうお祭りだ。
参加者、そして観客たちは宝砂を完全になめていた。
思い出作りというか、土産話の一つにでもとそういうつもりで参加したのだろうと笑う。一応、優勝者には主催のこの村の村長から金一封が出る。ちょっとした金額の予定だが、優勝者はどうせ村長の息子で、一番の大食漢の男だろうと思われて、これはある種の出来レースでもあった。けれどそれでいい。村人たちはとにかく騒ぎたいと、それだけなのだ。彼らは村長からの金一封というのが次の冬を越すためのたくわえであることを知っている。賞金が出ると触れ込めば近隣の村からも人が集まりにぎやかになると、そういう程度の心。
参加者の男三人が次々に鶏の丸焼きを平らげて、次に豚を平らげて、それでもまだ宝砂がモッキュモキュと鶏肉を食べているのを笑って楽しんだ。
「次ぃ!」
村長の息子が大きな腹を揺らしながら、豚の丸焼きを完食した。口の周りは脂で光り輝き、皿の上は食い散らかされた豚の残骸があるが、それらも村人たちからすれば見事な食いっぷり!とそういう評価だ。
「最後の皿は~~~隣村からの提供の牡牛の丸焼きだぁあああああ!!!!!!!!」
この連中は阿呆なのか。
鶏、豚、次に牛。
しかも全部ただの丸焼きである。
趣向を凝らすわけでもなく、ただ焼いた肉の塊である。
一応塩で味付けされているが。
村長の息子以外の二人の男は豚の丸焼きの半分あたりで「……味に飽きた……」「もう食えねぇ……」と脱落した。
ソドムは熱狂する周囲とは対照的に、冷めた目であたりの様子を窺いつつ、宝砂の方に視線を戻せばとたんパッ、と花を見て自然と笑顔がこぼれる少年のような目になる。
「宝砂殿、どうだ。腹は痛くはないか?」
「もぐもぐもぐもぐ………いえ、大丈夫です」
もっきゅもっきゅもっきゅと、宝砂が肉を口に入れて咀嚼していく。
まるで華やかな都のカフェで恋人がお茶でもしているような、愛らしい菓子を食べるさまを男が愛し気に眺めているようなそんな空気だが、食べているのは豚の丸焼きである。
「……ね、ねぇ……ちょっと」
「……なんか……全然、遅くならないわよ……?」
初々しい恋人のデートでも見せられているかのような雰囲気だったので、つい観客たちも「論外」とこの戦いの場外だと相手にしていなかったが、徐々に周囲はこの異常さを感じ取り始める。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
もっきゅもっきゅもっきゅ。
「ね、ねぇ……減ってない!!?」
「減ってるわよ!!!?」
「なんで!!!!!!??????」
可愛らしい、何か甘いクリームの乗ったケーキでも食べているような音が続く。途切れなく続く。そうすると、ゆっくりだが、しかし確実に、豚の丸焼きが小さくなって……そして消える。
「……だ、だがっ!!こいつはどうかな!!!?」
タラリ、と司会者の頬に汗が伝ったが、彼もプロである。なんのプロなのかはわからないが、とにかくプロである。慌てず、次の料理である牛の丸焼きをドーン!と宝砂の前に置いた。
「は、ははは!見ろよ!あの嬢ちゃんの体の倍はあるぜ!」
「あんなもん食べきれるわけがねぇ!」
参加者の男二人はそう笑うが、そもそも二人が完食しきれなかった豚を一頭食べきっていることを二人は忘れているのだろうか。
「いいですね、牛肉。好きですよ」
しかし宝砂はにこりとして、もっきゅもっきゅもっきゅと、また食べ始める。
「……う、嘘でしょ………」
「信じられない」
先ほどの鳥、豚の時と変わらぬ速度で牛の肉が削られていく。
削っているのは宝砂ではなく、隣に座っているソドムだが、これは事前に「宝砂殿の小さな手では取り分けられまい」と司会者に話を付けた特別処置である。
ソドムはにこにこと嬉しそうに宝砂のための肉を取り分けていく。
「宝砂殿、この部位の肉質はとても柔らかいな。味はどうだ」
「もっきゅもっきゅもっきゅ、美味しいです」
神獣ソドムは宝砂に給仕できるのが楽しくて仕方ないと満面の笑みだ。
そういえば赤子の頃はこうしてものを食べさせたこともあるなぁと、そんな思い出に浸りもしている。
「う……うっぷぅ……」
背後に高級有名店の風景でも見えそうな二人とは裏腹に、牛の丸焼きを半分ほど食べたあたりで村長の息子の視線が宙を彷徨った。
「………」
顔色は悪く、指先が震え始め、彼はなぜ自分が今こんな苦しい思いをしているのだろうかと自問自答した。
食は楽しいもののはず。なのにもう食べたくない。食いたくない。肉を切る手は吊って来たし、顎がとにかく疲れた。
鶏肉や豚肉を食べた挙句に、肉の硬い牛を一頭なんて、誰だこんなバカなことを考えたのは。自分の父親と司会者の兄か。
そりゃ参加してる自分も馬鹿の一人だろうよと、村長の息子はそこまで考えて…………嘔吐しかけた。
「うぐぅ……」
しかしそこはなけなしのプライドである。
なんとか踏ん張り、ふんぬっと腹に力を籠め、顔を真っ赤にし、涙でいっぱいになった目で、彼はもう限界だと司会者の兄に告げた。
兄ちゃん……!おれぁもう無理だ!!
弟よ……!!!
お前はよく頑張ったよと、普段弟を怠け者のろくでなしと見下していた兄は、弟の雄姿を心の中で称えた。
祭りの熱気に浮かれて近隣の村の連中と「大食い大会のネタは何にする!?」と盛り上がったが、牛を一頭なんぞオークだって完食できるわけがない。
ぐっでりと机に突っ伏して動かなくなった弟が慌てて母親たちに運ばれていくのを涙ながらに見送って、さぁもうこのバカ騒ぎも終了だろうと……司会者は宝砂の方に顔を見て、停止した。
「あ、すいません。パンとかいただけませんか」
すでに牛を半分平らげた少女が、「味に飽きたので」と別の味を要求する。
「「「「「「はぁあああぁあ!!?」」」」」」
これは大食い選手権である。牛一頭を完食しなければならないのに、なぜあえて摂取量を増やそうというのか。観客は意味が解らない。
「あるのか、ないのかどちらだ」
驚くばかりで行動に出ない村人たちに、ソドムが問いかける。司会者はこそこそっと村長と耳打ちした。
「お、お待たせいたしましたぁ~~~こちら、村の名物の……大窯パンです!!!!」
そしてドーンと、宝砂の前に置かれたのはやけくそで焼かれたとしか思えない巨大なパンだ。
「た、頼まれたからには……これも完食してもらわないと困りますね!!」
卑怯以外の何物でもないが、この辺りで村人たちは宝砂の胃袋に恐怖を抱いている。
もっきゅもっきゅもっきゅとリスのように口を動かすこの娘、もしや完食するのではないかとそんな恐怖だ。しかし優勝されては困る。村の蓄えが持っていかれる。近隣の村の人間も観客としてきており、優勝賞品についても触れ回ってしまったため、渡さないという手を取れば村の評判が悪くなる。村同士の付き合いが大切なことを司会者は良く知っている。ので、金を渡さない卑怯より!大食いのハードルを上げて盛り上げてしまおうと、そういう選択肢を取った!!
「うぉおおおお!!なんだあのパン!」
「なんだあんなのくえっこねぇぜ!!」
案の定、観客たちは盛り上がった。卑怯と思う声も少しはあったが、それでも観客は「あの娘っ子が苦しむ様子が見て見たいな!」とそういう、他人事を娯楽の一つとどこまでも楽しむ人間らしさ。
「追加注文ありなら、飲み物もください。流し込むので」
しかし宝砂はもっきゅもっきゅと、ソドムが切り分ける肉を美味しそうに次々と平らげて、スープまで要求した。
熱狂と恐怖に会場が包まれる。
一定のペースで変わらず減っていく肉。それがついに最後の一切れまで口の中に入り……というところで、村長が宝砂の前に飛び出した。
「この祭りは!守護獣さまへ捧げる供物である!!」
「へ?えぇ、あ、はい。そう聞いてます」
「つまり!!骨の一本も残してはならぬ!!!!!!!!」
びしっと、村長は宝砂の食べた皿を指さした。
骨まで食っていないから無効!!!!と。
さすがにこれには大ブーイングが起きた。
観客たちは宝砂が完食したことを全力で称え、喜ぶつもりであったのに、その瞬間も奪われた上に、あまりにも大人げない新ルールの追加である。
外道~人でなし~~ハゲ~~と、罵られても村長はどこ吹く風である。
一時の熱中で冬の蓄えを旅人なんぞにくれてやれるわけがない。
「ほう。なるほど」
しかし、そんな野次の中、周囲の大声の中にかき消されるほどの小さな声であったのに、妙にその場に響き渡るに十分な重低音が誰も彼もの耳に入った。
「私は楽しいひと時に満足したし、愛しい者の胎が満ちるのを嬉しく眺めていたのだが……なるほど、そういう話をするか」
「ソ、ソドムさん……?」
ふきふきふきと、宝砂の口元を丁寧に布で拭っていたはずのソドムが、前髪で顔に影を作った全く表情の見えない様子で立ち上がった。長く連れ添っている宝砂からすれば「ロクなことが起きない」と予想できる、不機嫌な様子である。
「つまり、私がこれを食らえば問題ないのだろう」
バッギバギバギバギバギバギと、鈍い音が広場に響く。
人の口の中に、手でバギっと折られた骨が入り、そして砕かれていく。異様な奇妙な、不気味な光景に、誰もが動けず戦慄する。しかしその時間はほんのわずかだった。村長の息子が鶏を一羽平らげた時間の半分の半分の半分もない。そのほんの僅かで、丸々一頭の牛の骨が、美丈夫ともいえる男の口の中に放り込まれて、そして砕いて飲み込まれた。
*
村人たちからすれば、ソドムが彼らの崇めた守護獣さまであるなど全く想像にもしないし、そして彼らはそれを知ることは今後一生ないのだけれど、とにもかくにもその光景が「あ、そういえばこの御仁、角っとか尾があるなぁ」とやっと認識させる衝撃があり、人外のものたちなのだと納得させた。
きっと山の盗賊たちもこのようにバリバリ食べられたに違いないと、村人たちは揃って平伏し、盗賊に奪われずに済んだ村の富の一部をソドムに差し出した。
しかしそれは「なんか追剥みたいでいやです」と宝砂が嫌な顔をしたので、ソドムも受け取りを拒否し、代わりに二人は良い馬を手に入れた。
馬の方は「村の人の代わりに自分が食われるのか…!」と怯えていたが、利口な馬であったので「あ、ジブン、食糧じゃなくて移動要員っすね!」と悟り、二人の旅が少し快適になった。
「いやぁ~。食べました、本当。食べれるもんですね」
「ははは、宝砂殿は魔獣の器だからな。その気になれば山一つ分は平らげられるだろう」
「体重が全く変わっていないことが怖いですが、まぁ、いいでしょう」
村を後にし、この辺りに盗賊がいなくなってしまったのなら次は海沿いに行ってみるかとそういう二人。
その後、盗賊たちが頑張って連合を組んで二人を倒そうとしたり、うっかり宝砂が人質になってしまったりと、そんな話もあるのだけれど、とにもかくにも、二人はこんな調子で諸国を行く。
魔獣と神獣についての報告書を貰うたび偉大なる皇帝陛下が王冠を床に叩きつけるが、それも良くある光景で、側近のラト伯爵は今更驚きもしないのだ。
お久しぶりです。
前作の「王弟殿下が間男だと~」の書籍化が決まり、ヒャッホウーとなったので、こちらの番外編も書きました。売れてくれ頼む。あわよくばこっちも続編として本にしてほしいです。




