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「良い夜だな、宝砂殿」
「っ、どの面ァアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」
コツン、と一歩前に進み出て月明りに照らされた偉丈夫を確認し、脊髄反射で私は近くにあったクッションを投げつけた。
「おっと」
しかし当然、神獣ソドムはそれをあっさり避ける。だが視界は一瞬遮ったはず!私は素早く前に飛び出し、その腹に向けて渾身の右ストレートを繰り出した。
「はい、ったぁッ!」
隙あり、というわけではないが、意外にもすんなりと神獣ソドムに……ソドムさんに私の拳がぶつかった!
「い、ったぁ……ッ、硬い!岩!!?」
しかし痛みで呻いたのは私の方だ。私はその場に膝をつき、自分の手を抱えて蹲る。
「し……しまった……すまない宝砂殿、咄嗟に腹に力を入れそうになってな……骨は砕けていないか?」
「ものすごく痛いけど無事です」
「だが痛みはあるのだろう?見せてくれ。うん、可哀想に、赤くなっている。明日には青く腫れてしまうやもしれんな」
痛い、あまりに痛い。なぜ私の方が痛みを感じなければならないのか、いつもこうなる。メソメソと私が泣き始めると、ソドムさんは狼狽えた。
「宝砂殿?拳以外も痛めたのか?それともやはり骨に罅が入ったのではないか?」
おろおろとして、尻尾や手が私に触れようか触れまいか、迷うように揺れる。
それを見て私は再び「どの面ぁああ~」と泣き出した。
なんなんだこのひとは。どうして前と変わらない顔をしているのか。あの港町で私に向けた目はなんだったのか。
やっぱり、やっぱり、と、私はラト伯爵に言った「皇帝の私への借り」が正しいと確信を得る。
ソドムさんは私がベソベソに泣くので益々困ってしまっていた。そして少ししてから、困っている自分に驚いたようにはたり、と動きを止める。
「…………そうか」
「?」
「こちらの話だ。宝砂殿、婚礼を挙げるのだろう?祝いの品を届けに来た。受け取ってくれないだろうか」
そうしてソドムさんが差し出してくるのは、七宝の最後の一つ、黄金の指輪だった。
「これは中々に苦労した。何せ封印を解くためには我が友が妻に贈った求婚の言葉が必要だったからな。あの言葉はあの二人だけのものだったから、当時の妖精たちをかき集めて知恵を絞り、今日までかかってしまった。しかしこれで七つ全てが揃ったな。貴女の婚礼の装飾品に相応しいだろう」
祝いの言葉と共に金の指輪が渡された。
「……どういう、つもり……ですか?」
「?どう、とは?貴女はあの男の元へ嫁ぐのだろう。身分というものは釣り合うらしいが、持参金が必要だ。国はあの男にやってしまったが、これなら十分、貴女の幸せは保証されるだろう」
さぁ受け取ってくれと、笑顔で私に告げる。
「……私にもう興味がないんですよね?」
「うん?」
「皇帝さんの神様が私に触ったから、ソドムさんからしたら私は違うものになって、それで、もう私なんかどうでもいいですよね。でもだったらなんで、こんなことするんですか」
「あぁ、そうだとも。あの外の連中が折角作っていた貴女の体をもとに戻してしまった。私は独占欲の強い男だから手垢ついたものは興味がないのだ。だがそれはそれとして、貴女の体はあの皇帝と共にある限りは安全だ。魔獣になるより、よほど良いだろう?」
「どの面ッ!!!!!!!!!!!!!!」
「おっと、二度目はさすがに避けさせてもらうぞ?」
振りかぶった私の拳をひらりと避けて、ソドムさんは首を傾げる。
私はこのひとに次に会ったらどんなことを言ってやろうかとずっと考えていた。皇帝さんに軟禁されぼうっとしながらもそれだけずっと考えていた。けれど、だけれど、私を見るソドムさんの顔を見て、これまで考えていたありとあらゆる言葉が消えた。
がしっと、私はソドムさんの服を両手で掴み顔を見上げる。さすがにこの反応は予想外だったのか、ソドムさんが目を大きく見開き、私に自分から触らないようにと体を強張らせた。
私はすぅっと息を吸い、言葉と一緒に吐き出す。
「結婚して!」
「なんと?」




