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皇帝陛下の寝室に閉じ込められてどれくらい経ったのか。
教育は受けるし、ラト伯爵も来てくれる。私の背と髪は少しずつ伸びて、ラト伯爵が持ってきてくれる新聞を何度も読み返した。
ドルツィア帝国の属国となったこの国では、獣が出る。
悪しき獣だと、そのように広まって、誰もがそれを信じているのだとラト伯爵は言った。
獣は人を殺す。殺して宝石を奪うという話。最初は外国の商人の妻が銀の首飾りを奪われて、それから珊瑚、瑪瑙と奪われた。皇帝は国民を怯えさせる獣を魔獣として討伐するようお命じになり、そのための騎士団が作られたが、彼らは討伐に出ると誰も帰ってこなかった。その事実がますます人々を恐れさせる。
「俺たちの婚礼の時に、あの獣の鎖を引いてお前の前に差し出してやる」
夜になると皇帝さんは寝室に戻って、私の膝に頭を乗せる。何もかも上手くいく皇帝さん。国は落ち着き、誰もが皇帝さんを賢帝だと称えていることを私も知っていた。
「そうなればこの国はそれが正しい姿なのだろう?王家の血を引くお前が王妃となり、その鎖で獣を従える。俺とお前の子は間違いなくこの国の玉座に座ることができる者だろう」
獣を捕えるまでドルツィア帝国には戻らないと皇帝さんは宣言した。本国はそれで大丈夫なのかと気になるが、たかが数年王が不在にした程度で謀反が起こるような恐怖は与えていないと皇帝さんは言う。
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「脱走します」
「脱走」
結婚式のドレスの仮縫いのタイミングで逃げる。これだ。
私はラト伯爵の訪問を待って計画を伝えた。
「……しかし、殿下。何がご不満なのです?」
「ロクでもない男しか寄ってこないのが嫌です」
衣食住の保証と身の安全、確かに大切なことだが……そもそも私は皇帝さんと結婚する、などと言っていないしそもそもプロポーズもされていない。
つまり皇帝さんにとって私は日用雑貨とかそういう立ち位置だ。あると便利な加湿器だろうか。
気に入った物を傍に置くと決めたあの方らしいが、どいつもこいつも、私の意思をまず聞けと言いたい。
「脱走してどちらに?計画性のない行動はロクな結果になりませんよ、殿下。私の領地をあてにされているのでしたら……殿下と皇帝陛下の式を無事に終えれば故郷に返してくださるという話なので、今どうなっているのかは手紙でしかわかりません。その手紙も本当に妻が書いたかどうかもわかりませんが」
不穏すぎるフラグであるが、私もラト伯爵を巻き込むつもりはない。ただラト伯爵は私の意思確認をしてくれる貴重な大人なので話をしたいのだ。
「六つ集まっている宝石をパクって逃げるので、それを売って生活費にします」
イドラ・マグダレア殿下の遺産、七宝のうちの六つは実はこの部屋にある。皇帝さんは私をご自分の戦利品とでも思ってるので、この寝室は宝石箱よろしく、皇帝陛下の集めた「欲しかった物」が置かれている。
まぁ、結婚式のあとで私が七宝を飲み込むという儀式を行う予定だからというのもあるのだが。
「……計画性……とは……?」
ラト伯爵は頭を抱えた。
「本気で仰っているので?」
「ここにいたくないんです」
他に行くところがなかったというのもあるが、皇帝さんもかなりヤバイ男だった。多少の外出も不可だ。もう私は塔の中で死んでるんじゃないかという噂が出てもおかしくないくらい、ラト伯爵やお世話をしてくれる人たち、それと皇帝さん以外の人に会っていない。
「七宝を持っていくのは恩知らずだと思いますか?でもこれ、報酬として考えるとわりとそれなりに、正当性もあるんですよ」
「……と、言いますと?」
「秘密です」
よっこらせ、と私は荷造りを行う。
ラト伯爵は何か言いたそうな、けれど私の何もかもに関わることと、二度と故郷へ帰れない可能性とを天秤にかける。処刑台で幼い子供と順番を変わっても生き残りたかった、国を落とした皇帝に仕えてでも生きながらえたかった伯爵は、結局何も言わなかった。
一人になって私はせっせと金目の物を袋に詰める。
部屋の中は暗くなり、明かりをつけようかと立ち上がると、部屋の壁際に誰か立っていた。
「良い夜だな、宝砂殿」




