*神獣ソドムと愛された子*
「おぉ、産まれたか!」
イドラとアゼルの最初の子が生まれた時、神獣ソドムは我がことのように喜んだ。男でも女でもどちらでもよいという夫婦の考えと同じく、ソドムもどちらでも良かった。ただ「私に鍛えさせてくれ」とそれをずっと、アゼルの腹が膨れる前から言っていて、イドラに嫌そうな顔をされ続けた。
妖精たちが祝福し、夜の庭は真昼のように明るくなった。
王弟、ではなかった、王の叔父であるイドラ・マグダレアは外に出ることが出来るようになり、スレイン王朝はより一層強力な魔法国となった。何もかもが上手くいくと思われる流れの中で、さらに周囲を喜ばせるだろう二人の第一子の誕生。
しかし生まれた子には耳があった。いや、ひとの子に耳があるのは当然だが、その耳ではない。短い、肉のついた可愛らしい耳ではなく、獣の耳だった。尾もあった。産声を上げるその赤ん坊、女児だったが、性別よりもなによりも、異形の姿だった。取り上げた産婆が悲鳴を上げて、産褥のアゼルがその後は一人で行わなければならなくなったので、女悪魔リーリムや悪魔の三姉妹が手伝った。悪魔たちは「自分たちのような悪魔が子供に触れて良いのか」と躊躇ったが、このままでは死ぬだろうと思われて、それよりはと手伝った。
すぐにイドラが部屋に入って来た。
生まれてきた赤ん坊。二人の宝は魔獣の器だった。
「俺がいるのにか!」
イドラは激高した。なんの呪いだと天に叫んだ。
イドラ・マグダレアに魔獣の力が封じられている。それであるからイドラが死ななければ次の魔獣の器は生まれないだろうと、できる限り長生きしてやるとそういう話をしていたはずだった。
しかし生まれた子供は魔獣の器だった。イドラのような力はない。ただ、イドラが死んだらその力のすべてを受け継ぐことになることが、決まっているようだった。
王の最初の子に魔獣の力が受け継がれる。それは建国からの契約だった。これはどうしようもないことだった。イドラの兄が死に、その子が王位を受け継ぎはしたが、玉座はイドラこそを王だと認めていたのだと、それはその何よりの証だった。
*
イドラは自身の力を七つに分けた。アゼルの身に着けた宝石や、国宝に封じ、世にばらまいた。できるだけ遠くに厳重な封印をと行い、ソドムはその一つを引き受けた。己から奪えるものなどいないのだから、最後の一つが揃うことはないだろうと請け負うと、自身の力を取り出したイドラは、死の淵でソドムに礼を言った。
まさかイドラが、あの自尊心の塊のような男が、己にそんな言葉を吐くとはソドムは思わずに、死にゆく友の呼吸がゆっくりゆっくりと、消えていくのを見守った。
生まれた子供はドマ家が隠した。ドマの塔に隠し、静かに、常よりずっと遅く時が流れるようにとイドラが百年続く魔法をかけた。
ソドムは時折、その隠された赤ん坊を見に行った。
小さな手がよちよちと床に触れ、動き出すのを眺めた。夜に眠れずぐずっているのをあやしてやったことも何度もある。ドマの女の名を覚えるより先に、赤ん坊はソドムの名を覚えた。
「そうか。そうか。貴女は賢いな」
赤ん坊の名はソドムがつけた。遠い空のさらに奥にある。浮かぶ星にまつわる名だった。
この子は誰にも触れさせず、誰にも苦しめられることのないようにしてやろう。
赤ん坊が、宝砂と名付けた愛しい子がソドムに手を伸ばす。顔に触れ、角に触れ、耳に触れる。そんな他愛のないことが楽しいのか、声を上げて笑う。言葉にならない音の塊を、赤ん坊はソドムに贈る。腹の中にいたころから、母が周囲にものを語っていたのを知っているのだろう。
熱心にソドムに音の塊を贈る赤ん坊、ものを語っているつもりなのだろうとソドムは微笑んだ。
赤ん坊はソドムを恐れない。
自分を守る者だとわかっているのだろう。賢いな、と繰り返し呟いてソドムは目を伏せた。




