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四つ目の秘宝。銀細工の美しい首飾りを所持していたのは、富豪の奥様だった。
「少々厄介だな」
と、皇帝さん。
その富豪はこの首都にいらっしゃるのだが、元々は異国の方らしい。その国の文化で身分の高い女性は家族以外の前に姿を現さず、後宮から出ないという。
皇帝の命令で王宮に呼び寄せることもできなくはないが、その場合明らかに顰蹙を買うし、富豪の祖国と下手をすれば外交問題に発展するほどの「無礼」になるそうだ。
しかもこの国において、皇帝さんは即位されたばかり。恐怖政治は望むところらしいが、それはそれとして、本国を留守にしている間に敵国の反感を買うのはあまりよろしくない。それはそうだろう。
「欠片を七つ集めるというお前のその考えは、そもそも俺は賛成していない」
寝室で、ふわふわのクッションを背もたれにした私の膝に頭をのせる皇帝さん。こうしていると頭痛が引くらしい。
「神獣はお前を捨てたのだろう。なぜまた関わろうとするのか。お前を泣かせた報いなら俺があれを討つということで構わんのではないか」
「私が振るという過程が必要なんです」
「あいつに惚れていたか」
どうだろうかと私は考えた。
恋はしていなかった。愛していたわけでもない。推しとして、鑑賞用として好ましいと思っていて、ライクやラブではなくてフェイバリットではないかと思うけれど、それは神獣ソドムというキャラクターに対してだったと結論付けている。
実際に目で見て触れてきたあのひとを、どう思いたかったのか。
「幸せになって欲しいとは思っていましたけど、神獣さんが考える幸せは私個人には都合が悪かったです」
「そうか」
皇帝さんは目を閉じる。
「俺には妹がいてな。もう死んだのだが」
幸せになれと嫁がせて、彼女の望んだ幸せと皇帝さんの考える幸せは違ったらしい。不幸にならないようにとできる限りのことをしたが、そもそも望む結果が違って何一つ受け取ってもらえなかったと皇帝さんは言う。
「賢い女だった。あいつは俺の幸福は願わなかったな。できるだけ俺が苦しめばいいと思っていたんだろう」
「故人のことなのでわかりませんが、陛下がお考えになる幸せが解釈違いだったので、妹さんが考える幸せも「違うだろうから」とわかっていらっしゃったんじゃないですか」
お会いしたことがないので人となりはわからないが、賢い女性だというのなら、そういう面もあったんじゃないだろうか。
私が答えると皇帝さんは目を開けて、鼻で笑った。
「つまりあいつの考える不幸が俺にとっての幸福かもしれなかったということか」
話す皇帝さんの声は柔らかい。断頭台で私を見下ろしてきた時の氷のような印象とは大違いだ。傍にいつも神様がいる皇帝さん。神様は今は静かにしていて、じっと皇帝さんを見下ろしている。皇帝さんは自分に神様がついていることを知らないらしい。
「陛下」
「なんだ」
「私が七つの秘宝を集めて、魔獣になったら陛下のお嫁さんになります。そうしたら、神獣さんを殺さないでくれますか。放っておいてくれますか」
元々皇帝さんは神獣がこの国にいたとして現れるとは思っていなかったのだろう。なら魔獣を手に入れて満足してくれないだろうか。
「お前の考えるそれは神獣にとっての不幸だろうな」
陛下は少しも考えるそぶりを見せず、私の頬に手を伸ばして笑いながら答えた。
*
「王女殿下をお迎えできるとは我が家にとってこれ以上の名誉はございませんね」
にこにこと、絹のベールをかぶった美しい女性は鈴を転がすような声で私を歓迎してくれた。
ハザルさん。大富豪の奥様でこの国にとって外国人だが、スレイン王家への忠誠心のある夫にならい、王女である私を喜んで迎えてくれた。
い、意外になんとかなった。
私はだめもとでお手紙を書いたのだ。
バザルさんを貴婦人の中の貴婦人と崇め、自分は貴女を姉のように慕っていると。国がこのような状況に陥りとても心細く、よければ貴方の国の話を聞かせてくれないか、と。
お返事は二日後に王宮に届けられた。バザル夫人は「ぜひ我が家に」と使者にたくさんのお土産と招待状を持たせてくれた。
クジャクがお散歩するお庭に異国の木花が植えられ、美しい噴水は黄金と水晶で出来ていた。
ここだけ異文化と圧倒されるばかりの私をバザル夫人はとても丁寧におもてなししてくださる。
「王女殿下、どうかここを我が家と思って寛いでくださいましね」
葡萄を山盛りにした銀のお盆を寄せながらバザル夫人は微笑む。
あまりの歓迎っぷりに、私は「銀の首飾りをください」と中々言い出せない。というか、今も夫人のゆたかなお胸には、多分魔獣の欠片だろう銀細工の首飾りが下げられている。
「あ、あの……その首飾り」
「あぁ、こちらでございますか?素敵でしょう。夫がわたくしへの求婚の証として贈ってくださったものですのよ。わたくしの一番の宝物ですの。この大変名誉な日ですものね。こうして殿下の御前に出るに相応しい装いをと思いましたの」
にこにこと夫人は眩しい笑顔を向ける。
「ご、ご主人を……愛していらっしゃるのですね」
「えぇ、もちろん。尊敬しておりますわ」
この銀の首飾りだけではないと、バザル夫人は宝石のコレクションを見せてくれた。私が首飾りに反応したので、女の子らしく宝飾品が好きだと思ったのだろう。
エメラルドの大きな指輪に、ルビーの腕輪。何粒ものダイヤモンドが連なった鈍器のようなピアスまである。耳たぶが切れないか心配だ。
「夫は何もかも私に与えてくれますのよ。こうして遠く故郷を離れても、このお屋敷の中は変わらず、あの頃の、あの国の後宮のまま」
遠い目をするバザル夫人。
何もかも、望むものを用意してくれる。
異国の地でも、それを感じないほど、そっくりそのまま、自分の知る世界を作ってくれる。
「……………」
「あら……あら……?殿下……どうなさったの?あら、あら……まぁ……大変」
ぼろぼろと目から涙をこぼす私をバザル夫人が驚きながら、目元を布で抑える。
「バザル夫人は」
「まぁ、なんですの?」
私は目から涙は出ているが、感情は落ち着いたままだった。みっともなく嗚咽を堪える必要もなかった。
「ずっとこのまま、変わらずにいてもいいですか?それを望んでいるのが貴方自身ではなかったとしても?」
「……」
家族以外の誰にも合わず、世界は何も変わらずただ夫に与えらえるものだけを飲み込んでいく。
「愛していますもの」
夫人は微笑む。私の頭を抱き寄せて、その心臓の音がゆっくりと私の耳にも聞こえた。
その晩、私は夫人の寝室にお泊りさせていただくことになり、二人で長く御喋りをした。夫人は少女時代の夢や、好きだったものを語り私はそれを黙って聞いていた。
そうしてどちらともなく眠りに落ちて、翌朝。
噴水の中で、夫人の死体が浮いていた。




