*神域破壊*
「よろしいのですか」
破壊されていく神域の、粉々と砕かれる何もかもを眺めながら悪魔モノリス・モクティマスは神獣に問いかけた。
モノリスの主人を見送ってから少しして、神域を出て行った神獣が戻ってきた時、てっきりモノリスは主人が連れ戻されているのだろう。答えを見つけられないままでもここで過ごすことに支障はないとばかりに神獣が言葉とちょっとした印象操作でもって連れ帰るのだろうと思っていた。それであるから主人が飲むだろう温かな紅茶を用意していたが、そういえばそのティーポットも粉々に砕かれたか。
破壊されていく。
モノリスの主人、宝砂が「品揃えが……良すぎる!」と一度入れば二時間は出てこない珍妙な店。ガラガラと音を立てて、中にいた人間だったものは動かぬ人形となり、崩れていく。
それはただ一人のためだけに作られた世界だった。
「なぜ問う。悪魔よ」
「わたくしは無価値の悪魔にございます。ゆえに、どんなものが価値があるのかを識っているという自負がございますもので」
「ハッ」
神獣は嗤った。モノリスを嘲り、取るに足らない相手の他愛のない言葉と切り捨てる。しかしそれでも答えは返そうという慈悲でも湧いたのか、言葉は続いた。
「私が創ったものを、私が壊すことに問題があるのか」
不要だから、処分する。モノリスは目を伏せた。
(宝砂様が、ご主人様が、女王陛下が、大切になさっていたものでもか)
崩壊は神域の小さな家にまで及んだ。
なんの冗談かと思うくらい、平和で穏やかで、やさしい時間しかなかった場所が崩れていく。モノリスはそれを黙って見ていた。価値あるものとモノリスが判断したもので、そしてその価値は今も変わらない。
「それで、お前はどうする。悪魔よ」
「ご主人様の元へ……とは参りませんね。かの外なる神の元にということであれば、わたくしの力の及ぶところではございません」
血を捧げられたが、魔獣の欠片が奪われたように、宝砂とモノリスの契約も外なるあの神に打ち切られた。あれらはそういう存在だ。他を侵食し奪うことしか知らない。それでも力だけは強い。
モノリスは神獣こそこの後はどうするつもりかと尋ねたかった。宝砂に見切りをつけて、せっせとあつらえたこの空間をぐちゃぐちゃにして、それでこの獣はどこへ行く気なのか。
「…………」
そこでモノリスは、崩壊を眺める神獣の横顔に何か感情らしいものが見いだせないかと探った。あれほど慈しんでいた少女を手放して、少しは「惜しい」と思う心がないものか。少なくとも悪魔の予想では、ある程度の生き物は、懐に入れたものがこぼれ出る時に多少の情のようなものが沸くと想像していた。
だが、無い。
本当に何もなかった。
神獣はモノリスがこの空間の破壊を見て「惜しい」と思う心がある程度の感情もない。読み終わった本の置き場所がないからと、無造作に暖炉の中に放り込んで、目を逸らさないのは別段燃え落ちる瞬間を見届けよういうのではなく、ただ何となく、何の意味もなく、ぼうっとその場をなんとなしに見ているような、そんな程度。
モノリスは神獣の心から、完全にあの少女への関心が消えうせたのを感じた。
「さて、それではどうするか。どうしようか。適当な胎を見つけて、残りの四つの欠片を押し付けてみるか」
始めたからには終いまでやらねばな、と、そう面倒くさそうに神獣は言い放った。
ここからノンストップでございます。




