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「……………泣き止んだか?」
泣き出す私をオロオロと狼狽えながらハンカチを差し出したり、通りかかった花売りから籠ごと花を買い取って寄越してきた皇帝陛下。人が動揺している姿を見ると冷静になってくるものだ。
私はずびっと鼻を啜り頷いた。
「だいじょうぶです…………」
「頼むからもう泣くんじゃないぞ」
「…………皇帝さんは」
「なんだ」
「目の前で子供が泣こうが喚こうが放置されるような方だと思っていました」
私が知るドルツィア帝国の皇帝陛下は、敵国の王族、王位継承者を例外なく皆殺しにされるようなお方だ。それが、たかだか子供が目の前で泣き出した程度でこうも動揺してくださるとは。
そんな善良な心があったのかと、私が胡乱な目を向けると、皇帝さんは嫌そうな顔をした。
「俺をなんだと思ってるんだ」
「私のこと殺す気だったじゃないですか」
「俺の願望の邪魔なら排除するが、目の前で女子供が泣いていて鼻で笑い飛ばせるような者が国の長になるわけがないだろう。王なんてものになる馬鹿が、他人に無関心でいると思うのか」
そういうものかと私は首を傾げたくなったが、確かに「そうかも」とも思う。
ただ私利私欲を叶えるだけなら国を治める立場になる必要はなく、玉座にあるというのなら、それはそれなりに、自分以外の他人の人生に責任を持とうという奇特な人間なのだろう。
ゲホゲホと咳をすると泥が出た。赤黒い泥で、粘り気があるかと思えば、空気に触れて硬くなる。
「……妙なものでも食べたのか?」
皇帝さんは私の前にしゃがみこみ、お腹を軽く撫でる。するとスッと、何か楽になった。耳鳴り、ではない。先ほども聞こえたキイイィインという金属音……ではない。
…………皇帝さんの背後にいる、何か神々しい存在の声のようだった。
そしてなんだか体が楽になる。
これまで着衣水泳でもしていた感覚があったのだけれど、それがない。自分の周りにあった膜のようなものがきれいに剝ぎ取られた。……スッキリ!
「……お前、何だ?」
「宝砂ですけど」
「名ではない。……お前に触れていると、頭痛が消える」
片頭痛持ちらしい、皇帝陛下は眉間にしわを寄せてぐいっと、私を抱き上げた。何かを確かめるように、私の体のあちこちに額を押し付ける。ひとしきり気が済んだのか、皇帝さんは「よし」と頷いた。
「軽いな。まだ小娘か。歳は?」
「十四にそろそろなります」
「そうか。ではあと二年ほどで嫁にできるな」
「ロリコン?」
「……意味はわからんが、罵倒されていることはわかる。死にたいのか?」
「私を殺す予定だった人のまさかの求婚なので……」
この人、そういうつもりじゃなかったかと私は思い出す。
もう半年近く前だけれど、そうしてソドムさんとやりあっていなかったか。
「私が死んだ方が皇帝さんの都合がいいのでは?」
「妃は王にはなれないことを知らんのか?」
私がどれだけ魔獣の器の適正が高かろうと、王の妃となってしまえば、王にはなれない。玉座に座れない。あくまでも、王に仕える臣下の一人に成り下がり、その事実の固定は万物にも影響すると皇帝さんが言う。
…………私を殺してもいいところ、お嫁さんにというのは、やはりロリコンだからか。
「俺の邪魔だと始末される道と、俺の妃になる道と、どちらがいい?」
「私に選ばせてくれるんですか」
「前者を選んだ場合は鎖に繋いで幽閉する」
「殺すんじゃなくて!?」
「殺されたいのか?」
皇帝さんは私がいると頭痛が消える、&何かしらの精神的安定があるようで、私がその隣に立つ気がないのなら内服薬として所持するつもりだという。
「こ、子供がいきなり……考えるには、難しいので……!大人の!!ラト伯爵!!保護者はないけど、限りなくこの場でそれに準ずる立場のラト伯爵!!テレフォン!」
いや、テレフォンじゃなくてこの場にいるのだが、私はヘルプを出した。
ラト伯爵は私と皇帝さんの前に慎重に立って、保護者指名された者の責任として「いったんお預かりさせてください」と私の身柄を要求した。意外なことに皇帝さんはラト伯爵にあっさりと私を渡して、腕を組んで私たちの作戦会議が終わるのを待つ。
こそこそと、私はラト伯爵に相談した。
「ど、どうしましょう……!?」
「王女殿下、屑男に好かれる星の元にお生まれに?」
仮にもこの国の守護神と、現在のこの国の支配者を屑男呼ばわりはどうだろう。
「……神獣様が現れないことが不思議でなりませんね」
「……………愛想をつかされたのかもしれません」
「あれだけ殿下を振り回しておいてですか。やはり屑ですな。私のまだ見ぬ我が子が娘で、あんなろくでなしに引っかかったら私は全力で阻止しますよ」
フン、とラト伯爵は鼻を鳴らした。
……塩漬けにされかけたというのに勇気があるな。
「お受けになられては?どのみち、神獣様の庇護がなければ殿下は追われる身です。御身の安全が第一ではありませんか」
「……でも」
私は困った。
……私が皇帝さんと一緒に行ったらソドムさんは困るんじゃないか。
私の体には七宝のうちの三つがある。それが皇帝さんの手に渡るのは、困るんじゃないだろうか。ソドムさんにとって、皇帝さんの後ろにいる神様は敵なのだ。その神様をソドムさんは倒したいと考えていて、その凶器にと私にせっせと宝石を食べさせようとしていた。
私が皇帝さんのところに行ったら、困るだろう。
「あの、私、」
思うことは色々あるけど、ソドムさんが困るのは嫌だなぁと私は思った。
それで答えを決めようと口を開きかけて、少し離れた場所にソドムさんが立っていることに気付いた。




