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「中々うまくできたと自負している。どうだろうか」
私が気まぐれに買ったスパイス、八角、コリアンダーシード、クミン、シナモン、サフランを入れて煮込まれた魚介類は、仕上げにライムの皮を入れて完成だった。唐辛子は「宝砂殿は辛い物が苦手だからな」と入れられていないけれど、入れるともっと美味しくなりそうだとソドムさんは言った。
大きなロブスターから染み出るエキスとニンニク、オリーブオイルの香りがスパイスの香りに良く混ざる。パエリア鍋ほど平たくはないが、カレー用の鍋よりは浅いフライパンで煮られた魚介の煮込み料理が、テーブルセットのされた食卓にメインとして並べられた。
テーブルクロスは華やかな柄。燭台まで置かれて、リビングの明かりが落とされ、ぱちんとソドムさんが指を鳴らすと蝋燭に火が灯った。
ソドムさんの膝の上に座らせられた私の前のお皿には、シャコ貝。バネッサさんの体から取り出されたもので、べっどりと血がついていたのをソドムさんが丁寧に洗浄した。
「さぁ宝砂殿。一思いに飲み込んだ方が楽だぞ?その後はゆっくりと食事を楽しもうか」
私が躊躇していると、お皿からシャコ貝をつまんで私の口元に持ってくる。反射的に頭を後ろに引くと、コロコロと面白そうにソドムさんが喉を鳴らした。私に選択肢はなく、行動もできない。
「この料理はな、かの有名な復讐鬼が食べたのではないかと想像して拵えてみたのだ。友人に騙され投獄された愚直なだけの船乗りが、脱出不可能と言われた監獄島で敬虔なる聖職者と出会い、語らい、復讐のための知恵をつけるという物語でな。ことのほか、私は気に入っていたのを思い出した」
確かにマルセイユといえばブイヤベースだろう。かの船乗りも食べたかもしれない。私はソドムさんの説明を聞きながら、頭の中がぐちゃぐちゃしていた。
*
シャコ貝を飲み込んで、気持ち悪くなってその後すぐにベッドに運んでもらった。お腹が痛くて、吐きそうで、けれど吐こうとしても何も出てこない。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
ソドムさんがわからない。
自分で自分がわからない。
私にやさしく触れる生き物は神獣ソドムに間違いはなく、彼に対して私は「神獣ソドムでいてくれ」とそう願った。
変わる必要などないだろう。変わらなくても、鯨は鯨のまま美しい。鯨は鯨のまま、幸福になることができるだろうと、それは私のエゴなのだろうか。
なぜ、ソドムさんにあんなことを言われなければならないのか。
私は間違えていないはずだ。
例えば、私は二次創作や夢小説についても知っている。夢小説、二次創作では原作のままの姿ではどうしても「ありえない」言動をさせることになる時がある。そもそも、夢小説でキャラクターと夢主と言われる存在を「恋愛」させるには、どうしたってキャラクターの性格や価値観、何かしらを「変える」必要があった。原作世界に存在しない夢主が夢小説の世界では存在し、キャラクターに関与する。となれば、その影響で変化することもあるだろう。けれどそれは、原作のキャラクターそのものでは、結局のところは異なる存在になるのだ。
私は夢小説も嗜んだけれど、それはそれとして、キャラクターを変える程の魅力的な夢主という存在がいたとして、焦がれた、恋した元々のキャラクターは「結局誰も愛さない独りじゃないか」と、そんなことを考えた。
「ソドムさん」
「宝砂殿?どうした、寒いのか。それとも腹が減ったか」
ベッドで向かい合って抱きしめられながら、私はもぞもぞと身を捩る。両手をぐいっと、ソドムさんの顔を包み込むようにあてる。
「あなたに幸せになって欲しいと、そう思ってます」
「無論、なるとも。貴女が私といてくれれば、自ずとそうなる」
「私が幸せではなくてもですか」
願うことに嘘はない。
推して憧れた神獣ソドムが、私がいることで「幸せだ」というのなら、その通りにしても良いと、そんなことを考えるくらいにはまだ憧れが残っている。
けれど、ソドムさんが「私」がいることで「幸せだ」として、その私は、ソドムさんが幸せだったとしても、それを温かな白湯のように飲み込むことはできるけれど、私個人の「幸せ」ではないのだ。
それで、ソドムさんはいいのかと私は問いかけた。
神獣ソドムなら、「だからどうした、それがどうした」と、そのように言うだろうと思う。それが私の解釈で、王弟殿下の話を読んで浮かぶ神獣ソドムの言葉だった。
けれど、だけれど、あなたはどう?と、私は問いかける。
バネッサさんは、海賊バネッサは「メルザヴィアを愛さない」と結論付けて、それを通した。海の神様は「それでも」と駄々をこねた。
私は頭の中がぐちゃぐちゃしていた。
私が好きになった神獣ソドムを、私は幸せにはできないし、だけれど、私を撫でるソドムさんとこれ以上一緒にいても、私にはただただ、押し潰されるだけだとわかっていた。
*
少し考える時間が欲しいと言えば、ソドムさんは私を外に出してくれた。
港町の朝日を眺めつつ、後ろにはお目付け役のラト伯爵がいる。瓶から出されてほっとした伯爵は開口一番に「領地に帰りたいです」と言ったが、私には叶えてあげられそうにない。
「王女殿下。ご忠告申し上げますが、貴女は神獣様といるべきです。貴女の御身を守る騎士や貴族はおらず、貴女は何の力もない存在です」
ラト伯爵は優しかった。ご自分の希望がありながら、私が落ち込んでいるのを見つつ、大人としての意見を伝える。
「……………宝砂王女?」
私が私の気持ちをどうにもできないのに、ソドムさんにどんな答えを求めているのか。私が丘の上で膝を抱え続けるしかできないでいると、聞き覚えのある男の人の声が後ろからかかった。
一瞬、ラト伯爵の叫ぶ声。そして殴られるような、蹴りつけられるような音がした。
私はドルツィア帝国の皇帝に飛び掛かったラト伯爵の服の端を掴んだので、地面に転がるラト伯爵に巻き込まれた。
キィイン、と、何かの金属音。
私はゲホリ、と、口から泥を吐いた。なぜ泥が、と頭が混乱する。
ラト伯爵を足蹴にして、ドルツィアの皇帝が私を見下ろした。
「いくつかの港町で騒動があったと聞き、貴様らの仕業かと思って来たが…………………神獣はどうした?」
「いないです」
「ハッ、棄てられたか?」
かもしれない、と私はなんとなく思った。
私が危ない目に遭ったら、ソドムさんはすぐに駆け付けてくれた。今回はしかも相手が皇帝さんだ。それなのに、ソドムさんが現れる気配はない。
愛想をつかされたのかも。
「……………」
「!?おい!?貴様……っ!?」
ぼろっと、私の目から涙が出てきた。
そりゃそうだろう。それは、そうだろう。
私がNOと突きつけて、ソドムさんがいつまでも私に笑いかける必要がどこにあるのか。
私の存在価値は魔獣の器になることで、そうか、そういえば、私でなくてもいいのだろう。たまたまいくつかの欠片を私が飲み込んだだけで、そうか、そういえば、王家の血を持っている者だったら、同じように欠片を入れれば、ソドムさんにとっては「同じ」なんじゃないか。
「ぅ……っ、う……」
「おい!?止めろ!泣くんじゃない!俺が泣かせたみたいだろう!!」
皇帝さんが慌てる。ラト伯爵が「幼女になんてことを……」と、とどめのような一撃を呻きながら言って、皇帝さんは「俺は何もしていない!」と叫んだ。




