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悪役令嬢を半年後に処刑するはずが、毎週お茶をするうちに冤罪だと気づきました  作者: 臥裳斗真


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2/5

第2話 悪役令嬢は毒を知らない


 雨の日でも、ロゼリアは来た。


「今日は来ないと思ってた」


 刑場の軒下に駆けこんできた彼女に言うと、濡れた日傘を畳みながら首を傾げた。


「なぜです?」


「雨だから」


「処刑は、雨天中止になりますか?」


「ならない」


「では、来ます」


 理屈がおかしい。本人は真面目だった。

 裾には泥が跳ねていて、靴も色が変わるほど濡れている。

 トマは今日も向かいの酒場へ消えた。雨の日は一杯増やすのが決まりなんだそうだ。誰が決めたのかは知らない。

 ロゼリアが、いつもの石段のほうへ歩き出す。


「そこ、座るな」


「はい?」


「濡れてる」


「見れば分かります」


「分かってて座るな」


「では、どこに?」


 俺は刑場脇の作業小屋を、顎でしゃくった。


「中」


「よろしいのですか?」


「風邪を引かれて処刑が延びたら、面倒だ」


「なるほど。管理人らしい理由です」


「そうだろ」


 嘘ではない。全部でもない。

 ロゼリアは気にした様子もなく、小屋の戸をくぐった。

 中には、刑場で使う道具がそのまま並んでいる。

 縄の束、手枷、木槌、油の瓶、釘の箱、壁に立てかけた何本かの刃。

 侯爵家の令嬢を通す部屋ではない。

 当の令嬢は、棚を端から珍しそうに眺めていた。


「面白いか」


「はい」


「趣味悪いな」


「処刑台の下で毎週お菓子を召し上がる方に、言われたくありません」


「俺は仕事場だ」


「私は、死ぬ場所です」


「張り合うな」


 ロゼリアは籠を作業台に置き、中から布にくるんだ瓶を取り出した。

 湯が入っていた。

 茶器まで出てくる。


「今日は、紅茶もあります」


「雨だからか」


「はい」


「重かっただろ」


「トマさんに持っていただきました」


「賢いな」


「ありがとうございます」


 褒めてはいない。

 たぶん本人も分かっている。

 窓を雨が叩いていた。

 小屋の中に、紅茶の匂いと刃物油の匂いが混ざる。

 ひどい組み合わせだが、悪くはなかった。

 差し出された焼き菓子は、いつもより薄くて平たい。


「何味だ」


「生姜です」


「蜂蜜じゃないのか」


「毎回同じでは、飽きるでしょう?」


「俺が?」


「猫が」


「猫は食わない」


「では、あなたが」


 言うだけ言って、ロゼリアは紅茶に口をつけた。

 かじってみると、最初に舌が辛くて、あとから甘さが追いかけてくる。


「どうです?」


「前のほうがいい」


「蜂蜜の?」


「ああ」


「分かりました。参考にします」


「前もそう言って戻しただろ」


「覚えていません」


「嘘つけ」


 ロゼリアは、窓の外を見た。

 分かりやすい。この女は、ときどき嘘が下手だ。

 雨脚が強くなって、帰るにはまだ早い。

 暇を持て余したのか、ロゼリアは棚の前を行ったり来たりしはじめた。


「これは?」


「縄」


「見れば分かります」


「真似するな」


「何に使うのです?」


「吊るすのに」


「こちらは?」


「手枷」


「これは?」


「首枷の替えの金具」


「では、こちらの大きな刃は?」


 手が止まった。

 棚のいちばん奥、布をかけておいた一本を、ロゼリアが覗きこんでいる。

 普段使う刃より一回り大きくて、柄の革は何度も巻き直した跡で段になっている。

 祖父の代より前からこの家にある刃だ。普段は使わない。


「触るなよ」


「触っていません」


「ならいい」


「ずいぶん、古そうですね」


「古いな」


 布をめくって、刃を灯りにかざす。

 根元に、髪の毛ほどの細い線が一本走っていた。

 去年より、少し伸びている。

 指の腹でなぞった。


「そろそろ、替えないとな」


「替えられるものなのですか」


「刃だからな」


「もっと、特別なものかと思っていました」


「使えなくなったら、ただの鉄だ」


「現実的ですね」


「仕事だから」


「普段は、使わないのですか」


「王家に関わる罪だけだ。古い決まりでな」


 布を戻した。

 ロゼリアはそれ以上訊かなかったし、俺も何も言わなかった。


「処刑人の方は、毎日こういうものの手入れをなさるのですか」


 しばらくして、不意にロゼリアが言った。


「さあな。俺は管理する側だ」


「ああ、そうでした」


 あっさり納得された。

 納得されるたびに、喉の奥に小骨が一本引っかかる。

 取り方は知らない。


「怖くはないのですか」


 今度は、ロゼリアのほうから訊いてきた。


「何が」


「こういう道具に、触るのが」


「道具は怖くない」


「では、人は?」


「死刑囚か」


「はい」


 少し考えた。


「怖いやつもいる」


「私も?」


「今のところ、焼き菓子を持ってくる女だ」


「悪女ですよ」


「自称だろ」


「世間も、そう申しております」


「世間は、菓子を焼いてこない」


 ロゼリアが黙った。

 俺も、続きは言わなかった。

 雨が小降りになったころ、トマが酒場の戸口から顔を出して、手で丸を作った。

 時間だという意味らしい。



 次の週、籠の中身は蜂蜜入りに戻っていた。

 参考にするだけじゃなかったのか、と言うと、偶然です、と返ってきた。

 厨房へ入ったことがあるのか、と訊いたのは、その日だった。


「あります」


「令嬢が?」


「見つかると、叱られました」


「何をしに」


「焼き菓子を作りに」


「料理人がいるだろ」


「自分で作りたかったので」


「なんで」


「なんとなく、です」


 たぶん、なんとなくではない。

 でも、訊かなかった。



 その次の週、ロゼリアが門をくぐってきたとき、俺は処刑台の脇で刃を研いでいた。

 布をかけた古いほうではない。普段使う一本だ。

 砥石に水を打って、刃を当てる。

 同じ角度、同じ力で、同じ音を繰り返す。

 ロゼリアは少し離れた石段に座り、黙ってそれを見ていた。


「面白いか」


「前にも、訊かれました」


「答えは」


「少し」


「趣味悪いな」


「それも、前に言われました」


 毎週来ていれば、同じ会話も増える。

 そういうものだ。


「なぜ、そんなに丁寧に研ぐのです?」


「一度で終わらせるため」


 手は止めない。


「斬れないと、痛いだろ」


「……そうですね」


「だから研ぐ」


「お優しいのですね」


 砥石の上で、刃が少し滑った。


「どこが」


「苦しまないように、なさっている」


「仕事だ」


「便利な言葉ですね」


「お前に言われたくない」


 ロゼリアが笑った。

 口の端だけの、いつもの笑い方ではなかった。


「でも」


「なんだ」


「殺す相手のことを、考えるのですね」


 砥石から刃を上げた。


「考えないと、雑になる」


「雑にしては、いけないのですか」


「人だからな」


 ロゼリアは何か言いかけて、結局やめた。

 作業小屋に帳面を取りに入って戻ると、彼女は刃の横に吊るした木札を見上げていた。

 日付と名前を焼きつけた札が、何十枚も紐で連なっている。


「これは、何ですか」


「名前」


「どなたの」


「終わったやつの」


「全部?」


「全部」


「覚えていらっしゃるのですか」


「だいたい」


「どうして」


「忘れたら、本当に作業になる」


 口にしてから、管理人の台詞じゃなかったな、と思った。

 ロゼリアは笑わなかった。


「そうですか」


 それだけだった。

 いつもの「そうですか」と、少しだけ音が違った。



 そのまた次の週は、焼き菓子のかわりに小さな丸いパンだった。


「失敗です」


「見れば分かる」


「まだ召し上がってもいないのに?」


「見れば分かる」


「便利ですね、その言葉」


 一つ割ってみる。

 本当に硬かった。


「石だな」


「そこまでではありません」


「投げたら人が死ぬ」


「処刑道具に、加えます?」


「嫌だよ」


 半分かじる。

 硬いが、味は悪くない。


「お味は?」


「普通」


「それは、褒めてくださっています?」


「前よりは」


「前?」


「生姜」


「まだ根に持っていらっしゃるのですか」


「持ってない」


「嘘ですね」


 最近、この女はこっちの嘘にも気づくようになった。

 あまり、よくない。

 帰り際、日傘を開きながら、ロゼリアがぽつりと言った。


「あと、十三回ですね」


「数えるな」


「あなたは、数えないのですか」


「数えない」


「そうですか」


 ロゼリアは門を出て、振り返った。


「また来週」


「……また来週」


 十三回。

 俺も同じ数を知っていた。



 その週、ロゼリアは何も持ってこなかった。


「今日は、ないのか」


 自分から訊いてから、少し後悔した。


「何がです?」


「……猫の肉」


「猫を肉にしたような言い方は、おやめください」


「猫用の」


「今日は、ありません」


「そうか」


 何かが足りない。たぶん、籠だ。

 そういうことにしておいた。

 ロゼリアは処刑台の二段目に腰を下ろした。

 膝の上に、籠がない。

 手の置き場所に困っているように見えた。


「どうした」


「何がです?」


「今日は、あんまり喋らない」


「普段、そんなに喋っています?」


「俺よりは」


「比べる相手が悪いです」


 そこは、いつもどおりだった。

 しばらく、どちらも黙っていた。

 風が強くて、どこかの庭から飛ばされてきた花びらが一枚、処刑台の下に落ちた。

 ロゼリアの目が、それを追った。


「一つ、伺っても?」


「なんだ」


「毒というのは、苦いものなのですか」


「種類による」


「そうなのですね」


「甘いのもある。匂いのしないのも」


「では、口に入れても、分からないことも?」


「あるだろうな」


「厄介ですね」


「急になんだ」


「少し、気になっただけです」


 そこで、引っかかった。

 小骨くらいの大きさで。


「王太子に、毒を盛ったんじゃないのか」


 ロゼリアがこっちを見た。


「そういう判決に、なっています」


「そういう?」


「はい」


「なら、知ってるだろ」


「何をです?」


「毒の味」


「知りません」


「使ったのに?」


 ロゼリアは首を傾げた。

 こっちが妙なことを言っているみたいな顔だった。


「私、毒を見たことがありません」


 風が止んだ。

 止んだように、聞こえただけかもしれない。


「……何だって」


「毒です」


「それは分かる」


「でしたら」


「盛ったんだろ。王太子に」


「判決書には、そう書かれております」


「お前は」


「私は」


 ロゼリアは少しだけ考えた。

 困っている顔でも、怒っている顔でもない。

 いつもの、静かな顔だった。


「見たことも、ありません」


 冗談には聞こえなかった。

 悪役令嬢の軽口にも。

 何か言おうとして、何も出てこなかった。

 刑場の帳面に書かれた罪状を、俺は判決の日から何十回も読んでいる。

 毒の名前も、混ぜた皿も、日付も、全部書いてあった。

 書いてあった、だけだ。


「……ロゼリア」


「はい」


「本当に、か」


 ロゼリアは、少しだけ笑った。


「管理人さんまで、信じるのですか?」


 変な言い方だった。

 俺は返事をしなかった。

 酒場の戸が開いて、トマが手で丸を作る。

 ロゼリアは立ち上がって裾を払い、日傘を開いた。


「また来週」


 いつもならすぐに返す言葉が、喉のところで一度止まった。


「……また来週」


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