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悪役令嬢を半年後に処刑するはずが、毎週お茶をするうちに冤罪だと気づきました  作者: 臥裳斗真


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第1話 あと17回

 あと十七週で、俺はこの女の首を落とす。


「こんにちは」


 その女は今日も、処刑台の下で焼き菓子を食べていた。

 白い日傘を畳んで石段の二段目に腰を下ろし、膝の上に小さな籠を載せている。

 春先の風が淡い金髪を揺らすたびに、蜂蜜の匂いがこっちまで流れてきた。

 貴族の令嬢が午後のお茶を楽しむ場所としては、王都でいちばん趣味が悪い。

 二番目は、たぶん墓地だ。


「また来たのか」


「はい。今日は蜂蜜入りです」


「聞いてない」


「食べます?」


「……食べる」


 差し出された籠から、丸いのを一つ取る。

 一口かじると、先週より甘かった。


「どうです?」


「甘い」


「蜂蜜入りですから」


「さっき聞いた」


「おいしいかと訊いたのですけれど」


「最初からそう訊け」


 もう一口で残りを片づけた。

 ロゼリア・ヴァルシュタインは籠を抱えたまま、俺の返事を待っている。


「次」


「感想は?」


「次」


「横暴ですね」


 文句を言いながら、二つ目を寄越す手は早い。

 死刑囚と処刑人が、処刑台の下で菓子を分けている。

 王都広しといえど、たぶんここだけだ。



 最初に彼女を見たのは、冬の終わりだった。

 死刑判決が下りて、三日後。

 刑場の掃除を済ませ、首枷の金具に油を差していたら、門の外に女が一人立っていた。

 若い。服が上等すぎる。

 後ろには、護送役らしい年寄りの兵が一人ついている。

 そっちは知った顔だった。


「トマ」


 声をかけると、老兵は面倒くさそうに片手を上げた。


「一時間で戻る」


「どこへ」


「酒場」


「仕事中だろ」


「祈祷外出の付き添いだ。教会の鐘までは、まだ一時間ある」


「だからって置いていくな」


「逃げるように見えるか?」


 見えなかった。

 女は門の外に立ったまま、処刑台を見上げていた。

 怯えているのでも、怒っているのでもない顔で、階段、床板、首枷、その向こうの空と、順番に目を動かしている。

 家を買う前の客が、梁の傷を確かめるときの目に近かった。


「じゃあ、頼んだ」


「何を」


「見張りだよ」


「俺は護送兵じゃない」


「刑場から逃げる死刑囚はおらん」


 意味の分からない理屈を残して、トマは本当に向かいの酒場へ消えた。

 身分の高い死刑囚は、執行の日まで王城の北塔に預けられる。許されているのは週に一度、教会で悔い改めの祈りを捧げることだけで、逃げれば生家ごと罪をかぶる。

 だから付き添いは、年寄りが一人いれば足りる。

 教会は刑場の裏手にあって、祈りが済んでから帰りの鐘が鳴るまでの一時間、トマは決まって酒場へ消える。

 女だけが残る。

 放っておいてもよかった。

 俺は油の瓶を置いて、門まで歩いた。


「何してるんだ」


 女がこちらを向く。


「見ています」


「それは分かる」


「では、何をお訊きに?」


「なんで見てる」


 少し考えてから、女は言った。


「慣れておこうかと」


「何に」


「死ぬ場所に」


 そこで、名前に行き当たった。

 ロゼリア・ヴァルシュタイン。

 王太子アルフォンス殿下の、もと婚約者。

 罪状は、国家反逆。

 王太子暗殺未遂。

 王家の食卓への毒の混入。

 敵国との内通。

 侍女への虐待。

 社交界では、毒薔薇の令嬢と呼ばれていた女。

 刑場の帳面に、三日前に書き込まれたばかりの名前だった。

 執行は、半年後。

 首を落とすのは、俺だ。


「見ても、慣れないぞ」


「そうなのですか」


「ああ」


「経験談ですか?」


「俺が死刑になったことがあるように見えるか」


「管理人の方にも、いろいろおありなのかと」


 黙った。

 どうやら俺は、刑場の管理人だと思われたらしい。

 間違ってはいない。

 掃除もするし、首枷も直すし、腐った床板も替える。

 死刑囚が来れば、最後に刃も振る。

 そこだけ、言っていない。


(言う理由もないしな)


 言わない理由のほうは、考えないことにした。


「上まで行くか」


「よろしいのですか?」


「見たいんだろ」


「はい」


 ロゼリアは素直に門をくぐり、階段に足をかけた。

 段数は十二。

 途中で一度だけ裾を持ち上げ、あとは手すりにも触らずに上りきった。

 俺は下から、落ちないかだけ見ていた。

 処刑台の上からは、王都がよく見える。

 赤い屋根の重なりと、鐘楼と、市場から上がる煙、そのずっと奥に王城。

 処刑の日には、この広場を人が埋める。

 彼女を罵るために。


「思ったより、高いですね」


「落ちるなよ」


「落ちたら、処刑が早まります?」


「事故死だ」


「それは少し損ですね」


「何が」


「せっかく半年も待つのですから」


 真顔だった。

 冗談なのか本気なのか、表情からは読めない。

 この仕事を十年やっていると、だいたいの人間の怖がり方は覚える。

 泣くやつ、喚くやつ、神に祈るやつ、急に饒舌になるやつ。

 この女は、どれでもなかった。


「変な女だな」


「よく言われます」


「悪女とは言われるだろ」


「それも、よく」


 少しも怒らない。

 俺なら、やってもいないことを言われたら腹が立つ。やっていたら、なおさら黙っていない。

 怖くないのか、と訊きかけて、やめた。

 まだ半年ある。今日訊くことじゃない。


「降りるぞ」


「はい」


 それが最初だった。



 それから毎週、彼女は来た。

 祈祷外出の日になるとトマは向かいの酒場へ入り、ロゼリアは刑場の門をくぐる。

 俺はそれを、止めなかった。

 一週目は手ぶらだった。

 二週目に、紙包みを持ってきた。


「なんだ、それ」


「焼き菓子です」


「見れば分かる」


「食べます?」


「なんで」


「余りましたので」


「どこで焼いた」


「塔の厨房の窯を、端だけお借りしています」


 断る理由もない。

 食べてみると、底が少し焦げていた。

 三週目には焦げていなくて、四週目には胡桃が入っていた。

 五週目のは、妙に歯ごたえがあった。


「今日のは硬いな」


「粉を変えました」


「戻せ」


「そんなに?」


「そんなに」


 翌週には、ちゃんと戻っていた。

 俺はそれについて何も言わなかったし、ロゼリアも何も言わなかった。

 ただ、空になった紙包みを畳みながら、ぽつりと言った。


「今日は、全部食べるんですね」


「残すと、猫が太る」


「猫はいませんよ」


「そのうち来る」


「便利な猫ですね」


 次の週、本当に来た。

 灰色の小さな野良猫が、処刑台の陰から顔だけ出して、こっちの手元を見ていた。

 ロゼリアが焼き菓子を一欠片ちぎる。


「やるな」


 手が止まった。


「なぜです?」


「甘いのはやめとけ」


「では、何を?」


「肉」


「持ってきていません」


「普通そうだ」


 その次の週、ロゼリアは小さな布包みを持ってきた。

 嫌な予感がした。


「まさか」


「肉です」


「本当に持ってきたのか」


「言われましたので」


「どこから」


「昼食から」


「お前の飯じゃないか」


「私には焼き菓子があります」


「飯を食え」


「管理人というのは、食生活まで管理なさるのですね」


「誰がうまいこと言えと言った」


 ロゼリアが、少しだけ笑った。

 声を立てない、口の端だけの笑い方だった。

 毒薔薇の令嬢がする顔では、たぶんない。



 今日も灰色の猫は、処刑台の脚元で肉を食っている。

 ロゼリアは蜂蜜入りを食べていて、俺は三つ目に手を伸ばしている。


「食べすぎでは?」


「持ってきたのはお前だろ」


「五つしか持ってきていません」


「あと一つだな」


「それは、私の分です」


「そうか」


 手を伸ばすと、籠ごと引かれた。


「悪党ですね」


「お前に言われたくない」


「私は悪役令嬢ですから」


「便利だな、それ」


「ええ。だいたい何をしても、説明がつきます」


 軽い言い方だった。

 ただ、口の端は笑っていなかった。

 俺は続きを訊かずに、目を階段へ移した。

 三段目から、釘の頭が浮いている。


「そこ、踏むなよ」


「はい?」


 ロゼリアが立ち上がった。

 俺が工具箱を取りに戻るより早く、彼女は階段の前にしゃがみこんでいた。

 ドレスの裾が、石畳の上に広がる。


「何してる」


「釘が、抜けかけています」


「見れば分かる」


 細い指が、浮いた釘をつまんで引き抜いた。


「令嬢が触るもんじゃない」


「処刑の日には、使うのでしょう」


 ロゼリアは釘を、俺のほうへ差し出した。


「壊れているほうが、困ります」


 受け取った釘は、少し錆びていた。


「縁起でもないことを言うな」


「処刑台に、縁起を求めるのですか?」


「毎日扱う側は、求める」


「なるほど」


 納得するところなのか、そこは。

 工具箱を持ってきて、釘を打ち直す。

 金槌を三度振るあいだ、ロゼリアは隣でじっと見ていた。

 板が、元の高さに戻る。


「これで安心ですね」


「何が」


「処刑の日」


「……そうだな」


 金槌を箱にしまう手が、いつもより遅かった。



 帰り際、門のところで老司祭のバルドとすれ違った。

 七十を越えた爺さんで、俺がガキのころから処刑の立会人をしている。

 今日は、まだ顔に産毛の残っていそうな若い神官を連れていた。


「覚えておきなさい」


 バルドが、若い神官に言っている。


「処刑人は、殺す人ではありませんぞ。王の判決を、神へ渡す役目です」


 新米は、真面目な顔で頷いていた。

 俺はその横を通り過ぎる。

 何十回も聞いた話だ。

 ロゼリアだけが、少し振り返った。


「ずいぶん、立派なお仕事なのですね」


「管理人が?」


「いえ。処刑人が」


「そうか?」


「少なくとも、司祭様はそう思っていらっしゃるようです」


「司祭は、何でも立派に言う」


「あなたは、違うのですか」


「俺?」


「処刑人のことに、お詳しそうですから」


「管理してるからな」


「そうでした」


 ロゼリアは、それで納得した。

 疑っている顔ではなかった。

 ほっとして、それから少しだけ腹が立った。

 何に腹を立てたのかは、自分でも分からない。

 酒場の扉が開いて、トマが出てきた。


「時間だ」


「はい」


 ロゼリアは日傘を開き、数歩行ってから振り返った。


「では」


「ああ」


「また来週」


 何でもない挨拶だった。

 彼女に残っている週は、あと十七。

 俺は数えないことにしている。

 数えないことにしている数を、なぜ知っているのかは、考えない。


「……また来週」


 結局、返した。



 その夜、刑場の事務所で、昼に届いた封書を開けた。

 王城の印で封をした、厚い紙だった。

 正式な執行命令書。

 罪人の名は、ロゼリア・ヴァルシュタイン。

 判決文と罪状は、もう何度も読んだから飛ばす。

 見る必要があるのは、いちばん下の一行だけだった。

 執行日。

 王太子アルフォンス殿下、戴冠の日の朝。

 そこで、指が止まった。

 王族の暗殺を企てた死刑囚なら、普通は一月も置かない。

 生かしておくだけ、飯代と警備の手間がかかる。

 それを半年。

 なぜ半年なのか、判決の日から引っかかっていた。

 紙を持ち上げて、裏を見る。

 何も書いていない。


「……見世物か」


 誰も答えなかった。

 窓の外では、昼にロゼリアが座っていた処刑台が、月明かりの下で黒く沈んでいる。

 あそこで首を落とす。

 広場いっぱいの人間に見せるために。

 王冠をかぶる前の朝に、新しい王が悪女を裁いてみせるために。

 そのための半年だった。

 机の端に、小さな紙袋が置いてある。

 帰り際に、一つ余りましたので、と言ってロゼリアが置いていったものだ。

 開けると、蜂蜜入りが一つだけ入っていた。


「余ってないだろ」


 籠には五つしかなかった。

 最後の一つは、彼女の分だったはずだ。

 食べる。

 やっぱり、先週より甘かった。


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