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第85話 こんなにも美しくて眩しいんだろう

 僕たちが甘いお弁当タイムを楽しんでいると、不意にスタジアム全体に軽快でリズミカルな音楽が鳴り響いた。


『皆様、お待たせいたしました‼ これより、イルカたちのダイナミックなパフォーマンスを開演いたします‼』


 元気なアナウンスと共に、青いウェットスーツを着たトレーナーたちが、プールのステージへと一斉に駆け込んできた。


 それと同時に、プールの中から数頭のイルカたちが一気に水面を割り、空高くジャンプして姿を現したのだ。


「わぁっ‼ すごい……!」


 りんが持っていたお箸を止め、子供のように目を輝かせて歓声を上げた。


 巨大なイルカたちが空中で見事な弧を描き、再び水面へとダイブする。


 ザパーンッ‼


 轟音と共に、巨大な水しぶきが舞い上がり、前方の観客席のほうまで飛沫が飛んでいくのが見えた。


「すごい迫力だな。水槽越しで見るのとは全然違う」


「ええ! 高く跳んだわね……!」


 ショーの進行に合わせて、スタジアムに流れる音楽のテンポが次々と切り替わっていく。


 アップテンポな曲ではイルカたちがスピーディーにプールを駆け巡り、ゆったりとしたバラードの曲調になると、トレーナーとイルカが息を合わせて優雅なダンスを披露する。


「……ねえ、奏多かなた。あのイルカたちの動き、音楽と完璧にシンクロしてるわね」


 りんが、観客としてではなく、ボーカリストとしての鋭い視点で呟いた。


 そりゃ思うよな……僕だってそうなんだけど。


「ああ。ジャンプの頂点に達するタイミングで曲のクレッシェンドが来て、水面に着水する瞬間にビートが刻まれてる。トレーナーの人たちも、音楽の拍をしっかりと聴いて指示を出してるんだな」


「ええ。人と動物の動きなのに、まるで一つの完璧な楽曲みたい。……私たちが目指している、映像と音楽の完全なシンクロと同じ匂いを感じるわ」


 音楽クリエイターとして、僕たちは自然とその演出の素晴らしさに魅了されていた。


 目の前で繰り広げられているイルカたちのパフォーマンスもまた、視覚と聴覚を同時に刺激する、極上のエンターテインメントだったのだ。


「ほら、奏多かなた‼ あそこのイルカ、トレーナーさんと一緒に泳いでる!」


 りんは僕の腕に自分の腕を絡ませ、さらにぴったりと体を密着させながら、興奮気味にプールの奥を指差した。


 巨大なプールの端から端まで、イルカの背びれにつかまったトレーナーが猛スピードで水面を滑っていく。


 そのダイナミックな動きに合わせて、観客席からは割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。


「本当にすごいな。……りん、お弁当の手、止まってるぞ」


「あ、いけない。見とれちゃって忘れてたわ。……ほら、おにぎりも食べて。あーん」


 りんはイルカショーから目を離さないまま、器用におにぎりをつまんで僕の口元へと運んでくる。  


 僕のほうかよ……しかし、器用なやつだなぁ。


 僕はりんの差し出したおにぎりを頬張りながら、僕の腕にしがみついている柔らかな感触を堪能していた。


「……奏多かなた


 不意に、りんがイルカショーから視線を僕の方へと移し、甘く、そして切実な声で囁いた。


「ん? どした?」


奏多かなたのためにお弁当を作れて、こうして一緒にショーを見られて、隣で笑い合えて……私、今、すごく幸せよ」


 その言葉には、ずっと孤独に息を潜めてきたりんの、心の底からの純粋な喜びが込められていた。


「そっか。そうだな、僕もだよ、りん


 僕が真っ直ぐに想いを伝えると、りんは瞳を潤ませ、嬉しそうに僕の肩にぐりぐりと頭を押し付けてきた。


「だから痛いって……」


「痛くしてるのよ」


 大空の下、イルカたちのダイナミックなジャンプに合わせて響く歓声と、軽快な音楽。


 僕たちは互いの体温を確かめ合うように密着したまま、二人だけの甘いランチタイムを楽しんでいた。


「……少し喉が渇いたわね。お茶、飲む?」


 りんがお弁当箱を片付けながら、持参した小さな水筒を取り出した。


「ああ、もらうよ」


 僕が水筒を受け取ろうと手を伸ばすと、りんは少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 彼女は水筒の蓋を開け、()()()()()()()()()口をつけてから、僕へと差し出してきたのだ。


「……はい、どうぞ」


「っ……りん、それって」


「なに? 間接キスが嫌なの?」


 上目遣いで覗き込んでくる彼女の瞳には、僕をからかうような余裕と、強烈な独占欲が浮かんでいる。


 りんのバカっ……こういうことしたら照れるに決まってる。


 僕は顔を赤くしながらも、りんが口をつけたのと全く同じ場所に唇を当て、冷たいお茶を喉に流し込んだ。


「……嫌なわけないだろ」


「ふふっ……奏多かなたの顔、真っ赤」


「酷いなぁ……」


 りんは満足そうにくすくすと笑い、僕が飲み終わった水筒を受け取って丁寧に蓋を閉めた。


 やがて、スピーカーから流れていた音楽が壮大なオーケストラ調へと変わり、イルカのパフォーマンスがいよいよクライマックスを迎えた。


 プールにいるすべてのイルカたちが一斉に水深深くまで潜り、数秒の静寂の後。


 信じられないほどの高さまで一気に跳ね上がり、空中で見事なフロントフリップを決めたのだ。


「「おおおおおっ‼」」


 スタジアム全体から、今日一番の大歓声と拍手が巻き起こった。


 ザザァァァンッ‼


 轟音と共に、すべてのイルカが着水し、きらきらと光る水しぶきが空高く舞い上がる。


 大型ビジョンには、イルカたちとトレーナーが観客に向かってお辞儀をする姿が映し出されていた。


「すごかった……‼ 最後の大ジャンプ、本当に鳥肌が立ったわ!」


「ああ、圧巻だったな。音楽のタイミングも完璧だったし、最高のショーだった」


 スタジアムの熱気が少しずつ引いていく中、僕たちは余韻に浸りながら立ち上がった。


 りんはランチトートをしっかりと抱え直し、僕の方へと顔を向ける。


「お弁当、本当に美味しかったよ。ごちそうさま」


「お粗末様でした。……奏多かなたに美味しいって言ってもらえて、本当に作ってよかったわ」


 りんは嬉しそうに微笑み、ごく自然な動作で僕の左手に自分の右手を絡ませ、握りしめてきた。


 お弁当の緊張とショーの興奮で、彼女の手のひらは少しだけ汗ばんでいて、それが逆に彼女の存在を生々しく感じさせてくれる。


「さて、お腹もいっぱいになったし。……次は、どこへ行こうか」


 僕が繋いだ手を優しく引きながら尋ねると、りんは僕の腕にさらにぴったりと体を寄せ、甘い吐息混じりの声で囁いた。


「ええ。……まだまだ時間はたくさんあるんだから。私を、もっとドキドキさせてよね?」


「はいはい」


 秋の高く澄んだ青空の下、僕たちの水族館デートは、さらに甘く、そして濃密な後半戦へと足を踏み入れようとしていた。

カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。

先が気になった方はそちらもご覧ください。

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