第84話 彷徨ってしまうから一人にしないでよね
違和感持った人、すみません。
話数を完全に間違えてました。
分厚い扉を押し開けると、眩しい秋の陽射しと、どこまでも高く澄み渡った青空が視界いっぱいに広がる。
心地よい秋の海風が吹き抜け、潮の香りが鼻腔をくすぐった。
デッッッッカ‼
「わぁ……すごく広いわね‼」
繋いだ手を僕に引かれながら、凛が目を輝かせて歓声を上げた。
僕たちの目の前に広がっていたのは、この水族館が誇る世界最大級の規模を持つ、巨大なイルカスタジアムだった。
横幅が何十メートルもあろうかという長大なメインプールを中心に、それをぐるりと囲むようにすり鉢状の広大な観客席が広がっている。
プールの奥には超大型のハイビジョンスクリーンが設置されており、さらにその向こうには、太陽の光を反射してきらきらと輝く本物の海と、港を行き交う船の姿が見渡せた。
「……ここまでとは思わなかったよ。それにもう結構、席が埋まり始めてるみたいだ」
イルカのパフォーマンスが始まるまでにはまだ少し時間があったが、良い席を確保しようとする家族連れやカップルで、すでにスタジアムの半分ほどは埋まっていた。
僕たちは全体がよく見渡せて、かつ前の席の人たちに遮られない中段付近のベンチシートを見つけ、そこに腰を下ろした。
屋根の陰になっているため直射日光は当たらず、秋の涼しい風が通り抜けていく。
「ふぅ……ここなら、ショーもよく見えるし、ゆっくりお弁当も食べられるわね」
凛は隣に座ると、持っていた可愛らしいデザインのランチトートを膝の上にそっと置いた。
「朝早く起きて作ってくれたんだよね。本当にありがとう、凛」
「ええ。……栞にビデオ通話でたくさん教えてもらいながら、昨日の夜からずっと準備してたのよ。上手くできているかは、開けてみないとわからないけれど」
凛は少しだけ緊張した面持ちで、トートバッグから包みを取り出し、丁寧に結び目を解いていく。
二段になったランチボックスの蓋が開けられた瞬間、ふわっと美味しそうな香りが風に乗って漂ってきた。
中には、彩り豊かに詰められたおかずが綺麗に並んでいた。
焦げ目のない綺麗な黄色の卵焼き、カリッと揚がった唐揚げ、赤いタコさんウィンナーに、緑のブロッコリーとプチトマト。
下の段には、色鮮やかなふりかけが混ぜ込まれたおにぎりが、崩れないようにしっかりと敷き詰められている。
「すごい……これ、本当に全部、凛が作ったの?」
「そうよ。……初めてだから、お世辞にもプロみたいとは言えないかもしれないけど」
凛は少しだけ頬を赤く染め、不安そうに上目遣いで僕を覗き込んできた。
ふと、お弁当の蓋を重ねる彼女の指先に視線を落とすと、左手の人差し指と中指に、小さな絆創膏が貼られていることに気がついた。
「凛、その指……」
「あ……これは、ちょっと。慣れない包丁で、かすっちゃっただけだから。全然痛くないわよ」
凛は慌てて手を隠そうとしたが、僕はその手をそっと優しく握りしめた。
普段は料理なんてしない彼女が、僕の喜ぶ顔が見たいという一心で、怪我をしながらも一生懸命に作ってくれたのだ。
「……ありがとう。僕にとっては、どんなレストランの料理よりも、これ以上のご馳走はないよ」
僕が凛の絆創膏の貼られた指先にそっと唇を落とす。
「ひゃっ……!」
凛は小さく肩を跳ねさせ、顔を茹でダコのように真っ赤に染めた。
「も、もう……! そういうこと、いきなりするのは反則よっ‼」
「ごめんごめん。でも、本当に嬉しかったから。……いただきます」
僕は渡されたお箸を割り、まずは凛が苦労して巻いてくれたであろう卵焼きを一つ口に運んだ。
出汁の効いた優しい甘さが、口いっぱいに広がる。
焦げた苦味など一切なく、ふんわりとした完璧な食感だった。
「……どう? しょっぱくないかしら?」
「すごく美味しい。この卵焼き、出汁がしっかり効いてて、甘さのバランスが絶妙だ。完全に僕の好きな味だよ」
僕が心から絶賛すると、凛は強張っていた表情を一気に緩ませ、ぱぁっと花が咲いたような極上の笑顔を見せた。
「本当⁉ よかったぁ……! 卵焼き、何回も失敗しちゃって、これでも一番綺麗に焼けたやつを詰めたのよ」
「苦労した分、愛情がたっぷり詰まってる味がするよ。……次は、この唐揚げもいい?」
「ええ、もちろん。いっぱい食べて」
僕は唐揚げを一つ口に運んだ。
ジューシーな肉汁と、にんにくと生姜が効いたしっかりとした下味が口の中に広がる。
「んっ‼ これも美味い! 外はカリッとしてて、中はすごくジューシーだ。それに、このタコさんウィンナーなんて、形がすごく綺麗で食べるのがもったいないくらい可愛いよ」
「ふふっ、タコさんウィンナーは、足の形を綺麗に開かせるのが難しかったのよ。……でも、奏多にそう言ってもらえるなら、頑張った甲斐があったわ」
凛は嬉しそうに目を細め、僕が次々とおかずを頬張る姿を愛おしそうに見つめていた。
僕は彼女の作ってくれたおにぎりも口に運び、その優しい味を噛み締めた。
「凛……本当に最高だよ。こんなに美味しくて、愛情がたっぷり詰まったお弁当を作ってくれるなんて、僕は世界一の幸せ者だな」
「そ、そんな大げさな……」
「大げさじゃないさ。僕の好みを考えて、一生懸命作ってくれたのがすごく伝わってくる。……できれば、将来も毎日、凛の作ったご飯を食べたいくらいだ」
僕が真っ直ぐに、心の底からの本音を言葉にした瞬間だった。
凛の肩がビクッと大きく跳ねた。
「んあっ……‼」
凛は両手で自分の真っ赤な顔を覆い隠し、ベンチシートの上で身悶えするようにフルフルと震え始めたのだ。
「り、凛? 大丈夫か⁉」
「だ、ダメよっ……‼ こんな明るいお外で、そんなプロポーズみたいなこと言わないでっ‼ 私、本当に心臓が爆発しちゃう……っ‼」
凛は顔を覆ったまま、足をもじもじと動かして悶絶している。
「プ……プロポーズだなんて……あっ……」
『毎日、凛の作ったご飯を食べたいくらいだ』
言ってる……思いっきりそれっぽいこと言ってる。
周囲の観客たちが何事かとチラチラ視線を向けてくるが、今の凛にはそんなものは目に入っていないらしい。
「気づいた……ごめんよ。でも、本心だから」
「奏多のバカバカっ……! カッコよすぎるのよ……っ!」
凛は涙目になりながら僕の肩にこてんと頭を乗せ、そのまま僕の腕にぐりぐりと顔を押し付けてきた。
「痛い……痛い」
「……反則よ、奏多。私ばっかりドキドキして、不公平だわ」
「そんなことはないよ。僕だって、今にも心臓が破裂しそうなんだから」
「ふふっ……なら、もっとドキドキさせてあげる。ほら、口開けて。あーん」
凛は自分のお箸で唐揚げをつまむと、僕の口元へと真っ直ぐに差し出してきた。
スタジアムには数百人規模の観客がひしめいており、周囲には多くの家族連れやカップルがいる。
「り、凛……さすがにここは、人が多すぎるんじゃ……」
「ダメよ。さっき邪魔された分、ここでしっかりご褒美をもらうんだから。……ほら、あーん」
「根に持ってるなぁ……」
有無を言わさぬプレッシャーと、僕への強烈な独占欲を滲ませた瞳で見つめられ、僕は周囲からの突き刺さるような視線を痛いほど感じながらも、観念して口を開けた。
唐揚げが僕の口に運ばれる。
「ん……本当に美味い」
「えへへ……奏多に美味しいって言ってもらえて、早起きした甲斐があったわ。私、奏多のお嫁さんになれるかしら」
「……もう十分なれるよ」
「っ……! だから、そういうことサラッと言うんだから……もうっ」
凛は再び嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、僕の肩に深くすり寄ってきた。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




