第83話 喜びの火に火をつけたいだけ
83話が抜けていました。すみません。
さらに奥へと進むと、照明が一段と暗くなり、足元のフットライトだけが頼りの『クラゲコーナー』へとたどり着いた。
「クラゲだって!」
「奏多はそういうの好きそう。フワフワしてていいよね」
無数の円柱型の水槽の中で、青や紫の妖しい光に照らされたクラゲたちが、フワフワと浮遊している。
そんなクラゲに対して、凛は目もくれず、迷うことなく、一番奥の、周囲から完全に見えなくなる薄暗いコーナーへと僕の手を引いていった。
「り、凛? こっちは行き止まりだぞ」
「知ってるわ。……わざと来たんだもの」
凛は行き止まりの壁際まで僕を誘導すると、くるりと振り返り、僕の体を壁に押し付けるようにして真正面に立った。
そして、僕の胸元に両手をつき、退路を断つように上目遣いで僕を覗き込んできたのだ。
「……奏多。今は、誰も見ていないわよ?」
暗闇に近い薄暗がりの中、クラゲの水槽から放たれる青紫色の光が、凛の顔を妖しく、そして途方もなく色っぽく照らし出している。
フローラルな甘い香りと、彼女の熱い吐息が、僕の顔にかかるほどの至近距離。
彼女の潤んだ瞳には、僕への圧倒的な愛情と、強烈な独占欲が渦巻いていた。
「凛……君ってやつは、本当に……」
「なぁに? 逃げるの?」
「逃げないさ」
僕は壁に背中を預けたまま、凛の細い腰にそっと腕を回し、僕の方へと強く引き寄せた。
互いの体が密着し、狂おしいほどの心拍数が重なり合う。
「……君が可愛すぎて、僕の方が我慢できなくなりそうなんだ」
僕が限界ギリギリの理性を言葉にしてぶつけると、凛は一瞬だけ目を丸くし、やがて最高に艶やかで美しい笑みを浮かべた。
「……ふふっ。いいわよ、我慢しなくて。私を全部、あなたのものにして」
凛の長い睫毛が微かに震え、ゆっくりと瞳が閉じられる。
僕も彼女のすべてを受け入れるように目を閉じ、顔を近づけた。
吐息が完全に混ざり合い、唇と唇の距離がゼロになる、まさにその瞬間だった。
ドンッ!
「おわっ⁉」
「ひゃっ⁉」
不意に、僕の膝のあたりに小さな衝撃が走った。
驚いて目を開けると、僕の足元で、小さな男の子が尻餅をつきそうになっていた。
どうやら、薄暗い館内を走っていて、死角にいた僕に気づかずにぶつかってしまったらしい。
「あ、ごめんね! 大丈夫か⁉」
僕は慌てて凛から体を離し、しゃがみ込んで男の子の体を支えた。
男の子は突然誰かにぶつかったことにびっくりして、目を丸くして固まっている。
「こら、走っちゃダメって言ったでしょ!」
すぐさま、角を曲がって母親らしき女性が血相を変えて駆け込んできた。
「すみません‼ うちの子がぶつかってしまって……お兄さん、お怪我はありませんでしたか⁉」
母親が何度も頭を下げながら、申し訳なさそうに謝ってくる。
「い、いえ! 全然大丈夫ですよ。僕も背を向けていたので、すみません。僕の方こそ気をつけなくて……」
僕は顔から火が出そうなのを必死に堪えながら、裏返った声で答えた。
あっぶねぇ……もうちょい遅かったら不味かったな。
「ほら、お兄ちゃんたちにちゃんとごめんなさいしなさい!」
「……ごめんなしゃい……」
「本当にすみませんでした……」
「いえ、大丈夫ですので」
男の子が小さく謝ると、母親は再びペコペコと頭を下げながら子供の手を引いて別の水槽へと向かっていった。
「……ふぅ。びっくりしたな」
僕が冷や汗を拭いながら立ち上がると、凛は顔を真っ赤にして、僕の腕をポカポカと叩いてきた。
「いたっ……痛いって」
「もうっ! なんでいつも、こんないいところで邪魔が入るのよ!」
「僕のせいじゃないだろ……」
「奏多のバカっ」
凛は恥ずかしさと悔しさで涙目になりながら、僕の胸元に顔をぐりぐりと押し付けてきた。
「……ほら、そろそろイルカショーの時間じゃないか?」
僕が優しく凛の頭を撫でて提案すると、凛は少しだけ口を尖らせながらも、小さく頷いた。
「……そうね。イルカのショー、楽しみだわ」
「ああ。イルカショーの場所は屋外だから、少し暑いかもしれないけど」
「平気よ。それに……」
凛は僕の腕にしっかりと腕を絡ませ、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「ショーを見る前に、観客席で、お昼ご飯にしましょ? 私、今日のために一生懸命お弁当を作ってきたんだから。……早く、奏多に食べてほしいな」
……ごくっ。
凛の手作り弁当。
その言葉の響きだけで、僕の心臓は再び限界を突破して高鳴り始めた。
差込って出来ないのね……難しい。
水族館レポしてて感謝しましたね。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




