第78話 それを僕は神様と呼ぶ
「そろそろ良いでしょう」
周囲に同じ学校の生徒がいないことを確認してから、僕は意を決して口を開いた。
「実は……今度の週末、凛と水族館に出かけることになって」
「ほう……! 水族館デートですか」
「まあ、そんなとこ」
結城さんは少しも驚いた様子を見せず、むしろ『ようやくそこまで行きましたか』と言わんばかりの満足げな笑みを浮かべた。
「あの凛が、自分から外に出かける約束をするなんて。灰原さんの影響力は凄まじいですね。……で、何が問題なのですか? まさか、初デートで緊張しているとか?」
「いや、その辺は大丈夫なんだけど、一個大事な方がね……服なんだよ」
「服、ですか」
「そう。凛が、『オシャレしてこないと怒る』って言ってて。でも、僕のクローゼットには、機能性重視の地味な服しかなくて……本気で悩んでるんだ」
僕が情けない悩みを打ち明けると、結城さんは立ち止まり、僕の全身を上から下までじっくりと観察するように眺めた。
「……なるほど。確かに、灰原さんの普段の服装は、お世辞にも洗練されているとは言えませんね。無難といえば聞こえはいいですが、せっかくのデートとなれば、話は別です」
結城さんの容赦ないダメ出しに、僕は肩を落とした。
「やっぱりそうだよな……そこで、お願いだ。僕に服を教えてほしい」
僕が深く頭を下げると、結城さんはふふっと楽しそうに笑い声を漏らした。
「顔を上げてください、灰原さん。……わたくしは動画クリエイターです。プロデュースも得意分野ですよ。それに、親友である凛の初デートが、相手のファッションセンスのせいで台無しになるのは、わたくしとしても見過ごせません」
「じゃあ……!」
「ええ。お任せ下さい。灰原さんを、最高の男性にプロデュースして差し上げますわ。……ちなみに、灰原さん、予算感を聞かせて下さい」
僕は自分の財布の中身と、貯金箱の残高を頭の中で計算した。
「えっと……お年玉の残りと、今月のお小遣いを合わせて……大体、これくらいかな」
僕は人差し指と中指を立てた。
「二万、ですか」
結城さんは少しだけ思案するように顎に手を当てた後、奥の瞳をギラリと光らせた。
「……まあ、そのくらいですと、ファストファッションと小物を上手く組み合わせれば、二万で充分です。……さあ、急ぎますよ、灰原さん!」
「た、助かるよ」
結城さんのその頼もしすぎる言葉に、僕は思わず後光が差して見えた。
◇◇◇
結城さんに連れられてやってきたのは、駅から二駅ほど離れた場所にある、若者向けの大型ショッピングモールだった。
来たことがない……アパレルショップが立ち並ぶフロアばっかりだ。
うう……すごくアウェー感がある。
「前提ですが、水族館は、全体的に照明が暗いです。つまり、真っ黒な服や、派手すぎる原色の服は、風景に沈むか浮きすぎるかのどちらかです」
結城さんは歩きながら、的確な分析をスラスラと口にしていく。
その姿は、完全に仕事モードのプロデューサーだった。
「選ぶべきは、清潔感があり、青い光の中で顔周りを明るく見せる色のアイテムですが、凛が求めているのはこういうのではありません。……よし、決めました、あのお店からです」
結城さんに腕を引かれ、僕は次から次へとファストファッションのショップを連れ回された。
彼女の選ぶ服は、値段は手頃でありながら、シルエットや素材感にこだわったものばかりだった。
「さて、灰原さん。これを持って試着室へ入ってください」
渡されたのは、少しとろみのある素材の白いバンドカラーシャツと、細身のネイビーのスラックスだった。
言われるがままに試着室に入り、着替えて鏡の前に立つ。
「……っ」
鏡に映った自分の姿に、僕は思わず息を呑んだ。
誰だ……こいつは?
いつもダボっとしたパーカーばかり着ている自分とは、全く違う人間がそこにいるようだった。
清潔感があり、少しだけ大人びた印象。
「どうですか、灰原さん? 開けてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……開けるよ」
僕が試着室のカーテンを開けると、結城さんは腕を組み、僕の姿をじっくりと品定めするように見つめた。
「ほう……思っていたより悪くありませんね。灰原さんは元々スタイルは悪くないので、シルエットを整えるだけで随分と印象が変わります」
「ほ、本当?」
「ええ。ですが、水族館のデートなら、もう少しリラックスした抜け感が欲しいところです。では、次はこれを……」
「は、はい……」
結城さんは的確なダメ出しをして、次々と新しい服を提案してきた。
涼しさに合わせた薄手のカーディガン。
足元を軽く見せるためのレザースニーカー。
僕が着替えて出てくるたびに、結城さんは首を傾げたり、頷いたりして、完璧なコーディネートを追求していく。
「……これですわ。灰原さん、これで決定です‼」
「つ……疲れた」
数店舗を回り、何度目かの試着を終えた後、結城さんがついに満足げにパンッと手を叩いた。
僕が身に纏っていたのは、白のモックネックシャツに、グレージュのカーディガン、黒のテーパードパンツという組み合わせだった。
派手さはないが、柔らかく、どこか安心感を与えるような色合い。
「水族館の薄暗い空間でも重たくならず、完璧なバランスです。……これだけなら二万円の予算内にしっかりと収まりますわ」
「すごい……計算され尽くしてる」
「当然ですわ。デートのファッションとは、相手への気遣いと戦略の結晶ですから。……これなら、凛もあなたの姿から目が離せなくなるはずです」
結城さんの太鼓判をもらい、僕は鏡の中の自分をもう一度見つめた。
普段と違いすぎて誰だ感は未だに拭えないところあるけれど、これならいいかな。
「ありがとう、結城さん。本当に助かったよ」
「ふふっ。お礼なら、週末のデートで凛を最高に笑顔にさせることで返してくださいな」
結城さんは優雅に微笑み、僕に買い物袋を手渡してくれた。
帰り道の電車の中、僕は手の中の紙袋をしっかりと握りしめていた。
期待と興奮で、僕はその夜、なかなか寝付くことができなかった。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




