第73話 どう考えても君に夢中
限界までベッドでイチャイチャし続けた後、なんとか凛を説得し、着替えを済ませて一階のリビングへと降りた。
「お兄ちゃん、凛お義姉ちゃん、おはよー!」
リビングのソファでテレビを見ていた妹が、僕たちを見るなりニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてきた。
「なんだよ、朝から」
「ふふふーん。昨日の夜は、お二人でずーっとお部屋にこもってたみたいだけどぉ? ちゃんと寝られたのかなー?」
妹の露骨な冷やかしに、僕は顔を真っ赤にして咳払いをした。
「文化祭の疲れで爆睡してたに決まってるだろ! 変な勘繰りをするな!」
「あら、私は奏多にずっと抱きしめてもらっていたから、すごくよく眠れたわよ?」
凛が、涼しい顔で爆弾発言を投下した。
ちょっと⁉ 凛さん⁉
「ひゃーっ! お義姉ちゃん大胆! お兄ちゃん、ついにやったね!」
「お前は黙ってろ! 凛も、適当なこと言ってこいつを喜ばせないでくれ!」
僕が頭を抱えていると、キッチンからエプロン姿の母さんが顔を出した。
「あら奏多、凛ちゃんもおはよう! 朝ごはんできてるから、早く座ってちょうだい。凛ちゃんがいるとうちの食卓が急に華やかになるわねえ」
「おはようございます、お母様。お邪魔しております」
凛は学校で見せる冷たいオーラを完全に封印し、礼儀正しく微笑んだ。
その完璧な令嬢としての振る舞いに、母さんもすっかりご機嫌だ。
ダイニングテーブルに座り、家族に混じって凛と一緒に朝食を食べる。
僕は焼き魚に箸を伸ばしながら、ふと横に座る凛に声をかけた。
「凛、そこのお醤油取ってくれる?」
「ええ、はい。……どうぞ、奏多」
ごく自然なやり取り。
しかし、その直後、向かいに座っていた妹が、持っていたお箸をガチャンとテーブルに落とした。
「……ん? ……ええええええっ⁉」
妹が目を丸くして、信じられないものを見るように僕たちを交互に指差した。
「どしたよ、マイシスター?」
「ちょっと待って! 今、凛お義姉ちゃん、お兄ちゃんのこと『奏多』って呼んだ⁉ お兄ちゃんも『凛』って呼んでたよね⁉」
あ……やべ……つい。
僕は自分が家族の前で無意識に名前呼びをしてしまったことに気づき、顔から火が出るほど赤面した。
「あ、いや、これはその……!」
「あらあら、いつの間にそんなに仲良くなったの? 昨日までは苗字で呼んでたのにねえ」
母さんまで面白そうに目を細めて、僕たちをからかってくる。
「母さん! いや……だからね……」
僕が続きの言葉を探していると、凛は全く動じることなく、涼しい顔で答えた。
「ええ、昨日からです。将来を見据えて、お互いに下の名前で呼び合うことに決めたんです」
「凛さん⁉ 何もそこまで言わなくても……」
「将来⁉ それってプロポーズ⁉ お兄ちゃん、ついに結婚するの⁉ ゼクシィでも買ってこようか⁉」
妹が大興奮して身を乗り出してくる。
「ち、違う! まだ結婚とかそういうんじゃないから! ただ、その……あの……」
「はい、まだ。です」
「もう……」
ダメだこれ、僕が何を言っても収集付かないやつだ。
一夜にして、将来まで勝手に決定づけた僕に対して、母さんは静かに肯定する。
「あら、素敵なことじゃない。不器用な奏多を、これからもよろしくお願いね、凛ちゃん」
「はい、お母様。こちらこそ」
「やるね~お兄ちゃん?」
「お前には後でみっちりおしおきしてやるからな」
「お兄ちゃん、こわーーーい! 凛お義姉ちゃん助けて~~」
「ふふっ」
そんな家族のやり取りに凛が嬉しそうに微笑み、テーブルの下でこっそりと僕の足に自分の足を絡ませてきた。
「凛……」
「なによ?」
「……何でもない」
家族の目がある中で、そんな大胆なスキンシップをしてくる凛に、僕は味噌汁を吹き出しそうになるのを必死に堪えなければならなかった。
◇◇◇
朝食を終え、僕たちが食器を片付けていると、凛がふと何かを思い出したように言った。
「そういえば、ママに電話しておかないと。昨日は『遅くなるから友達の家に泊まる』ってメッセージを送っただけだったから」
「そ、そうだな。親御さんも心配してるだろうし」
凛は自分のスマートフォンを取り出し、母親に電話をかけた。
少しのコールの後、電話が繋がる。
「もしもし、ママ? ……ええ、私。昨日は連絡だけでごめんなさい。文化祭の片付けと打ち上げで遅くなっちゃって……そう、今日の夕方には帰るから」
凛は落ち着いた声で話し始めた。
僕は少し離れた場所で、そのやり取りを静かに見守っていた。
「……うん、今ね、泊まらせてもらった友達の家にいるんだけど」
そこで凛は言葉を切り、ちらりと僕の方を見て、少しだけはにかむような笑みを浮かべた。
ん? なんだろう。
「実は……かなっ……灰原くんの家なの」
電話の向こうから、微かに驚いたような声が漏れるのが聞こえた。
ちょっと⁉ 凛さん⁉
いくらなんでも高校生の娘が突然男の子の家に泊まったと聞けば、驚くのが普通だ。
「ううん、違うわ。彼のご家族もいらっしゃるし、ちゃんとお世話になってるわよ。……え? 彼に代わって?」
凛がスマートフォンを耳から離し、僕の方へと差し出してきた。
「ママが、あなたに挨拶したいって」
「ええっ⁉」
僕は慌ててスマートフォンを受け取り、緊張で震える手で耳に当てた。
「は、初めまして! 灰原 奏多です! りっ……冬峰さんにはいつもお世話になっております!」
僕がガチガチになりながら挨拶をすると、電話の向こうから、凛に少し似た上品で落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
『ふふっ、初めまして。凛の母です。うちの娘が急にお泊まりしてしまって、ご家族の皆様にご迷惑をおかけしていないかしら?』
「いえ、とんでもないです! むしろ、僕たち家族も冬峰さんが来てくれて喜んでます。あの……本当にすみません」
緊張のあまり、つい頭の中で考えていた本音がそのまま口をついて出てしまった。
『灰原さん、謝らないでくださいな。凛が男の子の家に泊まるなんて言うから驚いたけれど、素敵な男の子で安心しました。これからも凛と仲良くしてあげてください』
「はい! こちらこそ……大切にします」
僕が力強く宣言すると、通話は穏やかな雰囲気のまま終了した。
スマートフォンを凛に返すと、凛は顔を真っ赤にして、僕をジト目で睨みつけてきた。
「……大切にします、だって。ママの前でそんなこと言うなんて、奏多も意外と大胆ね」
「言わせたのは君だろ……でも、本心なのは間違いないよ」
僕が照れ隠しにそっぽを向くと、凛は嬉しそうに微笑み、僕のジャージの袖をきゅっと掴んできた。
カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。
先が気になった方はそちらもご覧ください。




