表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/77

第71話 好きをもう何度も口にしたのだろう

 耳元で囁かれた限界まで甘い言葉に、僕の理性は完全にショート寸前だった。


 ネイビーのルームウェア越しに伝わってくる、りんの柔らかな体温と、狂おしいほどに速い心拍数。


 僕のベッドの上に横たわり、向かい合って添い寝をする僕たちの距離は、もはやゼロに等しい。


 りんは僕の胸にすっぽりと収まるように身を寄せ、シーツの中で自分の素足を僕の足に絡ませている。


 ひんやりとした肌の感触が、僕の体温で少しずつ温められていくのがわかる。


「……奏多かなた。どうして黙ってるの?」


 上目遣いで僕を覗き込んでくるりんの瞳は、お風呂上がりの熱と僕への愛情でとろけるように潤んでいた。


「……君が可愛すぎて、言葉が出ないだけだ」


「ふふっ。嬉しい。ねえ、もっと褒めて、もっと私を甘やかして。今日は頑張ったんだから」


 本当にズルいな……断れないじゃないか。


 りんは悪戯っぽく微笑み、僕もそれに答えるように手を頭に乗せた。


りん、偉い。頑張ったね」


「そうだよ? 私、今日は頑張ったんだよ?」


 今日まで抑え込んでいた感情が、決壊したダムのように溢れ出している。


りん、好きだよ。好き……大好き。本当に、今日このまま朝まで一緒にいるんだな」


「ええ、そうよ。私が帰りたくないって我儘を言ったんだもの。……奏多かなたは、私がいて迷惑だったかしら?」


「迷惑なわけないだろ。むしろ、こんなに幸せでいいのかって、少し怖いくらいだ」


 僕が素直な気持ちを吐露すると、りんは極上の笑顔を見せた。


「私も同じよ。あなたの部屋にいる時だけが、私が本当の自分でいられる時間だったから。……でも、もう違うわ。ただの部屋じゃない、私の大好きな人がいる部屋。」


 りんの言葉は、どこまでも真っ直ぐで、そして重たい。


 りんの細くて白い腕が僕の背中に回り、ぎゅっと強く抱きしめてくる。


 僕も無意識のうちに、華奢な背中に両腕を回し、その温もりを逃がさないようにしっかりと抱きしめ返した。


「んっ……奏多かなた、あったかい……」


りんこそ。……体、すごく熱いぞ」


「だって、心臓が爆発しそうなんだもの。あなたが私をこんな風にしたのよ」


 りんの言う通り、僕たちの間には狂おしいほどの心音のリズムが共有されている。


 ドクン、ドクンと鳴り響くその音は、互いの命が重なり合っていることを証明しているようだった。


「ねえ、奏多かなた。私の髪、撫でて」


「ん、こうか?」


 僕はりんの湿り気を帯びた艶やかな黒髪に指を差し込み、ゆっくりと梳くように撫でた。


 ひんやりとした髪の感触と、指の腹に触れる温かい頭皮。


 僕が優しく撫でるたびに、りんは目を細めて「んふふ……」と心地よさそうに喉の奥で鳴いた。  


 りんりん……ああ、本当に可愛い。


「可愛い……本当に、可愛いよ」


「えへへ……そう言ってもらえるのが、一番嬉しい」


 りんは僕の首筋に顔を寄せ、猫のようにすりすりと頬を擦り付けてくる。


 その熱い吐息が僕の肌に触れるたび、ゾクゾクとした甘い電流が背筋を駆け上がる。


奏多かなたの匂い……すごく落ち着く。ずっと、こうして触れていたかったの」


「……学校では、ずっと我慢してたもんな」


「そうよ。あなたが日向ひなたさんと楽しそうに話しているのを見るたびに、胸が張り裂けそうだったんだから。……でも、今は私だけ」


 りんの言葉には、隠しきれない独占欲が滲み出ている。


 かつての僕なら、その重さに怯え、逃げ出していたかもしれない。


 しかし……しかしだ。


 今は、彼女のそのすべてが狂おしいほどに愛おしい。


 りんの愛情が重ければ重いほど、僕もまた、りんに対して同じだけの、いやそれ以上の熱量で応えたくなる。


「ああ。僕は、りんだけのものだ。他の誰にも渡さないし、どこにも行かないよ」


「あぁっ……」


 僕が耳元で囁くと、りんは感極まったような甘い声を漏らした。


奏多かなた……大好き。愛してるわ」


 りんは僕の顔を両手で包み込み、潤んだ瞳で僕を真っ直ぐに見つめてきた。


 そして、りんの顔がゆっくりと近づいてくる。


 鼻先が触れ合い、互いの吐息が混ざり合うほどの至近距離。


 りんの桜色の唇が微かに震え、僕の唇へと引き寄せられていく。


「……そこは……まだダメ」


 僕が少しだけ意地悪く囁くと、りんはハッとして動きを止めた。


「っ……! わ、わかってるわよ! でも、私、もう我慢できなくて……!」


「ずっと我慢してたのも知ってる」


 りんは恥ずかしさでパニックに陥り、僕の胸に顔を埋めてぐりぐりと頭を押し付けてきた。


「バカっ、奏多かなたのいじわる……! 私ばっかりこんなにドキドキして、不公平だわ……!」


「不公平じゃないさ。僕だって、今すぐキスしたいくらい、理性がギリギリなんだから」


 僕が素直な気持ちを打ち明けると、りんは少しだけ顔を上げ、上目遣いで僕を見た。


「……本当?」


「本当だよ。君が可愛すぎて、どうにかなってしまいそうなんだ」


「……ふふっ。なら、許してあげる」


 りんは満足そうに微笑むと、今度は僕の頬にちゅっ、と微かな水音を立てて自分の唇を押し当てた。


「えっ?」


「……唇がダメなら、これくらいはいいでしょ? 前借りのご褒美の、さらに追加分よ」


 少しだけ誇らしげな、けれど耳の先まで真っ赤に染まったりんの顔が目の前にある。


「……追加分か。じゃあ、僕からも」


「えっ……⁉」


 僕はりんの前髪をそっと払い、白く滑らかな額に、そっと自分の唇を落とした。


「ひゃっ……!」


 りんが小さく肩を跳ねさせ、驚いたように目を丸くする。


「僕からの、()()()()()()()だ」


「……奏多かなた……っ」


 りんは嬉しさと恥ずかしさが限界を突破した。


「大好き、大好き……っ」


 再び僕の胸に顔を埋め、壊れたレコードのように繰り返すばかりになった。


 僕たちは、互いの体温と匂いに溺れるように、ただひたすらに体を密着させ続けた。


 クーラーが効いているはずの部屋は、僕たちの体から発せられる熱気でむせ返るほどに甘く、そして濃密な空間になっていた。


◇◇◇


「……ねえ、奏多かなた。今日、ライブの時、あなたがすごくカッコよかったわ」


 しばらくして、少しだけ呼吸を整えたりんが、僕の胸の中からぽつりと呟いた。


「そうか? 僕は、必死に鍵盤を叩いてただけだけど」


「ううん。暗闇の中で、あなたが一番輝いて見えた。……あなたの音が、私を強くしてくれたのよ」


 りんの言葉が、僕の胸の奥を温かく満たしていく。


「歌声も、最高だったよ。……君が僕の音を、みんなに届けてくれたんだ」


「ふふっ、ありがとう」


「ああ、僕ももっと頑張るから、色々と」


「……もう、十分に最高よ」


 りんは僕の腕に絡ませた手をさらにきゅっと締め、甘く囁いてきた。


「ねえ、奏多かなた


「どうしたの?」


「私、もう我慢できない。……もっと、私に触れて。あなたの全部で、私を満たして」


 りんは自分の左手を僕の右手に絡ませ握りしめてきた。


 指と指の隙間を完全に埋め尽くすような、強い力。


 そして、その繋いだ手を、自分の胸の膨らみ。


 ――狂おしいほどに脈打つ心臓の真上へと押し当てたのだ。


「っ……りん!」


「シーッ……ほら、聞いて。私の心臓、こんなにうるさいの。……奏多かなたが、私をこんな風にしたのよ」


「僕のせいか?」


奏多かなたのせいよ」


 ルームウェアの薄い生地越しに、りんの柔らかな感触と、命の音が直接伝わってくる。


 その言葉は、もはや理性を保つことなど不可能なほどの破壊力を持っていた。


 僕はりんの腰を抱く手に力を込め、さらに僕の方へと引き寄せた。


「だから、責任。取ってよね? ()()()()?」 


 だからも~~~本当にズルい。


「……本当に、今日は寝かしてくれないつもりか?」


「ええ。……明日がお休みでよかったわね」


 りんは僕の首に両腕を回し、悪魔のように、けれどこれ以上ないほどに甘くとろけた笑顔を見せた。


 僕が彼女を大好きなように、彼女も僕を深く愛してくれている。


 そんな奇跡のような夜を、僕はりんの体温と共に、この身に深く刻み込んでいった。

カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。

先が気になった方はそちらもご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ